Atom2021
黒い綿棒
第1話
Cap000
厚生棟内にあるピロティ。そのショーケースの様な掲示板の中に貼り出された数枚の紙に書かれた学生番号を、僕は、紙と僕を遮るスライドガラス越しに、指で追いかけた。
僕は自分の番号に辿り着くと一度、そこで指を止め、今度はズレないよう慎重に横に指を滑らせて行く。それは、まるでUFOゲームの様だ。もう、かれこれ数千円。とうに普通に買った方が安いはずの、実はあまり欲しくもないフィギュアに意地だけで食らいつく万年金欠野郎の心境に、それは近い。
番号と氏名の隣に書かれた所属先でピタッと指を止める。
『おやっ、失敗…』
その金欠野郎、即ち僕だが。目測を誤ったのか、取り損ねたフィギュアに
再度、挑戦しようと100円玉を財布から急いで取り出し、もう一度、スタート地点からスライドガラス越しに指を下ろし、横へと滑らせる。
そして、指が目標にロックオンしたと同時に、僕の動揺がガラスに呼応していった。
“ガタッ…、ガタ!ガタ!ガタ!ガタッ!”
「えっ、地震!?」
僕の遠く横で、掲示板に貼り出された休校通知を見て、予定外の自由時間を手に入れ、ご機嫌な若き学生カップル。
このまま遊びに行くか、彼の誘惑に付き合って、独り暮らしの彼の部屋へシケこむか。2人寄り添い話をしている目の前のスライドガラスは、強烈に振動し、今にも割れんと音を立てている。
また、その2人が例外ではなく、ピロティにいる学生。掲示板に新たな通知書面を貼りに来た事務員。床を掃除するパートのおばちゃんまでも、その振動に辺りをキョロキョロと見渡している。そんな中、僕は、ただ一点。指先、10センチ前にある文字に全ての集中を奪われ猛烈な負のエネルギーを発していた。
「なんじゃ、こりゃー!!」
天変地異の到来か。はたまた、松田優作の再臨か。
その声に、周りの人間は、その声の主である僕に一斉に視線を向けた。
しかし、その視線は一瞬にして、最速で、外に逸らされる。皆、完全にダークサイドに身を落とし、震える身体から暗黒で、陰湿な気に包まれた僕を、見てはいけない物と本能的に察知したのだろう。
「あらっ、このガラス、割れてるわ」
そそくさと、皆が出ていき、ただ取り残された僕と掃除のおばちゃん。
おばちゃんは、僕の横で何故か急に割れてしまったスライドガラスの前に立ち、商売道具の掃除用具を入れたカートからチリトリと箒を取り出して、割れ落ちたガラスの破片を掃き集めた。そして、それが終わると僕に小さく一言、言い残し、静かにその場を後にする。
「ご愁傷さま…。これ以上は、割っちゃダメよ」
“ガラガラ“と、カートが移動し遠ざかる音。
気のせいか。遠ざかり小さくなるその音が、遠ざかるにつれピッチを上げている様に感じた次第である。
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