第4話 輝く巨兵

 その日、村は異様な雰囲気に包まれていた。


 めったに来ない外からの来客があったのだ。それも大勢。

 珍しい来客の姿に村の人々は困惑しつつも、人垣を作って来訪者を眺めながら彼らの素性に関する噂話を共有していた。

「なんだい、あの連中は?」

「首都から来た、魔導技術連盟の術士だとよ。代表の方は一級術士様らしい」

「一級術士っていうと、メディシアス様と同じ? そいつは凄いな」

 私は村の代表であるおばば様と一緒に、突然来訪した彼らの応対にあたっていた。


「おばば様……私も持て成しのお手伝いを……」

「ふん。よしな、レムリカ。こんな奴らに気を使う必要なんてないよ。ちょいと都会で権力を得ただけの術士達さね。ここレドンの村はメディシアス様の管理する土地。先触さきぶれのしらせもなく突然やってきた訪問者に、好き勝手される筋合いはないからね」

「おばば様、声が大きいっ……」

 わざと聞かせているのでは、と思わせる声量で首都からの来訪者達へ露骨に拒絶の態度を取るおばば様に私は慌てていた。明らかにいつものおばば様じゃない。

 通常、外からの来客には丁寧に接するのが村の決まりで、おばば様は率先して旅人の世話を焼いたりしていた。

 だが、今日の来客に対しては初めから辛辣しんらつな態度であたっていた。


「これこれ、村長殿。突然の訪問に気を悪くしたのかもしれんが、こちらにいらっしゃるのは魔導技術連盟に一級術士として認められた御方。炎熱術士フレイドル様ですぞ。それなりの礼儀というものがあろう?」

 術士の一団から一人、小柄な男が前へ出て来た。やけに自信満々の横柄おうへいな態度で、すぐ後ろに立つ背の高い人物を仰いでそう語った。


 ――メディシアスと同じ一級術士。そう紹介された炎熱術士フレイドルは、身長が人並みの女子である私からすると見上げるような背丈の男で、赤いマントに隠れた広い肩幅とは裏腹に首筋は細く、青白い顔色をした不気味な人物だった。やたらと威張り散らす小男とは対照的に、落ち着いた様子で薄っすらと笑みを浮かべている。

 なんだろうか。ひどく気味が悪い。メディシアスとはまた違った意味合いで、格の違いが伝わってくるようだった。

「急な来訪とはいえ、『一級術士』殿が協力を要請しているのだ! 連盟に名を連ねる者であれば、できうる限りの応対をするのが至極当然のことであろう?」

 そのフレイドルの隣で、潰れた蛙のような背の低い小男がやたらと尊大な態度と言動であれこれまくし立てている。まるで虎の威を借る狐、いや蛙であった。


「まあまあ、フロガス君。いきなり訪ねて来て説明もなしでは、協力といっても何をしていいのか、この方達にはわからないでしょう? どうです、まずはゆっくり腰を落ち着けてお話をしませんか?」

 それまで沈黙を保っていたフレイドルが急に口を開いた。大男の口から出たにしては妙に高い声で、小男のことをフロガスと呼んでなだめるような言葉を口にする。だが、その口調にはどこか、私達のことを小馬鹿にしたような響きが混じっている。まるで物分かりの悪い子供に仕方なく付き合って、根気よくさとしてやろうという態度である。


「……仕方のない連中だよ。村で勝手をされても困る。話だけは聞こうじゃないか。だけど、協力できるかどうかはまた別の話さ。場合によっちゃ早々にお引き取り願おうかね」

「むぅっ!? フレイドル様の丁寧なご提案に対してその態度はなにごとか! これだから田舎者は……」

「フロガス君──私が村長さんと話しているのです」

 先程までの高い声とは変わって、ずしりと頭の上からのしかかってくるような威圧感のある声がフレイドルから発せられる。その一言で小男のフロガスはぶるりと震えあがり、口を閉じるとフレイドルの後ろに一歩下がって付き従った。

 その様子を見ておばば様も一応の納得をしたのか、私に村長宅の応接室へ案内するよう指示する。

「客人の応対だよ、レムリカ。とりあえず適当な茶でも入れてやんな。安いのでいいよ」

「────こ、このっ!?」

 安い茶、という客人をもてなす気のない言葉にフロガスが怒りの表情を浮かべて何か言いかけるが、フレイドルが特に文句も言わないため慌てて口を閉じて引き下がる。そして、案内をしようとした私を何故かぎろりとにらみつけてきた。


 本当に安い茶など出したらどうなるか、と口に出さずに主張しているようであった。

 ……睨まれても困るんだけどなぁ。

 そんな風に見られてもこの客人達に出す茶の質は上がらない。なぜなら、そもそも客人用の茶の種類など村長宅には一種類しかないのだから。おばば様もわかっていてやるのだから性格が悪い。



「私どもは『輝く巨兵』の伝承について、詳しいお話を聞きたいと思いましてね。この辺りの古い伝承として語り継がれていると聞き及びました。なんでも古代魔導文明の遺跡が山奥のいずこかに存在しているとか」

「輝く巨兵? さて……何のことだかねぇ。そもそも、そんなものを探してあんた達はどうしようっていうんだい?」

「むうっ! 失礼であるぞ! 質問しているのはこちらである! まずはこちらの質問に対してまともに答えぬか!」

 話し合いは開幕からこの調子であった。フレイドルが尋ね、おばば様がのらりくらりとはぐらかしながら相手の情報を探り、それに対して小男のフロガスが怒る。私は初めに安いお茶を出してからは特に口を挟むでもなく、部屋の隅に立って成り行きを見ていた。


「いえいえいえ、実のところ我々は輝く巨兵そのものに興味があるわけでもないのですよ。ですから、仮に本当に輝く巨兵というものがいたとして、どうこうするつもりはありません」

 おばば様の探りに対しても、フレイドルは飄々ひょうひょうとした態度を崩さずに受け答えしている。

 最初、炎熱術士フレイドルの『古代魔導文明の遺跡』という言葉に、私は一瞬だけれど危うく反応しかけてしまった。すぐにおばば様がとぼけた態度を取ったので、私もあの遺跡のことはしゃべってはならないのだと理解した。しかし、『輝く巨兵』というのは初耳だった。そのくせ、フレイドル達はその巨兵とやらには興味がないという。


「我々が興味を持っているのはですね。それがもしかすると『さいわいの光』ではないかということです。我々はそのために調査へ来たのですよ」

「なんだって? 幸の光? そいつは隣国の神聖ヘルヴェニア帝国に伝わるお伽話とぎばなしだったろう? うちの国では眉唾ものだって、あたしが子供の頃から言われていたよ。そんなものを探してこんな辺境の村までやってきたってのかい?」

 ──幸の光。私も噂だけは耳にしたことがある。なんでもその光を浴びた者はあらゆる不幸から解き放たれ、幸福を手にすることができるという。今時、子供でも信じないようなお伽話だ。


「まさにその通りなのですよ。どうでしょう? 私どもは別にあなた方の村をお騒がせしようという気はないのです。『輝く巨兵』が『幸の光』と無関係であるならば、我々は早々にこの村を立ち去りましょうとも。もし、関係がありそうだとすれば、そうですね……。調査のために村へ逗留とうりゅうさせて頂けると助かります。もちろん、逗留の際に宿を借りられるなら十分な対価をお支払いしますとも」

「……まず前提としてだがね。あんたらが言う『輝く巨兵』なんてものは知らない。それで『幸の光』だなんだとまで言われたら、ますますわかりかねるよ」

「何も知らんなどと言うことはなかろう! 事前の調べでこの付近に遺跡が存在することは知れているのだ。噂とてこの近辺から流れて来た情報であろう。よもや、何か隠し立てしているのではあるまいな!?」

 かたくなに知らぬ存ぜぬを貫くおばば様に対して、フロガスが怒りもあらわに問い質してくる。先ほどから話は平行線だ。いや、相手から情報を引き出せている分、おばば様の方がうまくやっているのかもしれない。


 話し合いが収まらないと感じたのか、おばば様は私に向かって手招きすると小声で耳打ちする。

「レムリカ。話が長引きそうだから、あんたはもういいよ。いつも通り、森まで作業しに行っといで」

「でも、何かあるといけないし私もいた方がいいんじゃ……」

 確かに私がここに居てもできることは少ないだろう。ただなんとなく、おばば様を一人にしていくのは不安があった。

「こんな話し合いに時間をかけるのがもったいないんだよ。あんたまで無駄に時間を浪費することはない。今日の作業を終えてきな」

 しっしっ、と野良犬を払うような手振りまでされては出ていかざるをえない。いつもより遅い出立になるが、仕事道具を持って森へと向かうことにする。この時間からでは森の奥にある遺跡まで行って帰ってくるのは、作業時間も考えると無理だ。森の浅いところで採取作業などを済ませて帰ってくるのが妥当だろう。

 それに今は遺跡を調べに来たフレイドル達もいる。彼らに遺跡を知られたくない様子のおばば様も、私が森の奥にある遺跡までは行かないと見越してのことに違いない。


 そそくさとその場を引き上げた私は森へと普段の仕事に向かった。

「それにしても……輝く巨兵、かぁ……」

 なんとも不思議な話だった。私は昔から遺跡の手入れをしているが、噂どころか当の遺跡にはそれらしき痕跡はない。何かわかりやすい壁画でもあれば別だが、あの遺跡にはこれといって意味を持った記録は残されていないのだ。精々、古代の魔導回路が刻まれた大岩が転がっている程度である。それも解読できたという話は一切聞かない。

 ましてやそれが『幸の光』なんてお伽話と関連があるかもしれないなどと、なおさら雲を掴むような話であった。

「いったいどこから出てきた情報なんだろう?」

 出所のわからない情報を元にやってきた一級術士の率いる一団。森で作業をしながらも、私は妙な胸騒ぎを覚えて仕事に身が入らなかった。

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