だって君は悲しまないから

@amano188

だって君は悲しまないから


今日、一人の友人がその人生に自ら幕を下ろした。

遺体はとても奇麗で、笑っているかのようにさえ思えた。

葬式会場で唯一その死を受け入れることができていたのは恐らく僕だけだった。





彼女との出会いは四年ほど前。僕は大学受験に失敗し予備校で浪人生活をしていた頃だった。

ある日、僕のSNSアカウントダイレクトメッセージが来た。

「初めまして。あなたの通っている塾についていくつか教えてくれませんか?いい予備校を探してて。」

僕はSNSで自分の日頃の出来事を発信していた。通っている予備校の話もよくしていたから、おそらく彼女はそれを見て気になったのだろう。


数週間後、彼女から僕の通っている予備校に行くことになった、今日から行く、との連絡が来た。

僕はこの予備校に友達がいなかったから、少し期待していた。

彼女は自習室の3番の席に座っていると言っていたから、席に向かい声をかけた。


一目惚れだったと思う。黒く長い髪にはっきりとした二重。ああ、この人と出会うために僕はうまれてきたんだな。そう思わせるほどの美しさだった。


それからの数か月間、彼女と一緒に夜ご飯を食べたり、一緒に帰ったり。

時には息抜きと言いながら親には塾へ行くと嘘をつき、丸一日遊びに出たこともあった。

幸せな数か月間だった。

しかし僕には気になることがあった。彼女は自分のことを一向に喋りたがらない。秘密主義なのだろうか。名前も彼女の使っているノートを見て知ったし、家族構成も、趣味も、年齢までもまるで分らない。(勿論、歳が近いことはわかるのだが、相手も浪人している手前、詳しい年齢は分からなかった。)

そういう類のことが気になって彼女に質問をしてみても、彼女は決まって「さぁね」と明るく笑って終わらせるのだった。


その後、二人とも無事志望校に合格し、たまに二人で会ったりしながら、それぞれの大学に通っていた。


そして彼女の死の三か月前、彼女から“会いたい”とだけ連絡が来た。

急いで身支度を済ませ会いに行くと、そこにはいつもと変わらない彼女がいた。

カフェに入り、彼女はホットミルクを一口飲んで大きめの呼吸をした。


「私、死のうと思うんだ。」


一瞬、冗談でも言っているのかと思ったが、彼女の顔を見てそうではないことを察した。

どうせ教えてくれないだろうと思いながらも、何故かを聞いた。

帰ってきた言葉は、僕が聞き慣れていた、短くて他人を寄せ付けないための言葉ではなかった。

「私ね、ずっと思ってたの。奇麗なまま死にたいなって。だって、お葬式の時、知り合いとかからしわしわの顔見られるのって嫌じゃない?君もそう思うでしょ?」


僕が今まで見てきた彼女からは思いも付かないくらい饒舌で、そして嬉しそうだった。


「私ね、ずっと探してたの。お葬式の時にね、一人くらい居て欲しいんだ。私のことが好きで、でも私の死を悲しまない人。多分君って、そういう人でしょ?」


それはそうかも知れない。確かに僕は彼女のことが好きだったし(なぜ彼女がそれを知っているのかは分からないが)、奇麗なまま死にたいだなんて言われたら、それを否定するどころか理解してしまうかも知れない。現に今、理解してしまっている。

「でも、いざ君が死んだら、僕は悲しむかもしれない。そんなの君には分からないし、そうなってみないと僕にも分からない。それでもいいの?」


「うん。だって君は悲しまないから。」





少し涼しくなった10月。雨の降る中僕は今、彼女の遺影を目の前にしている。

彼女の親族は重い面持ちで、時々嗚咽を混ぜながら、参列者に頭を下げている。

この状況を見て彼女はどう思っているのだろうか。


天気予報を見ずに家を出たから傘を持っていなかった。

でも僕はそれでよかったと思っている。

雨と涙の区別なんて、彼女はできないと思うから。

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