第9話
Cap008
話は戻ってアトムである。
「どう思う?」
「…どうと言われましても。アトム…ですか?」
「そうなの。アトムなの」
「作ったんですか?」
「作ったの」
ゴモゴモと2人の会話が、地下の研究室に小さな雑音程度に響く。
「これって動いたりは…さすがにっ」
“シュウィーン!”
「動いだぁ!」
博士が机に備え付けられた幾らかのスナップスイッチをONにし、その横のボタンを押すと、直ぐに起動音が鳴り始めた。そして、僕の目の前で小さなロボットは、その軽快な起動音と共に目をゆっくりと開き、横たわっていたベットからスッと上半身を畳むように起き上がった。
あまりの展開である。
実物大のロボットと言えば、お台場のユニコーンガンダム。映画宣伝用に作られたパトレーバー。神戸の駅前に鉄人28号。最近で言うならば、横浜に動く初期型ガンダムなんてのがあるが、どれも強いて言えば“大きなハリボテ”か“内部に電飾を施したプラモデル”である。
横浜のガンダムにしても、決して自立して動くわけでなはない。あくまで“動いてる風”なわけで、実際の所、それは“ロボット”というより“造形物”と言った方がしっくりくる。
そう、人間にとって、ロボット科学というのは、まだ始まったばかりである。
アトムを覗き込んでいた僕は、起き上がったアトムに驚き、後ろによろめくように尻餅をついた。
「大丈夫ですか?」
「喋るしぃ!」
「当たり前じゃろ。誰が趣味で、こんな精巧な模型なんぞ組むかって、なぁ〜」
博士は、そう言うと、まるで最愛の孫に接するかのように、起き上がったアトムの背中を支え、ゆっくりと立ち上がらせた。
「ありがとうございます。…あなたは?」
「ワシは、君を生みの親。この研究室の博士。お茶ノ水博士じゃ。そして君は…」
“時は2021年。手塚先生が亡くなり32年が経つ。手塚治虫が夢に描いた、科学の子がここに居る”
「…そして君は、幸彦だっ!」
「アトムじゃないんかいっ!」
僕のツッコミに、博士は見向きもせず、恍惚な笑みを『幸彦』に向けてた。
「さっきまでアトム、アトムって、なってましたよね!?ねぇ!?博士?博士っ!」
「なんだ、うるさいのぉ!ワトソン君、何を錯乱しとるのだね」
「だからぁ、キャラが、はみ出してんですよぉ!」
さっきまでの静寂と打って変わって、ワトソン君の怒号が地下の研究室に響き渡る。
「ワトソン君?そうなんですね、分かりました、ホームズ博士」
「いや、ホームズでもねぇよ…」
…響き渡るのである。
“手塚先生が鉄腕アトムをこの世に発表したのは、1952年。その原子力で動くロボットは、予定では、2003年4月7日に誕生する事になっていた”
「だって、権利物じゃぞ。アトムでは、まずかろうに」
「お茶ノ水博士も、バリバリに権利物ですけど」
「お前、でもあれだぞ。お茶ノ水博士って言っても、もう今の子は分からんぞ。それに本家は“お茶の水”で、ワシは“お茶ノ水”だから、問題はないわい!」
2人のたわいの無い会話をよそに目覚めたばかりの『幸彦』は…
「その“幸彦”って止めろ!」
「おいおい、ナレーションに口出すキャラがあるか」
「いいんです!どうせ、商業ベースに乗らないような作品なんですから!」
「お前、出たがりにも程があるぞ!せっかく、ナレーションも言葉を選んで作ってるのに」
「ナレーションって言っても、それ僕じゃないですか!」
研究室に置かれた鳥籠。その中に住む小鳥たちに夢中なロボットをよそに、僕たちの口論は何処までも続く。
「で、どうするんですか?」
「アドム…アダム…マダァーム。マンダム…ん〜。どうにか、“幸彦”になりませんか?」
「なりませんって…。あっ!博士、ちょっと!」
僕は、博士が机に撒き散らしている数々の名前候補が書かれた紙を1枚、急いで取り上げると、その紙を裏返した。
「もう!これ仮予算申請書じゃないですか、何に書いてるですか!」
「紙が勿体ないから、いらない紙の裏に書いてるんでしょうよ!」
「この紙、いるでしょうよ!仮予算申請だって言ってんだ!予算も無しで、どうするつもりですか!この仮予算っ!」
「人を“仮予算”呼ばわりとは、お前…。あぁ〜!いい事、思いついたぁ!ちょっと貸せぃ!」
博士は、そう言うと、僕から、その“仮予算申請書”を奪い取り、また、その裏に何かを走り書いた。
「これでいい!」
『Atom(読み:アトム)』
「はっ?」
「バカモン、こういうのは、登録的にはAtomと書いても、声にする時は、アトム!これだけでよい」
「…どうにか、訴えられたいんですか?」
「欲しがりません、勝つまではじゃ!のぅ、アトム」
かくして、彼は、無事にアトムと名付けられたのである。
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