第39話 晩餐後の飲み物は秘密!
「六人がたったの二人、おまけにマーサさんも帰ってこない……一体、どうなってるんだ」
リビングに移動した僕は、みづきをソファで休ませると溜まっていた鬱憤をぶちまけた。
「このまま誰も戻ってこなかったら、僕らも逃げだした方がいいかもしれない」
「残っている使用人は、料理長の都竹さんだけですか……そういえば、夕食はどうするつもりなんだろう。……ちょっと食堂の様子を見て来ますね」
百目鬼は唐突にそう申し出ると、僕とみづきを残してリビングから姿を消した。
僕はみづきの体調を気遣いつつ、リビングで百目鬼の帰りを待った。……十五分ほど経った頃、不安にかられた僕はみづきに「僕もちょっと食堂を見に行ってくる」と告げた。
「待って。私も行くわ」
「もう具合はいいのかい」
「ええ。残った二人のうち、一人だけ休んでたら不公平でしょ」
僕は苦笑しながら「わかった、行こう」と返すと、みづきを伴ってリビングを出た。
食堂に足を踏み入れた僕は、予想にたがわぬ寒々とした風景に愕然とした。大きなテーブルの上にはなぜか三人分の夕食がすでに用意されており、その傍らに都竹からの伝言と思しき紙が置かれていたのだ。
「これは……」
絶句する僕に、都竹からの伝言を前に頭を抱えていた百目鬼が「参りました」と言った。
「急に用事ができて麓に降りることになったので、秋津先生、迷谷先生、神楽先生と三人分の夕食を用意されたんだそうです」
百目鬼がテーブルの上の料理を見ながら、戸惑いを含んだ口調で言った。
「いよいよ幽霊屋敷だな。……迷谷さん、せっかくだから最後の晩餐と行きましょうか」
「そうね。明日になったらチェックアウトしましょう。……完成した小説は置いて行くわ」
「なんだ、仕上がっちゃったのか。用意周到だなあ」
僕らがテーブルにつくと、百目鬼が「あの、神楽先生も戻られないようですし、残ったもう一人の分、僕が頂いてもいいでしょうか」と言った。
僕とみづきは顔を見あわせ、どちらからともなく「もちろん、いいですよ」と返した。
三人きりの静かな夕食を終えて、時計の音を聞きながらぼんやりしているとふいに百目鬼が口を開いた。
「……お二人さん、僕、ちょっと厨房に行ってみます。もし冷蔵庫に『アライブリキッド』があったら迷谷さんの気付け用に貰ってきますね」
百目鬼が去って十分ほど経った頃、みづきが「リビングで待っていましょう」と言った。
「僕は後から行くよ。都竹さんもいないし、食器を下げがてら厨房の様子を見てくる」
僕はそう言うと、二人分の食器を手に席を立った。厨房に足を踏み入れると驚いたことに百目鬼の姿はなく、奥の通用口がわずかに開いているのが見えた。
「妙だな。百目鬼さんの姿が見えない。どうしたんだろう」
僕は通用口に近づくと、隙間から外の様子をうかがった。暗い私道に人影はなく、僕は顔をひっこめると厨房を一渡り見回した。仕方ない、引き返そう、そう思った時だった。
深紅の脇に詰まれていた段ボール箱に、僕の目が一瞬、吸い寄せられた。一番上の箱が開いており、中に詰まっている『アライブ・リキッド』らしき缶の一部がのぞいていた。
「なんだかおかしいな……」
僕は思わず首をひねった。缶のデザインが、数日前に配られた物と違うような気がしたからだった。僕は恐る恐る手を伸ばし、缶をそっとつまみだした。現れた缶のデザインを見た瞬間、僕は思わずあっと叫んでいた。
「これは……夢で見た奴じゃないか」
僕が取りだした『アライブ・リキッド』は、夢に出てきた禍々しい赤に染められていた。
なぜこんなところに、と僕が呟いた、その時だった。食堂の方からみづきの物らしき悲鳴が聞こえてきた。
「迷谷さん!」
僕は食堂の方を振り返り、駆け出そうとした。すると背後で扉がきしむ音が聞こえ、次の瞬間、誰かが布のような物で僕の頭をすっぽりと包んだ。
「――うわっ、なんだっ」
反射的に息を吸い込むと、鼻孔の奥にいつか『離れ』で嗅いだのと同じ匂いが広がった。
――これは……
為すすべもなく闇の中へと引きずり込まれてゆく僕の耳に、どこかで聞いたことのある含み笑いとともに「おやすみなさい、秋津先生」という囁き声が子守歌のように響いた。
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