第30話 森都防衛戦

 猛獣達の襲撃に対して、森都シルヴァーナの防衛は戦線をよく維持していた。放棄もやむなしと考えられていた壁外の居住区も冒険者達の活躍によって守られていた。

 幾らかの獣達が居住区を抜けて森都の防壁に迫ることもあったが、それらは壁の上に陣取った魔導技術連盟の術士達によって退けられている。

氷弾イーツェ・ブレット!!』

石弾ストォヌ・ブレット!!』

風槍ヴェントゥス・アースタ!!』

 術式行使に負担の少ない共有呪術シャレ・マギカを主体にして、壁に突撃してきた猛獣を的確に攻勢術式で撃ち抜いていく。


 また別の場所では狩人組合ハンターギルドの人員が弓矢で獣を狙い撃ちにしていた。高所から飛び道具による一方的な攻撃で防壁に近づく獣を仕留めている。

「この調子なら、どうにかしのぎ切れそうだな……」

 熟練狩人ハンターサルバは防壁の上を巡回しながら、牙獣の森から押し寄せてくる獣達の様子を監視していた。今のところ、防壁に近づいてくる獣の処理は余裕をもって行えている。これならば一斉襲撃を乗り切ることができそうだった。


 ほんの少し気が抜けたサルバは、壁下に向けていた視線を上げてふと遠くを眺めた。なんとはなしに戦場の全体を見回す定期的な行動だったが、そのおかげで安定した戦いを繰り広げる戦場において、局所的な異常に見舞われている場所を見つけることができた。

「あれは……レムリカ? 確か冒険者組合ギルドが精鋭を集めてボスを討伐するって話だったか……」

 大きな岩の腕を有したレムリカは遠くにいても目立つ。他にもサルバが見知った冒険者の姿もあった。いずれもBランク冒険者の手練れだ。その彼らが森から飛び出してきて、森都の防壁へ向けて後退していた。

 元狩人のバクルムもいた。今は冒険者組合にスカウトされて、ギルドマスター直属の冒険者として活動していたはずだ。バクルムが真っ先に森を飛び出して、全速力で森都へ向けて駆けてくる。

 その後に後方を警戒しながらじりじりと下がっているのが、レムリカと大盾の戦士マグナスである。近くには剣士のグラッドもいたが、こちらは物陰に隠れながら慎重に森から距離を取っている。


 妙な動きをしている、と思った瞬間にマグナスの大盾から激しい衝撃音が響いた。遠目にもわかるほど太くて長大な黄金の矢が、大盾に弾かれて火花を散らしながら地面に落ちる。

 レムリカが一緒に大盾を支えたおかげで矢を弾き返すことができていたが、マグナスとレムリカ二人がかりでも受けきるのが辛そうなぐらい強烈な矢が立て続けに牙獣の森の方角から飛んできた。


 ガァンッ!! ガガァンッ!! ガァアン!! と、まるで大きな鐘を打ったときのような衝撃音が、防壁の上にいるサルバのところにまで聞こえてくる。

「なんだ、あのぶっとい矢は!? あいつらいったい何と戦っている!?」

 いまだ森の奥から姿を現さない何者かが、黄金の矢を撃ち続けている。今でこそ、黄金の矢はマグナスの大盾に集中砲火を浴びせているが、あれが無差別に撃ち出されたらどれほどの被害が出るか予想できなかった。


 ふと防壁の下を見れば、積み上げられた土塁の陰からレムリカ達の様子を覗いている数人の狩人と、土塁の構築に手を貸していた術士の姿が目に入る。

「まずいっ!! お前達、早く防壁の内側へ入れ!! そこは危険――」

 サルバの注意が届くよりも先に、恐るべき速度で飛来した黄金の矢が土塁を盛大に吹き飛ばしていた。


◇◆◇◆◇◆◇◆


 マグナスと私は大盾でどうにか大鷲の魔獣が放つ黄金の矢を防ぎながら、森都の防壁近くまで後退していた。

「マグナス! レムリカ! もうちょっとだ! すぐ後ろに土塁がある! そこまで逃げ込むんだ!!」

 物陰に隠れたグラッドが大きく手を振って逃げ込める安全地帯への誘導をしてくれている。だが、私とマグナスは正直なところ立て続けに撃たれる大矢を防ぐのに精一杯で、後ろの様子を確認する余裕もない。

 グラッドが土塁がどうのと叫んでいるが、それはたぶん防衛に回った冒険者や狩人が森都の術士達と協力して築き上げた塹壕のことだろう。どうにかそこまで転がり込めば、魔獣の矢をやり過ごすことができるはずだ。


「マグナス、大盾は私が支えているから後ろを確認して。あとどれくらいで塹壕に逃げ込めそう?」

「おぉ、そうさな。あと、二十歩もない距離だ」

「二十歩……遠いね」

「遠いな……。焦って背を向けて走れば、間違いなく射貫かれる距離だ」

「仕方ない。このまま少しずつ下がろう」

 話している間も黄金の矢は間断なく撃たれていて、大盾に矢を受ける度、腕に電気が走ったような痺れが回ってくる。マグナスももはや腕で大盾を支えることができず、背中で受けている状態だ。もし、この体勢で矢が盾を貫通したら一巻の終わりである。

 同じ場所を何度も大矢で叩かれた盾は、凹凸も激しく変形していた。あまり盾を信用して悠長に後退はしていられない。


 どこかで隙を見て、土塁の陰に走り込むしかなさそうだ。だが、それにはせめてあと十歩は土塁に近づきたい。

 二人で息を合わせながら、じりじりと下がっていく。ここまで他人と密に協力して死線をくぐるなど、私にとって初めてのことだった。だがマグナスは盾役としてこれまでも戦ってきた経験があるのだろう。片方が盾の支えを放棄して逃げ出せば共倒れになるところを、冷静に判断して協力体制を取ってくれている。


 私達二人はじりじりと後退していき、土塁までもうあと十歩のところまで来たとき、距離を測るため振り向いた私は土塁の陰からひょっこりと顔を出してこちらを見る狩人らしき男性と目が合う。私は思わず目を丸くしてまじまじと見返してしまった。

「お、おお~い。あんたら大丈夫か?」

 狩人の男の間の抜けた声が聞こえてくる。

「え? あっ! ダメっ!! 伏せて!!」

 私が注意の声を上げたとき、防壁の上からも「お前達、早く防壁の内側へ入れ!!」と、どこかで聞いたことのある声が降ってくる。


 瞬間、それまで大盾を叩き続けていた黄金の矢が、私の横を通過して積み上げられた土塁に突き刺さった。

 ぼっ!! と、土の爆ぜる音がして盛大に土砂が舞う。同時に、血煙も舞った。

「二人とも今だ! 塹壕に潜り込めぇ!!」

 グラッドの叫びにも似た指示で、私は弾かれたように中腰から立ち上がりマグナスを片手で抱えて、大盾を後方に突き出したまま塹壕へ向かって駆け出した。大矢が再び大盾を直撃して、私の岩の腕さえ痺れるほどの衝撃を加えてくる。その衝撃に押し出されるようにして私は崩れた土塁を乗り越えて、転がり落ちるように塹壕へと潜り込んだ。


 ぼっ!! ぼぼっ!! 


 二度、三度と土塁が爆ぜて、頭の上を、土塁を貫通した黄金の矢が飛んでいった。土砂が塹壕へとなだれ込んでくる。

 土煙を吸い込まないように口を手で押さえた私は、横目で周囲の確認をした際、崩れた土砂に半ば埋もれるようにして倒れる狩人の男を見てしまった。ちょうど胸の辺りに大きく抉られた痕があり、狩人の男は最後に私が見たままの間の抜けた表情で死んでいた。

「ぅぐっ……!!」

 獣の死骸とは違う。先ほどまで生きていた人の骸が、生々しい死の記憶を連想させて思わず私は嘔吐えずいてしまった。


 ここでも、同じようなことが起こるのだろうか?

 恐るべき惨劇が。


 大勢の人の死が――。

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