大きなウサギと朝美 Ⅱ
青 劉一郎 (あい ころいちろう)
第1話
「悦ちゃん」
八並朝美は寝返りを打った。なかなか寝られなかった。
(なぜ・・・?)
朝美には、なぜ・・・の訳をは容易に想像ついた。
(あれは・・・?)
そして・・・
あの車の後ろの座席に立ち、こっちを向いていたのは間違いなく、
(悦ちゃん)
だった。
なのに・・・誰も答えてくれない。教えてくれない。
(それに・・・)
「あの人は・・・死んだのではないの?そう、聞いて員だけど・・・」
一瞬見えたのは、横顔だったけど、似ていたような気がする。
朝美には、その人の記憶が余りなく、そうだという自信はなかったのだが、そう思ってしまうのは・・・なぜなんだろう?彼女は自問するが、やはり答えは浮かんで来ない。身体が震えてしまうのは、
(なぜ・・・?)
「まずは・・・」
(最初に何をしたらいいんだろう?)
と朝美は考えた。この点については、少しの迷いもなかった。
「悦ちゃんに会おう」
ここへ帰って来て、他にやるべきことがいくつかあったが、まずは気になることからだ。
四年前、日置悦子はまだ二歳になっていなかった。うまく言葉が話せず、聞き取りにくかったが、その姿が可愛く感じられた。
「お母さん、悦ちゃん・・・大きくなったよね?」
朝食の卵焼きを食べながら、由紀子に訊いた。
母由紀子の動きが一瞬止まった。
それに、朝美は気付いたが何も言わなかった。
「知らなかったのね」
「何が?」
「驚かないでよ、いないのよ、家に帰って来ないの。三日前から、みんなで探しているんだけどね」
「えっ?」
それ以上の言葉がでない。しばらく、声が消えている。
朝美は叫び声を上げ掛けたが、飲み込んだ。
(あれは・・・やっぱり悦ちゃんだったんだ)
彼女はそう結論を出した。
(何をすればいいの?)
朝美は自問した。だが、思うだけで、どうしたらいいのか、すぐには思いつかない。
「おかあさん、私、悦ちゃん家に行って来る」
こう言うと、朝美は立ち上がった。
「どうしたの、行って・・・どうするの?」
朝美は答えない。自分でも、行って、どうするのか、分からないのである。
「お父さん、今日退院なのよ、言ってなかった?」
由紀子は出て行こうとする朝美を止めた。
「一緒に行くんじゃなかったの?」
「やめとくよ。お母さんだけで、行って」
こう言うと、朝美は外に飛び出して行った。
「可笑しな子ね。昨日帰って来たばかりなのに。悦ちゃん・・・」
「あっ!」
といった。だが、朝美はもう家から出てしまっていた。
日置悦子は家にはいなかった。
(五歳なのか)
由紀子の脳裏に不吉な考えが浮かんだ。
(あの子・・・!)
この時から、二十年前。そう・・・八並朝美が三歳の時に、時間を・・・この事件のはじめを戻さなければならい。
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