第11話

Cap010


 時は少しだけ流れて、大学はと言うと。

いつもは、学生でごった返す敷地内も、暫し小休止と静まり返っている。

兎角。日本の大学というのは、休みが多い。

土日祝日は勿論。2週間の正月休みに1ヶ月の夏休み。そして、GW。テスト期間前は授業もないし、一体、『いつ勉強すればいいんだ』と感じる程、休みが用意されているのである。

まぁ、勉強というものを自主的に行う稀有な人間にとっては、休みは関係無いかも知れないが、それは、それ。僕にとっては、別世界の話である。


 そんなGWの最中。


 たぶん、僕と同類の学生達が遊び呆けているか、アルバイトに精を出している筈の真っ昼間に、僕はと言うと…


“ガ、ガ、ガ、ガ、ガガガ!”


 半ば強引に博士に受けさせられた“小型車両系建設機械の運転の業務に係る特別教育”なる修了書をポケットに仕舞い、何処から手配したのかも分からない小さなユンボで研究室の周り、広大なグラウンドの凝り固まった土を揉み解していた。


「ほれ、そろそろ種を植える準備をせにゃならんだろ」

そう言って、渡された軍手とシャベル。

「いや、僕がするんですか?」

「当たり前じゃろ!ワシのゼミの生徒が、他に何をするというんじゃ!まさか、毎日。ワシに茶淹れてりゃ、単位貰えるなんて、甘い考えではなかろうな?」

 確かに、ここに来て数週間。僕のしたことと言えば

“お茶を淹れる”

“お茶を注ぐ”

“博士とお茶を飲む”

のルーティンだけである。


 ゼミというより、授業と授業の間の休憩に近い。


「…じゃあ、何処から何処まで、耕せばいいんです?」

僕が、そう言うと、博士は地図を広げ研究室のある場所。実際には、表向き研究室となっている小屋の場所にペンでバツを入れた。

「ここが現在地。そして、これが地下の研究施設」

そう言いながら、博士は大きく地図に輪を描き入れていく。

「ちょい、ちょい、ちょい!まさか、そこ範囲、全部。僕1人で耕せって言うんじゃないでしょうね?」

「さすがのワシでも、そんな酷なことは言わんわい。手段は問わずじゃ。何人で取り掛かってくれても結構。好きなだけ雇って、好きなだけ給料を払ってやれ。ワシはGW明けにタネ植えが済めばいい」


 えらく博士にしては、太っ腹である。

「えっ、良いんですか?じゃあ、分かりました。それなら、今からバイトを募集して。いや、時間がないな。派遣会社に頼んでもいいですか?」

「なんで、ワシに聞く?」

「えっ?」

「雇い主は、お前なんじゃから。派遣だの、バイトだのは、自分で決めればよかろう」

「はっ?それ、どういう意味ですか?」

「どういう意味も何も。ワシは“単位”という報酬で、お前に仕事を頼んだのじゃから、その仕事を“下請け”に出そうが、何処ぞに“委託”しようが好きにしたら良いと言うとる。ただ、その“雇い主”だ“委託主”であるお前には、その労働の対価を支払う義務があるとまぁ、それだけじゃ。お前、経済学部じゃろ?そんなんも分からんのか?」

「分かりませんよ、そんなの!何で僕がお金を払わなきゃいけないんですか!」

「そりゃ、お前が楽をしたいから。では、頼んだからな!ワシは地下に潜るぞ!」


 そう言い残し、博士は地下の研究施設へと逃げて行った。


 僕は、ポツネンと小屋に取り残される。

100歩譲って博士の言い分を受け入れてみる。この場合、僕は、僕の雇う労働力への対価の支払いを、僕の雇い主である博士から、施工業務の対価として金銭の支払いを受けないといけないのである。それも、支払う金銭以上の金銭をである。しかし、僕の雇い主は、僕に“単位”という、その当事者以外には、全く価値のない。もっと言えば、“紙の上”、“記録の上”だけに存在する代物を餌に、仕事を押し付けてきたのである。


 僕は、あくまで冷静に小屋の壁際に行き、地下の電話へと通じる唯一の内線電話を取った。そして、その受話器を耳に当て、僕は、僕の雇い主である博士に丁重に断りを入れた。


「何、弱音吐いとるんじゃ!お前、経営とはなんぞや?今が、まさに力の見せ所じゃろ。0を1に変えてみようと思わんのか?えぇ?やれるのか!?いや、やってみろよ!」

 もはや、意味不明な檄である。


 それから、電話越しの交渉が数時間続き、博士が根負けしたのか。僕が根負けしたのか。ユンボの資格取得代金と、中古の2.8tのユンボが支給される事になった。


“ガ、ガ、ガ、ガ、ガガガ!”


 広大なグラウンド。カメラを退いていっても、一向に全体が見えない、その真ん中。母さん。僕は、今日も1人土を揉んでいます。

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