第19話

Cap017


 おっさんが、おっさんに怒らている光景ほど、無様な光景はない。

結局、学長と博士の其れは深夜まで続いたのである。

正に鬼の形相とは、博士に説教する、あの学長の事で、そこに割って入って帰れるほど勇敢ではない僕は、奥の部屋でアトムと静かに嵐が過ぎ去るのを待っていた。


“夢を見ていたんだ。大きな空に飛行機雲。スーッと伸びていくその先に、鉄腕アトムは、グッと手を前にやり、彼方に飛んでいく。夕陽に照らされ、ノスタルジックだなぁ”


 閉じた目に強い光を感じ、僕は、ゆっくりと目を開けた。

そう、そこには、大きな瞳で僕を興味深そうに眺め…

「どわぁ!」

「トビオさんは、眠っている時に、笑うんですね」


 そうだった。夢じゃなかった。今、僕の目の前で屈託のない笑顔で話しかけているのは、混じれもなく現実の存在である。昨晩、嵐が去るのを待つ内に、僕は寝てしまったいたらしい。


「博士は、眠っている時に、服を脱ぐんですよ。器用だなぁ」

と、アトムは開いたドア越しに、その屈託のない笑顔を怒られ疲れ、そのまま、そこで眠ってしまったらしい博士の方へ向けた。

「って!フルモンティ!」

 僕は、その目線の先にあるダラシないジジイの裸体を急いで蹴り飛ばし、うつ伏せにひっくり返す。

「だはぁ!なんで、この人、器用に白衣だけは着てるんだ」

 博士は、着ていたはずのズボンと、Yシャツ、下着に靴下まで全て脱いでいるというのに、一番上に羽織っていた白衣はちゃっかしと着込み、大いびきをかいて眠りこけていた。

「博士、凄いんですよ。見ますか?」

「何を」

「脱いでいくところです。僕、見たものを記録して再生できるんです。白衣を着たまま、Yシャツを脱ぐ所は、秀逸ですよ」

「おにぎりQか、こいつは」

「おにぎりQ?」

「いや、何でもない。見るのは遠慮しておくよ。それにしても、ずっと観察してたのかい?」

「えぇ。僕は眠る必要がありませんから」


 そう簡単に発せられた言葉は、単純にして複雑である。

彼には当たり前のことだが、其れはやはり、アトムがロボットである明確な証である。そして、アトム自体それを認識していない事も、またアトムがロボットである証である。


“プゥ〜ッ!”


「あっ、ちょっと白衣が浮きましたよ!トビオさん」

「アトム、ゴミ袋持っておいで。今日、ゴミの日だから。こいつ捨ててくるわ」


 ゴミの日の火曜日の朝。博士という生ゴミを入れた、くそ重いゴミ袋。

そいつを引きずる様に小屋を出た僕の目の前で、それは大きな陰として、突如、現れたのである。

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