第50話 戦う女たちの必殺技は、秘密!


 ――ミドリ!


 思わず駆けだした僕らの視界に、予想だにしない光景が飛び込んできた。停止しているリフトの荷台に立っていたのは、注射器を手に少女を羽交い絞めにしている神谷郷だった。


「神谷先生……」


「君は……確か秋津君だな?まさか一番、因縁から遠い場所にいる人間が見届け人とは」


「見届け人?」


「秋津君。私はもう、終わりなのだよ」


「どういうことですか。その子がいったい、何をしたと言うんです」


「『しかばね』の国への道連れにしてしまって、彼女には申し訳ないと思っているよ」


 神谷郷は落ちついた口調で言うと、注射器の先をミドリの首筋に近づけた。


「私の頭脳はね、『反魂草』の麻薬成分によって何も閃かない頭になってしまったのだ」


「なんですって?」


「津田川君と村長の息子さんを『しかばね』にした後、私は『反魂草』から抽出した成分で『アライブ・リキッド』をこしらえた。だが私は執筆の効率を上げるために、抗精神物質を強化した『レッド・リキッド』を常時服用しつづけたのだ。

 その結果、私は『レッド・リキッド』なしでは一行たりとも書けない作家になってしまった。『レッド・リキッド』の恐ろしい点は、他の抗精神物質では替えが効かないほどの依存性があると言う部分なのだ」


「そんな……」


「津田川君が作家となって私を追い詰め始めた時、私はこれが最後の勝負だと思った。どちらが勝っても、私は自分に終止符を打つ。ただ『蘇生散』を知らなかった悔しさを埋めずに旅立つのはやり切れない。そこで津田川君をもう一度『しかばね』にして冥界への同伴者とすることで作家、神谷郷を終わらせようと思ったのだ」


「もとはと言えば、先生が二人を『しかばね』にしたからでしょう。勝手すぎますよ」


「そのことについては弁解の余地もない。ただ私には『反魂草』の成分が必要だったのだ。父が興した『ツモト製薬』には長年、これと言ったヒット商品がなかった。一度飲んだら病みつきになるような商品が、どうしても必要だったのだよ。三角関係を隠れ蓑に二人を『しかばね』にしたのも、普通に協力を頼んだら津田川君は絶対に断ると思ったからだ」


「過去にそんなことをしておいて、なぜまた同じ人を再び『しかばね』にするのですか」


「私の死後、津田川君に『アライブ・リキッド』の真実を語られては困るからだよ。あらぬ噂が立つことで、父の会社の従業員たちが路頭に迷うことだけは避けなければならない」


「そんな……私怨が理由と言うのなら、なぜ無関係のミドリまで巻きこむんです?」


「私とて一人で旅立つのは怖い。誰か道連れが欲しいと思っていた所にこの子がいた。この世界では生きづらいほど頭の切れる、彼女のような娘こそ死の国への道連れに相応しい」


 神谷郷は狂気を含んだ口調で言い放つと、ミドリの首筋に少しづつ針を近づけていった。


「そんなことを、誰が許すものか」


 僕がそう口にした瞬間、傍らを掠めて雪江が風のように飛びだしていった。


「雪江!」


「止めようとしても無駄だ」


 神谷がそう吐き捨てて注射器を構えた瞬間、雪江の腕が残像と共にしなった。


「――ううっ!」


 いつの間に用意したのか固そうな木の実が神谷の手を直撃し、注射器が吹き飛んだ。


「ミドリちゃん!」


 雪江は荷台に飛びこむと、緩んだ腕から転がり落ちたミドリの身体を抱きとめた。



「逃げてっ」


 そう叫んでミドリを押し出そうとした雪江の襟首を、神谷の手が荒々しく掴んだ。


「赤の他人に情など寄せるから、こういう目に遭うのだ」


 そう言い捨てると、神谷はポケットからナイフを取りだして雪江の首筋にあてた。


「ユキエ!」


 荷台の隅で体を起こしたミドリは、拳を握りしめて神谷を睨み付けた。


「ミドリちゃん、早く降りて!」


「ふっ、思いがけず道連れが変わってしまったが、構わん。近づいたらこの女を殺す」

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