第4話 ライバル作家の炎は秘密!


「――マーサ、奥様がお呼びだ。すぐに行ってくれ」


 突然、奥のドアが開け放たれたかと思うと、銀髪を後ろに撫でつけた長身の男性が姿を現した。


「承知しました。すぐ参ります」


 きびきびした身のこなしでマーサが下がると、代わりに年配の男性がリビングの中央に進み出た。


「この屋敷の執事を任せられている角舘と申します。招待されているお客様が全員そろいましたら、奥様が皆様にご挨拶をされますので、それまでお寛ぎください」


 角館という執事が慇懃にそう告げると弓彦がソファーから身を起こし、口を開いた。


「メイドに執事ときたか。こりゃあますます時代がかってきたな。……で?殺人事件はいつ起こるんだい」


 弓彦のからかいを含んだ問いに対し、角舘は眉一つ動かすことなく「物騒な話は小説の中だけに留めておくよう、お願い申し上げます」と返してリビングから立ち去った。


「……どうやらこの屋敷は使用人も曲者揃いのようだな。……ところで君たち、今回の人選に関して、主宰側から何か聞かされているかい?」


 唐突な問いに僕らがそろって頭を振ると、弓彦は「なるほどね」と意味ありげに頷いた。


「神谷先生が、新人作家の中から「これは」と思った人を適当に選んだんじゃないの?」


 みづきが至極もっともな返しをすると、弓彦は「まさか」と言うように鼻を鳴らした。


「秋津先生、以前、どこかで僕と会ったことはないかな」


「えっ……『まちかどメルヘン大賞』の受賞パーティーで見かけた覚えはあるけど……僕が一方的に遠くから見ていただけで、会ったという感じじゃなかったな」


 突然、謎かけのように話を振られ、僕は面喰いながらそう口にした。


「いや、その時じゃない。半年ほど間に神谷先生が主宰したワークショップさ。そちらの迷谷先生もいたはずだけど、あいにくと秋津先生の姿しか覚えていない」


「それがどうかしたのかい」


 弓彦が口にした『ワークショップ』という単語に僕は少なからぬ動揺を覚えていた。


「多分、これからやってくるであろう三人も、その時の参加者だと思うんだ」


 弓彦はソファーから大きく身を乗り出すと、膝の上で両手を組んだ。


「どうして、そう思うんだい。何か根拠があって言ってるんだろう?」


「もちろんさ。ワークショップの課題に、今回の合宿とよく似た短時間で小説の実作を行うという物があったろう?あの時、六人の作家が短編小説を提出したけれど、実は七人目の……」


 弓彦がそう言いかけた時だった。奥の扉が開け放たれる気配があり、僕らの前をマーサが小走りに駆けてゆくのが見えた。マーサが玄関に通じる扉の向こうに消えると、ほどなく四十歳前後の男性が二人、相次いでリビングに姿を現した。


「やあどうも、遅れて申し訳ありません」


 入ってくるなりそう言葉を発したのは、がっしりした体格の短髪男性だった。


「ああ、もう皆さんお揃いだったんですね。これは失礼しました」


 続けて姿を現した男性は先頭の人物とは対照的にやせ形で、か細い声だった。


「仕方がないよ、車が調達できなかったんだから。上まで行くと言ってくれる住民に当たるまで集落を何往復したか。この辺には人情ってものはないのかな。……ねえ西方さん」


 先頭の男性が椅子の一つに腰を据えると、西方と呼ばれた男性が「僕らの人相が悪かったんですかねえ」と、さして腹を立てている様子もなく言った。


「失礼ですが、西方さんとおっしゃる方は、もしかしたらファンタジー作家の西方巡也氏でしょうか?」


 僕は自分の席を決めかねて立ち尽くしている細身の男性に、思い切って声をかけた。西方もワークショップの参加者であり、風貌に何となく見覚えがあったのだ。


「……はい、そうです。私みたいなマイナーな作家をよくご存じですね」


「もちろん、知っていますよ。あなたが書かれた『ガーデン議会の十一人』は、僕が温めていたネタと近いものがあって正直「やられた」と思いました」


 僕が勢い余って創作の内情を話すと、西方は「そうでしたか。売れなくても仕方ないと思って書いた話だったんですが……そんな風に評価していただけるとは」と表情を緩めた。


「僕もSFっぽい作風だと言われるので、勝手に親近感を覚えてしまったんです。……あっ、申し遅れましたが、僕は秋津俊介と言います」


「ああ、あなたが『えんぴつナイト』の……存じ上げてますよ。たしかヴァ―ホ―ベン氏が雑誌でほめてらっしゃいましたね」


 西方の反応に、今度は僕が照れる番だった。ヴァ―ホ―ベン氏というのは海外の童話作家で、たまたま僕の小説を読んで目をかけてくれたのだった。


「じゃあ、私も自己紹介しなくちゃ。女性ですが迷谷彩人っていう男性みたいなペンネームで書いています。一週間、よろしくお願いしますね」


「神楽弓彦といいます。秋津先生みたいな王道メルヘンではないですが一応、子供向けのファンタジーを何冊が上梓しています」


 みづきに続いて弓彦が名乗り終えると、最初にリビングに現れた男性が目を丸くした。


「なんだ、皆さん、一度はお目にかかったことのある方ばかりじゃないか。……私は草野風太。……ええと、皆さん、童話を書かれる方のようだから『表の顔』で自己紹介したほうがよろしいかな」


「草野風太さんといえば確か、メルヘンと並行して犯罪小説も手掛けていらっしゃるんですよね」


 弓彦が指摘すると草野は「よくご存じで」と、まんざらでもない表情になった。


「まあ犯罪を扱った著作の方は、皆さんにはあまり馴染みがないかと思いますが、これでも人の心の不気味さ、不条理さについては心理学者並みの知見を持っているつもりです」


 草野が自信に満ちた表情で言い放った、その直後だった。突然、リビングの片隅にある黒電話がけたたましい音で鳴り響いた。


「まあまあ、大変」


 僕が思わず腰を浮かせかけた瞬間、マーサが飛び込んできて素早く受話器を取り上げた。


「はい、『宵闇亭』でございます。……はい、はい。……えっ、立ち往生?……承知しました、直ちに迎えの者を差し向けますので、しばしお待ちください」


 通話を終えるとマーサは僕らに「最後のお客様が近くまでみえられたとのことです」と告げ、ドアの外に消えた。


「なんという方です?」


 草野が間髪を入れず尋ねると、マーサは「平坂泉様です。建物の手前の坂道でお車が動かなくなったとのことです」と通話の中味を披露した。


 平坂泉といえば最近、注目を集めている若手女性作家だ。『毒夢の花園』という耽美な怪奇小説は僕も読んだことがあった。


「平坂泉……なるほど、やはりそうだ。全員、あのワークショップの参加者じゃないか。こいつは面白いことになりそうだ」


 草野はそう言うと「車も壊れる秘境の宿か。大したもんだ」と口の両端を吊り上げた。


 マーサが消えて数分後、今度は角館がリビングに再度姿を現した。


「最後のお客様が難儀しておられるようなので、これからお迎えに行ってまいります」


 角館は僕らにそう言い置くと、玄関に通じるドアの向こうへと姿を消した。


「――やれやれ、これでやっと今回の招待者が全員そろうってわけか」


 弓彦は立ちあがってリビングに集まった顔ぶれを見回すと、意味ありげに鼻を鳴らした。

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