第2話 呪術士の娘

 一仕事を終えた私は、森を抜けて集落へと戻ってきた。


 村の中心にある比較的大きな家屋へと一直線に向かって行く。

 木材が豊富なこの土地においては、住居は丸太で組むのが一般的だ。木材はそれなりに乾燥させて防腐処理もするが、いかんせん村には製材用の工具が少ないので真っ直ぐな角材はなかなか手に入らず、丸太を少しばかり加工したものを組み上げて家を作っている。


 村長であるおばば様が住む村一番大きい家も例外ではなく、丸太で組まれた建物となっている。隙間は粘土でしっかり塞いでいるのだが、どうしても冬場は冷え込んでしまう。今は夏場なので風通しを良くしておけば暮らしやすいが、いずれ来る冬の為にも暖房用の薪は備蓄が必要だった。


「おばば様~。遺跡までの道の伐採と薪集め、それから薬草摘みと鉱石拾いまで、今日のお仕事終わったよー」

 我ながら大した重労働である。これを午前中の内に全て終えてきたのだ。私は褒められてもいいと思う。


「なんだい。ようやく帰ったのかい、レムリカ。遅いよ。もう、正午をとっくに過ぎているじゃないか」

 声をかけてからしばらくして、奥の部屋から腰の曲がった小さな老婆が姿を現す。神経質そうに細められた目つきで私が採取してきた薬草や鉱石を品定めし始める。背負ってきた薪を籠の底から取り出して乾燥棚に並べている間も、うんうんと唸るおばば様の声が聞こえてきて何とも落ち着かない。


「……悪くないね。随分と質のいいやつを集めてきたもんだ。けどね、そんなことだから時間がかかるんだ」

 褒められているのか怒られているのか、いまいちわかりにくい評価がおばば様より下された。

「確かに少し遅くなったけど……。でも、品質は高い方がいいでしょう?」

「いつも言っているだろう。そこまで頑張らなくてもいいんだよ。あんたはまじめ過ぎるんだから。適当に切り上げて帰ってきたって誰も文句は言わないさ」

「ええ~……。おばば様、それでいいの?」

「いいのさ。それよりも、あんたには他に学ぶべきことがたくさんある。さっさと昼食を済ませな。今日も呪術の訓練だからね」

「はい、は~い!」

「返事は一回にしときな。その口調、あの魔女を思い出すよ、まったく……」


 ぶつくさと言いながら庭先へと出ていくおばば様を尻目に、私は昼の食事を簡単に用意して手早く口の中にかき込んでいく。朝に作っておいたヒヨコ豆のミルクシチュー、焼いたキノコとチーズを挟んだ黒パンを頬張りながら、今日の呪術の訓練について頭の中でおさらいをしておく。

 昨日は魔導人形ゴーレムの自動制御について習ったばかりだ。今日はその実践をやることになるだろう。


 手早く食事を済ませた私は、庭先で安楽椅子に腰かけたおばば様の元へ急ぐ。口の中に食べ物を入れたままだと怒られそうなので、きっちり飲み下してから外へと出た。

「おや、もう来たのかい。せっかちだねぇ。昼飯くらい、もっとゆっくり食べればいいものを。昼寝の時間が短くなっちまったよ、やれやれ」

「さっさと済ませろって、おばば様が言ったのに」

「……本当に糞真面目だねぇ、あんたは。そんなことじゃ、街への買い物も任せられないよ。ずる賢い商人にぼったくられるのが落ちさ」

「私、そんな間抜けじゃないし。物の相場くらい知ってるよ」

「ふん。知識だけじゃ、どうしようもないのさ。もっとも、それをどうにかするために経験を積ませているわけだからね。さ、呪術の訓練を始めるよ。これも実践あるのみだ」


 呪術の訓練。

 私に呪術士としての才能があると認めた村長のおばば様は、住み込みで働きながらであれば呪術を教える、と声をかけてくれた。両親の元から離れることにはなるが、労働の対価に少なくない賃金と呪術の教練をしてもらえるとあって私は喜んで誘いを受けた。

 なにしろ刺激の少ない山奥の村だ。農家の仕事以外に学べることは少ない。呪術を学べる機会など、本来ならまずないことである。

 それに金銭での収入も集落に来る商人とのわずかなやり取りや、短期間だけ街へ下りての行商くらいしか稼ぎどころがない。おばば様は呪術士として独自の収入があり、その収入の一部を村の維持や若者の仕事の対価として与えてくれる。住み込みでおばば様の手伝いをすれば少なくない収入を得られて、呪術も学べるとあれば断る理由はなかった。


 庭先から少し離れ、地面の土がむき出しになった空き地へと移動して呪術の訓練は始まった。

 地面には陶器の破片、薪の燃えカスと灰、畑から刈り取った雑草、そして水と油を九対一の比率で入れた壺。一見して残骸の山に見える。実際、まさしくその通りでこれらは適当に集めたゴミだ。今日はこれを素材に魔導人形を生成する。壺の中に入っていた水と油を残骸にぶちまけ、術式発動の準備にかかった。


 自身の体に刻まれた魔導回路へ、脳の奥深くから絞り出した魔導因子をゆっくりと流していく。知的生命体の脳から分泌される魔導因子。これが魔導回路を流れることで、現象としての魔力が発生するのだ。


 両腕と左足に刻まれた魔導回路に加えて、術式補助として両手首と両足首に付けた魔導具にも魔導因子を流し込む。魔導回路が仄かに橙色の光を帯びて、徐々に光を強めながら活性化していった。


(――我が思念を複製し、大地の恵みを糧にして、骨を、肉を、皮を、髪を、目を、歯を、舌を、爪を、血を宿せ――)


 魔導回路が活性化して、術式発動に十分な魔力が発生したところで意識制御に移る。想像するのはもう一人の私。私と同じ考えを持ち、私と同じ思考で動く。けれども完全に独立した自我を持ち、それでいて私の絶対的な味方となる存在の創造。


『生まれ出でよ!! 自己複製レプリケーション!!』


 灰の山に手を触れて『自己複製レプリケーション』の術式を発動すると、橙色の光が手の平から広がって次々と素材を呑み込んでいく。細やかな意識制御を行い、素材を混ぜ合わせて自身の複製を形作る。

 ――私。私、私はレムリカ。もう一人の私を、創る。

 ずずっ……と、橙の光が揺らめきながら人の形を成して大地に立った。


 二房に括られた灰色の長い髪。ぎだらけの煤けた白い肌。左右で色違いの瞳はガラスのように無機質で、体の部位は幾つか欠損し、それでも人としての姿を成立させたいびつな人形。創り出された魔導人形ゴーレムは痙攣しながら不器用に口を動かす。


『レ、レレれ、レむりカ……。ワたシ、はレむリか?』

「そう。あなたはレムリカ。私の分身」

『ワタ、わタ、しはレムリか。ア、あなタはダ、レだ?』

「私はレムリカ。あなたの起源。もう一人の私、もう一人のレムリカ、あなたに最初の命令をします。えーっと……どうしようかなぁ。何も考えてなかった。とりあえずね、私を背負って庭を一周してみようか?」

 ゴーレムと意思の疎通ができたと判断した私は、続けて簡単な命令を出してみる。だが、目の前のゴーレムは焦点の定まらない目で私を見返し、首を直角にかしげている。


『ワたシはレむりカ。あナたもレむりカ? エ、え、エエ、エ、ラー。エラー、デス。リかいふノウ。わタシがレむりカ。ワタしハ、アなタニ命令をしマス』

「え?」

 おかしな反応を返してきた。そう思った瞬間には、ゴーレムが私の後ろに回り込み、背中へと飛び乗ってくる。

「ちょぉっと!?」

『命令、命令でス。ワたシを背オってニワを一周しテくダさい』

「なんでそうなるのーっ!?」


 めちゃくちゃ重くて私は耐え切れずその場に膝を着いた。するとゴーレムは不満げな表情を作って、バシバシと私のお尻を叩いてくる。

『命令でス。ワたシを背おっテ、ニワを一周してクダさイ!』

「それは逆! 命令するの逆だから! あなたが私を背負って!」

「命令を実行しテくダサイ。命令ハ撤回サレまセン」

「痛っ!? 痛い、痛い! わかったから、お尻を叩かないで!」


 私はお尻を叩かれながら、馬鹿みたいに重いゴーレムを背負って庭を小さく一周する。その途端にゴーレムは私のお尻を叩くのを止める。

『命令ハ実行されマした。次ノ命令ハ――』

「せいっ!!」

 体を捻ってゴーレムを背から振り落とすと、私はすかさずゴーレムに飛び掛かり地面へと押さえつけた。


「命令するのは私なの! 言うことを聞きなさい!」

『だメデス。イヤでス。ワたシはレむりカ。あナたの命令ハ聞きマセん。ワたシノ命令ヲ聞いテクだサイ。アなタは、イマ、実行エラーヲ起こシていマス』

誤認エラーを起こしているのはあなただからね!? もうっ! 一度、土に戻って!」

『ヤダ。戻リたくナイ』

 こんな時だけ器用に舌を出して、否定の意思を全力で伝えてくる。さらに、あろうことか創造主である私に対して張り手をかましてくる。


 ばちんっ、と快音を鳴らして私の頬が引っ叩かれた。

「…………」

『…………。……バ~カ』


 そこから先は生み出したゴーレム、レムリカ=エラーとの醜いどつき合いになった。とにもかくにもこの生意気なレムリカ=エラーをぶちのめす――ではなくて、失敗作を土に戻さねばならなかった。


「はぁ……。小憎らしいほどに優秀だね、この子は。曲がりなりにも自我を持った魔導人形……いや違うか。これは駆け出しの術士にできる芸当じゃないんだが、自覚がないのは……。……まあ、今はまだ本人に伝えなくてもいいかね」


 視界の隅でおばば様が大きく溜め息を吐いて何か小言を言っているようだったが、私はレムリカ=エラーとの取っ組み合いでそれどころじゃなかった。

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