第42話 即興スリラーの主役は秘密!


 束の間のまどろみを破って耳に飛び込んできたのは、不穏な物音だった。


 椅子に凭れたままうっすら目を開けると、緑色のジャージが玄関の方に行く姿が見えた。


「まだ夜明け前か……ミドリ、どうしたんだ?」


 僕が声をかけると、玄関ホールから「起きたのか、シュンスケ。ならこっちに来てくれ」と声が聞こえた。僕がふらつきながらドアの前にたどり着くと、ミドリが厳しい表情で立っているのが見えた。


「なにかあったのか?」


「ドアが外から施錠されているようだ。他の出入り口も調べたが、窓も含めて同じ状況だ」


「なんだって?……じゃあ、僕らはこの御屋敷に閉じ込められちまったってわけか。いったい、誰がそんなことを」


「わからない。ご丁寧に携帯もどこかに持ち去られてしまったらしい」


 僕は愕然とした。もはやここには僕らしかいない。合宿の裏に企みがあることはわかっているが、だからといって疑いの晴れた客を閉じ込めて何の得があるというのだろう。


「どうする?助けが来るのを待つか?」


「夜が明けたら、脱出方法を考えよう。それまでの間、君と私とでこの数日間に起きたことを整理するのだ。閉じ込められたといっても、襲われて命を取られることはないだろう」


 ミドリはいつもの冷静な口調で言うと、くるりと身を翻してリビングに戻っていった。


「やれやれ、たった二人で謎ときか。『しかばね』にされてたほうがまだ楽だったかもな」


 僕はドアが開かないことを確かめると、小さな背中を追ってリビングへと引き返した。


               ※


「西方先生の推理によると、そもそもこの合宿は神谷郷先生が『第七の作家』をあぶりだすために催したものだということらしい。ところが『第七の作家』が書いた『闇色のめざめ』が主人公が恋敵に毒を飲まされる話なのに対し、僕が『マダム・ベラドンナ』に聞いた昔の話だと若者の恋敵が『しかばね』になっている。

 しかも若者も後に『しかばね』になっており、神谷先生が復讐される立場だとしても一度は『しかばね』になっていないと辻褄が合わない」


「他に登場人物はいないのか?」


「小説の方にはいない。でも昔話の方には恋敵の友人、というのが出てくるみたいだ」


「その友人は『しかばね』にはなっていないのだな?なら簡単だ。若者と恋敵がどちらも『しかばね』にされたのなら、娘を巡る争いと『しかばね』は無関係なのだ」


「なんだって?『しかばね』が関係ないなら『第七の作家』は何の恨みで復讐を企てた?」


「そこだ。三角関係と『しかばね』は無縁だが、復讐と『しかばね』は関係があるのだ」


「どういうことだ?」


「友人が二人に近づいた目的がそもそも『しかばね』をこしらえることだったのだ」


「じゃあ『闇色のめざめ』にはあえて事実じゃないことが書かれていた……」


「そう、それがわかるのは三角関係を利用して二体の『しかばね』をこしらえた当人だけだ。麓の人々は三角関係をめぐる因果が『しかばね』を生んだと思っているが、そうではない。友人と称する人物は、最初から『しかばね』を生み出すためにこの山へ来たのだ」


「それが神谷先生……じゃあ復讐者は誰なんだい?」


「わからん。しかし恋敵じゃないことは確かだ」


「なぜそれがわかるんだ?」


「恋敵は村の有力者の子供なのだろう?有力者の子供で『しかばね』と言えば該当する人物は一人だ」


「村長の息子か……」


「屋敷の地下にわざわざ部屋まで用意したということは、おそらく本物の『しかばね』なのだろう。本物の『しかばね』に小説を書いたり復讐を企てたりができるはずはない」


「つまり『しかばね』の一方が回復して、三角関係を隠れ蓑に自分を『しかばね』にした神谷先生を同じ目に遭わせようとしている?」


「それか、かつての恋人が『しかばね』から甦った復讐者を装っているかのどちらかだ」


「宿泊客の中に『復讐者』がいたとして、神谷先生はなぜみんなを次々と『しかばね』にしたんだ?疑わしい奴を片っ端から潰していったとでも?」


「そうではない。何者かが神谷郷を混乱させるため、偽の『しかばね』を作りだしたのだ」


「偽の?みんな『しかばね』のふりをしてたってこと?」


「演技かどうかは不明だが、少なくとも地下の『しかばね』とは死にざまが違っている」


「なぜそう思う?」


「君の話を聞く限り、偽の『しかばね』はそれぞれ役割を持って動いているように見える」


「役割……」


「そうだ。厳密に言うと『しかばね』役は神谷郷と年がそれほど離れていない者たちで、そのほかの客には別の役割があったのだ」


「役割って……まさか僕にも?」


「そう、君には『宿で起こった出来事を目撃する』役が与えられたのだ」


「いったい誰がそんなことを……」


「そこまではまだ、わからない。今、わかるのは『しかばね』として宿泊客を驚かせていたのは、地下に住む本物の『しかばね』だけだったということだ」


「つまりお芝居ということか。くそっ、この一座の座長は一体、誰なんだ」


 僕がそう吐き捨て、舌打ちした時だった。リビングの床ををずんと重い響きが震わせた。


「……なんだ?」


 僕がそう言って訝った直後、壁越しにエレベーターの箱が到着する音が伝わってきた。


「下からだ。外から出口を塞がれているのに、誰かが地下からやってきたんだ」


「どうする?ここで様子をうかがうか?」


「……行ってみよう。もう逃げたり脅されたりは沢山だ。ミドリ、ここからは僕が守る」


 僕がドアの方を見ながら告げると、ミドリは険しい表情のまま、頭を振った。


「いや、自分の身は自分で守る。シュンスケの仕事を増やしたくない」


 僕は思わず苦笑した。真剣なミドリの顔を見て、なんだか懐かしい気持ちになったのだ。


「僕にも仕事をさせてくれ、ミドリ。この四日間、大人らしいことを何もしてないんだ」


 僕はそう言うと、あっけにとられたような表情のミドリを尻目にドアの方へ向かった。

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