ゴーレム&レプリカント

山鳥はむ

第1話 遺跡の守り人

 険しい山間やまあいの奥深くに、ひっそりと小さな集落があった。

 村人は畑を耕し、日々の生活品を自作し、森の恵みを得ながら慎ましやかに日々を送っていた。


 鬱蒼うっそうとした森を慣れた足取りで歩きながら、やぶき分けつつ前へ前へと進む。この辺りは植物の生育が極端に早く、普段から使っている森の巡回路も手入れをしなければすぐ草木に呑まれてしまう。

 頭の左右で二房ふたふさに縛られた金色の髪の毛には木の葉や蜘蛛の巣がまとわりついていた。煩わしくそれらを手で払いのけると私は溜め息を一つ吐いた。

 細い指はあかぎれして、髪はつやを失い所々に枝毛が見える。日々の生活に追われて身だしなみを整えるのもおろそかになっていた。せっかく腰のあたりまで伸ばした自慢の髪の毛も、手入れがなされなければ荒れ果てた野山と変わらない。


「たった五日、来なかっただけでこれだもんなぁ。本当にどうなってるんだか。この辺りの土壌は……」

 森の恵みが豊かなのは歓迎すべきことだが、この勢いは異常である。昔から変わらぬこととはいえ、他の土地では見られない現象だと理解はしている。それもこれも、森の最奥さいおうにある古代遺跡が関係しているというのが集落に語り継がれてきた伝承だ。

 道を塞ぐ枝葉を鉈で切り落とし、ついでに手頃な大きさの枝を薪用に拾って背中のかごに入れていく。道すがら目に付いた薬草類も摘んで、傷まないように布で包むとこれは首から掛けて体の前に持ってくる。


「あとは鉱石の採集だけ……」

 傾斜のある山道を登り、草木を伐採して道を切り開いていく。遺跡への道を手入れするのは、ここ数年、私がけ負ってきた村の仕事だ。遺跡の周囲には質のいい鉱石の出る採掘場があった。小さな集落にとっては貴重な鉱物資源だ。農具や生活用品を作るのに、ここの鉱石は重要な素材となる。

 半刻ほど山道を歩くと急に開けた場所へと出る。そこには大岩を幾つも積み上げたような古代遺跡が鎮座していた。

 木々に埋もれていて一見すると洞窟か何かのように見えるが、これらはすべて人工物である。その証拠に大岩には摩訶不思議な文字や、細かい紋様が刻まれていたりする。

 村長である『おばば様』の言うことには、これらの紋様は古代の魔導回路なのだとか。今の時代においてはいわゆる遺物アーティファクトとされるもので、その機能についてはほとんど解明されていない。

 極まれに起動に成功して機能を突き止められた遺物というのもあるらしいが、それは稀なことだそうだ。大抵はこうして、朽ち果てた遺跡として埋もれているものである。


 私はたまに遺跡の中を覗いて異常がないか確認している。遺跡の内部は直方体に切り出した石が整然と積み上げられて壁や天井を覆っていた。一般的な石造りの寺院のようにも見え、何かの儀式を行う祭壇なのか広間もあった。ただ、これといって機能的なものは見当たらず、魔導回路の刻まれた大岩が幾つも転がっているだけで他に何があるわけでもない。異常がなければそれでいいのだ。意味のない行為のように思えるが、おばば様が言うには必要なことらしい。


 遺跡の確認を終えた私は、外にある採掘場で鉱石の採集を始めた。半ば崩れかけた岩壁をピッケルの先端でさらに突き崩し、鉄分を多く含んだ鉱石を選別して籠の中へ放り込む。あまり欲張っても重くて持ち帰れないので、質のいいものだけを選ぶのである。

 太陽が空の天辺に昇る頃まで、私は鉱石採集に集中していた。ぐぅ、とお腹が鳴って空腹を覚えたところで、作業を終わりにして帰り支度をする。これから鉱石やら薪の入った籠を背負って、山道を降りていかねばならない。

「重い……」

 わかっていたことだが、帰るために籠を背負いなおすとその重さが疲労と共にのしかかってくる。一瞬、鉱石を幾つか捨ててしまおうかとも思ったが、せっかく採集したのだから持ち帰りたいという欲求もあって私は結局そのまま山を下りることにした。


 背負った大きな籠が重い。掛け紐が肩に食い込んで痛かった。

 ふぅふぅ、と荒い呼吸を繰り返しながら、足場の悪い山道を慎重に下っていく。行きに枝葉の伐採をしていなければ帰り道で苦労したことだろう。整備された山道は、少なくとも木の枝で目を突いたり、蜘蛛の巣にわずらわされたりすることはないのが救いだ。

 ふと自分の胸元に視線を落とすと、草の汁で汚れた麻の服が目に入る。

 独特の幾何学模様がい込まれていること以外、何の変哲もなければ色鮮やかさにも欠けるワンピースだ。こんな山奥の村ではおしゃれも大した意味をなさないのだが、それでも年頃の娘である自分としては、もう少しくらい着飾りたい想いがあった。


「いつか、街に下りて買い物したいなぁ……」

 私は生まれてからずっと山奥で暮らしてきた。

 大人達はたまに行商で街へ向かうことがある。私もいつかは行商の手伝いで街に下りるときが来るのだろう。そうしたら行商ついでに美味しいものを食べ歩きしたり、綺麗な服を見て回ったりできるかもしれない。考えるだけで、とても楽しみだ。



 そのときは何の疑いもなく、やがて想像した未来が訪れると私は本気でそう思っていた。

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