予知夢ヒーロー
蝶つがい
第1話 予知夢
ひとりの女子高校生が横断歩道を歩いている。
その彼女へ、信号無視の暴走車が左側から突っ込んできた。
暴走車に気づいた女子高校生は、驚きから体を硬直させてしまい動けない。
暴走車がブレーキを踏む気配はない。
ひかれる。
誰もがそう思った。そこへ、
「危ない!」
叫んだ男子高校生が女子高校生へ駆け寄り背中を押した。
「きゃっ!?」
女子高校生は、つんのめるようにして足を動かし歩道に倒れ、男子高校生も、彼女の横へ転がった。
男子高校生が素早く立ち上がり、車道を振り返る。
暴走車は、スピードを落とすことなく走り去って行った。
「何考えてんだあの車」
男子高校生が、視界の中で小さくなってゆく暴走車を見て文句をこぼし、
「あっ、大丈夫だった!?」
そばで横向きに倒れている女子高校生へ、心配そうな顔を向けた。
「……」
女子高校生は、呆然とした表情。
目の焦点が合っていない。
「立てる?」
男子高校生が女子高校生の顔の前に手を差し出すと、
「……はい」
うつろな顔のまま、彼女は、その手を握ってゆっくりと起き上がった。
女子高校生の様子を見た男子高校生は、
「(怖かったんだろうな。もうちょっと早く助けても良かったかな?)」
助ける前の状況を、冷静に心の中で振り返った。
パチパチパチ
男子高校生が分析に似た反省をしていると、周りにいた野次馬から拍手が沸き起こった。
一連の出来事を見ていた人達から男子高校生への、称賛の拍手だった。
拍手だけでなく、「よくやったな」や「たいしたもんだ」と褒め称える声も混じっていた。
「そ、そんなことないですよ」
男子高校生が後ろ頭をぽりぽりとかき、照れた表情で謙遜していると、
「あっ、
ひとりの女性が彼の正体に気づいた。
その声を皮切りに野次馬が、次々に彼の名前を口にする。
男子高校生――友瀬陽太は、この辺りではちょっとした有名人だった。なぜなら、
「また人助けをしたのか」
「これで五回目くらいだよな」
野次馬が言うように、ここ最近、危険な場面に遭遇している人を度々救っており、それが地元の新聞に取り上げられたことがあったからだ。
「友瀬君、こっち見て」
「あ、私も」
「俺も。ヒーローの写真撮っとこ」
周りから陽太へスマホのレンズが向けられる。
「いや、ヒーローとかそんなんじゃないですって」
陽太は、手を左右に振り、
「たまたま助けることができただけですよ。たまたまなんです、ハハハ」
照れ隠しに笑った。
……
たまたまではなかった。
陽太は、予知夢を見て助けることができたのだった。
陽太が予知夢を見始めたのは、一ヶ月ほど前から。
内容は、明日の天気から人の命に関わる事件事故まで様々。
当初は、夢の内容と現実の出来事が被ることを不思議に思っていた陽太だったが、自分の見ている夢が予知夢であると理解するのにそう時間はかからなかった。
以来、陽太は、誰かが危ない目に合う予知夢を見るたびに、こうやって人助けをしているのだった。
◇◆◇◆
その日の夜。
陽太は、自室でベッドに寝そべり、スマホを見て、自身がアカウントを持つSNSをチェックしていた。
そこには、
『友瀬君また助けたってすごくない?』
『リアルヒーローだよ』
『生で助けるとこ見てたけどカッコ良かった』
などなどの褒め言葉が、ずらりと並んでいる。
「フフフ」
それらを見て、陽太がひとり笑った。
しかし、中には、
『女の子、放心状態でかわいそうだった』
という書き込みなどもあった。
「やっぱり、もう少し早く助けてあげれば良かったかな? でも、早すぎるとわざとらしいからなぁ」
それを読み、陽太が昼間のように、暴走車事件での自分の行動を分析した。
そもそもの話である。
陽太は、予知夢を見て、あの時間あの場所でどんな事故が起こるかを知っていた。
ならば、
「てゆーか、事故が起きるもっと前に助けられるんだけどね」
今、陽太が言ったように、車にひかれそうになったところで助けずとも、もっと前に女子高校生に話しかけるなりして足を止めさせ、暴走車をやり過ごすこともできる。
しかし、陽太は、そうはしない。
なぜか?
「でも、それやるとヒーローになれないからなぁ」
それが理由だった。
暴走車が来る前に助けると、それは、『車が信号無視をした』、というだけの話で終わる。
しかし、『暴走車が女子高校生をひきそう』、という形ができてから助ければ、陽太は、ヒーローになれる。
陽太は、ヒーローになりたいがために、これまでも様々な場面で助けるタイミングを計っていたのだった。
世間から見れば少々歪んだ正義感だが、陽太からすると、
「相手は助かって、俺もただ助けるだけでなくヒーローになれるから、今の関係ってベストだよね」
となるのだった。加えて、
「たとえ怖い思いしても、怪我するよりはましだから、許してくれるでしょ」
という自分本位の許容範囲を作っていた。
「さてと、そろそろ寝るか」
スマホを枕元に置き、陽太が布団をかぶる。
「またいい夢見れますように」
自分がヒーローになれる予知夢を見れるよう願って、陽太は眠りについた。
◇◆◇◆
翌朝。
登校途中。
陽太は、駅前にいた。
電車に乗るためではない。
また人が怪我をする予知夢を見たのだった。
予知夢の内容は、白いコートを着た三十歳くらいの女性が、階段から転げ落ちるというもの。
その人を助けるために、陽太はここへ来たのだ。
「あ、いた」
早速目的の、白いコートの女性を見つけた陽太。
これから階段を上ろうとしているその後ろについた。
女性は、足元がふらついている。
顔色も悪い。
貧血か何かが原因で階段から転げ落ちるはずだったんだろう。
陽太は、そう予想した。
女性は、手すりを持ち、ゆっくりとではあるが一段一段階段を上っていく。
しかし、残り数段というところでふらりと後ろへ倒れた。
待ってましたとばかりに陽太が、
「危ない!」
周りの注意を自分へ引くため意識して大きな声を出し、倒れてくる女性を背中側から支えた。
よし、あとは女性をお姫様抱っこして階段の上へ行こう。
陽太は、当初から思い描いていた形で移動しようとした。だが、
「うおっ!? お、重……!」
あまりの重さに、陽太は身動きが取れなくなっていた。
女性は、平均的な体型だが、意識がほとんどなく完全に脱力していた。
完全に脱力している人間としていない人間とでは、支える側の受ける重量が格段に違う。
脱力している人間は重くなるのだ。
陽太は、そのことを知らなかった。
女性をお姫様抱っこして少し歩くくらい余裕だろうと考えていた陽太だが、抱きかかえるどころか支えきれなくなり、女性と一緒に横へ倒れた。
陽太は、倒れた際に受け身を取り無傷。
しかし、ほぼ意識のない女性は、階段に頭をぶつけてしまった。
女性は、痛みに声を上げることはなかったが、ぶつけた側頭部からは血が流れ出した。
「あ……」
血を見た陽太が顔を青ざめさせる。
頭が真っ白になり、どうして良いかわからなくなる。
そこへ、後ろから、
「あんた大丈夫!?」
五十かそこらの眼鏡をかけた女性が、陽太に声をかけた。
「あ、は、はい」
震える声で返事をする陽太。
「そう。よく助けたわね。この女の人は私に任せて携帯で救急車呼んで。そっちのお兄さん、駅員さん呼んできて。あ、ついでに救急箱持ってきてもらって」
テキパキと周りへ指示を出す眼鏡の女性に場所を譲り、陽太は、スマホをポケットから取り出し、画面をタップする。
陽太が、急いで電話をかけようと指を動かしていると、野次馬から、
「なぁ、あれって友瀬陽太だろ」
有名人の陽太に気づく声がした。
普段の陽太ならば、照れた表情で返事をするのだが、今はその余裕がない。
「二日連続で人助けか」
「これで何回目だ? すげぇな」
つづく声も耳を通り抜けていく。
早く救急車を呼ばないと。
それだけが陽太の頭の中を占めていた。
しかし、
「……いくらなんでも助け過ぎじゃね?」
というどこかとげのある言葉は、嫌な感覚とともに陽太の耳に強く残った。
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