Sランク冒険者の私には出会いがない!!

英 慈尊

賞味期限へのタイムリミット

 炎が爆ぜ……。

 人々の悲鳴が響き渡る……。


 ナスデルシア王国王都はその日、未曽有の災害に見舞われていた。

 災害と言ってもそれは、地震や嵐などの天災でもなければ、大火事などの事故でもない。


 ――ドラゴン。


 最大最強の魔獣が突如としてこの街を襲い、天空より落ちる星の子がごとき火球を口から吐き出して回っているのだ。


 小さな国なれど、ここは一国の王都である。

 当然ながら、冒険者ギルドも存在していた。

 だが、時に狩人として……時に探索者として……時に軍事力として人々の力となるべき彼ら彼女らも、最強の魔獣相手には全くの無力だったのである。


『――――――――――ッ!』


 宙を飛び回りながら火球を放っていた竜が、歓喜のそれを含んだ咆哮を響き渡らせた。

 その体は各所に同族の牙で付けられた傷が存在しており、詳しい知識を持つ者が見たならば、おそらく群れの長を巡る争いに敗れ追い出されてきたのだと判断できるだろう。

 傷を負った獣は、本能的に栄養を求めるものだ。

 ならばこの竜は、王都そのものを巨大な鉄板に見立て今まさに調理をしている最中であるい違いない……。


 まるで焼き上がりを待つ料理人のように、竜が宙空に制止しながら王都の様子を見やる。

 だが、次の瞬間その双眸は驚きに見開かれる事となった。

 何となれば、突如として街中に濃密な霧が立ち込め、瞬く間に火という火を鎮火せしめたからである。

 このような自然現象など存在しうるわけもなく……。

 となればこれは、魔法の技と見て間違いはない。

 そしてそれを成し遂げたのだろう強大な魔力の持ち主は、いつの間にか自分の眼前へと浮遊していたのだ。


 果たして、いつの間にそこへ居たのか……。

 その人物は一切の気配を感じさせず、まるで霧から滲み出るかのように現れた。

 美しい――女である。

 輝かんばかりの金髪は腰元まで伸ばされており、グラマラスという言葉を形にしたかのような肢体は白を基調とした装束に包まれていた。

 腰に差しているのは細身のサーベルであり、装束にもこの剣にも強大な魔力が付与されているのを感じるが、特筆すべきはこの女自身から迸る圧倒的なそれである。


『ルゥ……オォ……!』


 竜が、長を巡る争いでも見せなかった怯えの声を漏らす。

 先程までこの竜は、料理の出来上がりを待つ料理人のような心持ちでこの空を飛び回っていた。

 しかし今この瞬間、彼は皿に乗せられた肉のような気分を味わっていたのである。

 この女にとって、己はただ蹂躙し食い物とするだけの存在でしかない!


 凄味すら感じさせる美貌の女が、口元をわずかに歪めこう漏らした。


「――さよなら」


 いつの間にそうしたのだろう、腰のサーベルは既に抜き払われており、女はくるりと振り向きながらそれを鞘に納める。

 次の瞬間、竜は全身を切り刻まれていた事に気づき……。

 血しぶきを上げながら、絶命した。




--




 その晩、ナスデルシア城大広間はルキア・スターカロットを称えるささやき声に満ち満ちていた。


 ――『霧刃むじん』のルキア。


 吟遊詩人らによってサーガとして伝えられている彼女の活躍を、知らぬ者はいないだろう。


 ――ホボロピニア王朝遺跡の発掘及び調査。


 ――『冥府の指輪』破壊。


 ――『反転英雄』らとの戦い。


 Sランク冒険者として名を馳せる彼女の功績は枚挙にいとまがなく、此度の王都を襲ったドラゴン討伐もその中に加わることとなるのである。


 いや、ささやき声として語られているのは何も彼女の勲功のみではあるまい……。

 その美しさについてもまた、男女問わず語り明かされていた。


 壁際の花とはよく言ったものだが、舞踏会の片隅でグラスを傾ける彼女の美しさを語るのに花を持ち出すのはいささか不適切であるだろう。

 彼女の美しさは、花々のそれを遥かに凌駕していた。

 冒険者としての出で立ちも凛として気高いものであるが、いざドレスで着飾ったその姿といったら……。

 こと美という観点において、人という生物がかくも高みに至れるものかという様なのである。


 これを人々へ伝えるのにはいかなる吟遊詩人も宮廷画家も力不足という他になく、参席した人々はこの場に招かれた幸運をただただ神々に感謝するのみであったのだ。


 一つだけ物言いを付けるとするならば、その双眸が鋭くきらめき広間中を油断なく見据えている点であろうが、それすらも常在戦場の気構え故だろうと好意的に受け止められた。


「美しい……」


 誰かが、ため息まじりにそう呟く。


「あのような方と一曲踊ることが出来たならば、それは生涯誇れる自慢話となるだろうな……」


「ならば貴様、誘いに行ってみるか?」


 目の前にある現実ルキアを夢の中の出来事がごとく語る年若き貴族青年に、その友人だろう美男子がからかうようにそう問いかける。

 貴族青年は一瞬、希望を抱きその顔を輝かせたものだが……。


「はは、馬鹿を言うものじゃない。

 私ごときがあの方を誘うなど、失礼を通り越していっそ不敬とすら言っていいだろう。

 ――貴様こそ、誘いはしないのか?」


「ふ……ふふ。右に同じ、ということにしようか」


 身の程というものをよくわきまえし分別ある若者たちが、そう言いながら笑い合う。


 ――大同小異。


 この大広間に集いし男性たちの会話内容は、おおむねそのようなものであった。

 結果、果たしてどのような事が起こったか……。


 本日二十六歳の誕生日を迎えるうら若き乙女ルキア・スターカロットは、自らの武勲を称える場であるというのに、誰からも踊りに誘われる事なく……。


 ――ただただ、壁際を彩っていたのである!


 大切な事なので、今一度強調しておこう。


 ――金も権力も持った若い独身男子たちが大勢集まっているというのに、誰からも声をかけられなかったのである!


 なんならば、要約してもう一度だけ強調しておこう。


 ――今回も出会いがなかったのである!




--




「何でじゃ!?」


 この国で最も格調高い大宿の貴賓室に帰るなり、ルキアはそう叫び声を上げながら手にしたバッグを放り投げる。


「お疲れ様です。お嬢様」


 舞踏会には参加せずこの部屋で待機していたエルフメイド――シアンが、バッグを受け止めながら無感情な声で主を出迎えた。

 ルキアとは対照的に艶やかな黒髪を誇る彼女は冒険者としての活動から日常生活に至るまで支えてくれる長年のパートナーであり、素の自分をさらけ出せる数少ない人物の一人でもある。


 そんな親友と呼んで差し支えのない相手に対し、ルキアはキッとした眼差しを向けながら思いの丈をぶつけた。


「全然違うじゃん!」


「…………………………」


「言ってたじゃん! 『今宵の舞踏会には、この国の独身男性貴族たちがこぞって参加する予定です』って!

 なのに、この結果は何!?」


「彼らの目当ては、お嬢様の冒険譚に憧れて集まる独身貴族子女たちでした。当然の結果です」


「もういい! わたしお酒飲む!」


「そう言われると思って、用意しておきました」


 シアンは涼しい顔でそう言いながら、豪奢なテーブルの上に並べられた酒瓶の数々を手で示す。

 いずれもが名の知れた銘酒であり、共通する特徴としては度数の高い蒸留酒であるという点が挙げられる。


 ――面倒くさいからとっとと潰して寝かしつけてしまおう。


 そんなシアンの思慮がありありと見て取れるセレクションであったが、ルキアはバカなので全く気付かずこれに飛びつく。


 そして……二十六歳の誕生日を祝うそれとしては、あまりに潤いも華もない宴が始まった。




--




「大体ねえ~今日ってわたしの誕生日なのよ! 二十六歳の!

 何なら、世界で最も祝福されるべき存在じゃない!

 なのに、なんだってこんな寂しい夜を過ごさなくっちゃならないのよ~!

 ねえ、シアン! 聞いてる!?」


「はいはい、聞いてますとも――お嬢様の年齢と同じ回数くらい」


「年齢の話はしないで~!」


「誕生日に至難の業を要求しますね」


 すっかり出来上がった様子のルキアに相槌を打ちながら、気づかれぬようこっそりため息をつくシアンである。


「一体、いつ頃からこんなことになったんだか……」


 十八を超えるまでのルキアには、まだ余裕があった。

 何ならば、あえて男っ気を排し付き合いのある女性ばかりを招いてパーティーを開いたりしたものである。

 それが変わったのは、同期の女冒険者が一人……また一人と結婚し始めてからだろう。

 そしてここ三年間の誕生日は、毎回こんな調子である。


「こないだの依頼で東方を旅した時、ユリネに会ったわ」


「懐かしいですね……。あの方と共に最初の冒険へ出られた時のことは、よく覚えていますとも」


「そう! わたしにとって最初の仲間! 巫女剣士のユリネよ!

 ――七年前に嫁いでいくまでは、ずっと一緒に活動していた、ね」


「それでそのユリネ様は、お元気にされていましたか?

 故国のダイミョウ家に嫁がれたそうですが、影ながら心配しておりました。

 何しろ、手紙も簡単にやり取りできる地ではありませんし、転送魔術は法外な値を要求されますし」


「元気? ええ。元気なんじゃないかしら?

 ――あらゆる意味で」


 遠い目をしながら、ルキアがフッと鼻から酒臭い息を吐き出す。


「……彼女、子供が三人いたわ。というか、四人目もお腹にいたわ」


「わあ、お元気」


「なーにーが! 『東方の女性は貞淑』よ!

 きっと毎日――」




--




 ヒロインが大変聞き苦しい単語を連発しているため、読者諸兄は綺麗な景色でも思い浮かべながら少々お待ちください。




--




「うう……あの子だけは信じていたのに……。

 だのに! 一人っきりで神の領域に至り更にその先まで……うう……ぐす……」


「一人きりじゃないから至れたんじゃないですかね?」


 いよいよダメな感じになりつつあるルキアに対し、冷静なツッコミを入れながらもすかさずおかわりトドメを注ぎ足すシアンである。


「――ありがと。

 ……くすん。わたしの味方はシアンだけよ。あなただけは、絶対お嫁にいかないでね! 独身を貫いてね!」


「唯一の味方に対してえらいものの言いようですね。

 他人にそんな呪いをかける暇があったら、自分の出会いを探し求めた方が健全かと」


「……そう。

 ――いいえ! そうよね!」


 注ぎ足されたトドメおかわりを一気に飲み干すと、ルキアは力強く右手を天にかざした。


「わたしやる! やってみせる!

 きっと――幸せになってみせるわ!」


 毎年恒例と化した決意表明をした次の瞬間、いよいよ限界を超えたルキアがテーブルに突っ伏す。


「……やれやれ」


 これも主の年齢と同じ回数くらいはついたため息を漏らしつつ、シアンはせめてブランケットをかけてあげるべく立ち上がったのである。




--




 その天才的な才能から瞬く間にSランク冒険者の称号を得て十年……ルキア・スターカロットには、ある一つの悩みが存在した。

 すなわち……。


 ――出会いがない。


 気がつけば、今日は二十六歳のバースデー!

 同期の女冒険者達は、揃いも揃って結婚済み!


 ――このままではいけない!


 急げルキア!

 個人的に賞味期限を感じている年齢まであと一年! あと一年しかないのだ!

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