第8話
Cap007
と、ここで物語の起承転結の“起”が終わった所で、目の前で横たわるアトムは少し棚上げにして本筋から少し道を逸れてみたい。それは、この物語を書く作者にとって、きっと、必要な事なのだろう。
そして、この話を語る僕にとっても、この先の顛末まで話を語り進めるには、本筋に付随して必要になってくる、どうでもいいと言えば、どうでもいい話である。
話は、僕がアトムの存在を知ってから、数日後の出来事になる。
そして、学長室爆破事件から、同じく数日後の出来事である。
当の被害者である学長が、研究室にやってきた所から話は始まる。
素知らぬ顔で、僕の入れたお茶を啜る博士と、どう贔屓目に見てもごきげん麗しくない学長に挟まれた僕は、そのどちらに視線を向ける事もできず、ただ目の前の掛け時計の針が、もう少し速く動かないものかなどと考えていた。
「いい加減、用が無いなら自分の部屋に戻ったら…」
「お前が爆破したから、戻る部屋がない」
「なら、家に帰った…」
「まだ、勤務時間だ」
重苦しく、そして淡々と学長は博士の言葉に覆い被さっていく。
「そうそう、この前、近所で火事が…」
「うちよかマシだ」
「だから、謝っとるじゃないか!!」
「謝って、どうにかなる話かと言っておるのだ!!」
ここから先のピーチク・パーチクは、ここでは割愛したい。
特に語る必要もない。ただ単純に。そして、純粋に罵詈雑言が目の前を飛び交っていたにすぎないからである。かれこれ数時間が、無意味な水掛論と共に過ぎて。いい加減、日も暮れ、僕は“これ以上は付き合いきれない”と意を決めていた。極ゆっくり、そして、まるで一寸トイレに立つかのように、いそいそと僕は腰を上げようと試みる。けれど、その都度、どちらからかが僕の肩を手で押し、元の場所に押し戻した。
「この分からずやだけは、本当に…」
博士は、そう言うと、いつから忍ばせていたのか。一升瓶をドンと机の上に置き、先ほどまで啜っていた湯呑みに、その中身を注ぐとゴクゴクと水のように飲み干した。すると、それを見た学長は、スーツの内ポケットからスキャットルを取り出し、そのままグイグイと飲み始めた。
「まだ、そんな安酒呑んどるのか?」
「安酒?中は、山﨑の20年だわい!」
火に油。いや、この場合。火にアルコールである。
けれど、その後しばらく続いた罵声の叩きつけ合いであった2人の会話も、夜も更けた頃には、大笑いの大盛り上がりに様相を変え、酒に飲まれた2人は、いつしか何時ぞやのマブダチに戻っていた。そして、その酔っ払い2人は、僕に大いに絡んでくるのである。
「この前の爆破。驚いただろ?えぇ〜」
「は、はぁ。驚きました」
「だろっ!でも、俺は驚かないんの。…何でかわかる〜?」
「2回目だから!」
「2回目だから!」
「キャハハハハハハ!!」
「えっ、君さぁ。彼女とかいるの?」
「いや、いないですけど…」
「紹介してやれ!紹介!いっぱい秘書名義で、囲っとるのがおるじゃろうが!」
「いっぱいもいねぇよ!」
「じゃあ何人?」
「ん〜5人!」
「バスケットボールチームか〜い!」
「あっ、嫁入れたら6人か!」
「バレーボールか〜い!」
「はい!嫁はリベロでございます!」
「ギャハハハハハハ!!」
「こいつの博士号、俺がやったの!麻雀で負けた時の形に!」
「いいんですか!そんな事で博士号を渡して!」
「いいんじゃ、いいんじゃ!博士号なんて箔だけのもんなんじゃから。博だけに!」
「あっ、その白!ポンであります!」
こうして夜が過ぎて行った。
その後、酔い潰れて寝てしまった爺さま2人と、帰る手段を失った僕は、一夜を研究室で共にした。
まさに、この人にして、この友である。
そして、ひとつ訂正するならば、この話は、僕が話を語り進めるに於いて、全くもって必要ではない。ただ、どうでもよい話。
酔い潰れて眠る2人を見届け、僕も仮眠につくことにする。
うつらうつらと意識が遠のき始めたその頃に、何やら気配がするのを僕は感じていた。
「出てきちゃダメだよ…学長は、まだアトムの事を知らないんだから」
「みんな、寝ちゃたんですか?」
「うん。僕も寝るから、アトムもおやすみ。明日は、ちゃんと君の話をするんだから」
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