無慈悲な演奏者と道路標識

1曲目 隣人はテロリスト

 毎朝必ず聞こえる、柔らかいピアノの音。隣人は朝練習していたようだ。ときどき失敗するが、何か決まった曲を弾いているわけではないので、誤魔化して引き続けようとするがいつも上手くいかない。不器用ながらに私を魅了させるその音が、今日は聞こえてこない。思い出せば、隣人の顔を見たことがない。どんな人なんだろうと考えながら、トーストを齧る。

 今日から新しい仲間と働くからと、いつも着ないようなスーツを身に纏い、ドアを開ける。


 違和感。開けた瞬間。違和感。その違和感の正体に気付かない人などいるのだろうか。ない。部屋が。

「は?、、、えっ、、、は?」例の隣人の部屋がないのだ。爆発跡のようにも見えるが、綺麗にマンションからくり抜かれたようで、不可解である。2階までしかないマンションの階段を降り、見返す。6部屋が5部屋になり、直方体がくり抜かれている。急いで大きく開いた口と目と鼻の穴を閉じようとするも、私の顔にあるあらゆる穴が空いたまま閉じない。きっと間抜けな顔をしているに違いない。ようやく冷静さを取り戻すと、見覚えのある車がマンションの前に停まってきた。降りてきたのは今日から一緒に働くはずの男、近松である。

「尾道さん、だっけ、朝突然通報があったから出動したけど、なんでここにいるの」

「家、ここなんですよ」

「丁度いいや。これが初仕事になると思うから宜しくね」

 彼がいる、それはつまり超特殊テロ対策部に報告があったことを意味する。夢にまで見たこの職の初仕事が自宅マンションなんて拍子抜けだ。


「まずこれを渡さないとね」

 近松がゴツい機械を私にくれた。

「何ですか、これ」

「超能力を使うと使用痕が残るんだけど、それがあるか確認するための機械だね。使用痕探知機、略してタッチー。一人一つ配られる予定だったんだけど」

 使い方を教わり、使ってみる。

「赤く光りましたね」

 驚いた顔でこちらを見る。説明では赤が一番強く残った使用痕を示すらしい。

「尾道さん、隣人の話、聞かせてくれないかな」


 ピアノのこと、顔は知らないこと、全部話した。

「ピアノ・・・。これは本部に連絡が必要だね」

「重要人物なんですか」

「そんなもんじゃない、ピアノと言ったらこの業界じゃ最重要人物。革命軍とかいう最大のテロ組織とも繋がりがあるかもしれない」

 あのピアノの音はテロリストのものだったのか。疑問になる前に口にしてしまった。

「テロリストなんですか、そいつは」

「アーティストだってよ」

 マンションをくり抜く『アーティスト』が隣に住んでいたらしい。

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