第1話 

 日中日学校文化祭まで、残り二週間を切った。

 それと同時に始まるのが、日中日学校中央委員会。大規模な文化祭に向けて、小中高すべての生徒会本部が集まって打合せから準備から、何から何までこなしていく、学校行事の前に特別に設置される委員会。

 実行委員会はほかにあるんだけど、やっぱり学校の外と関わったりすることや、最終的なタイムテーブルとかは、こっちで決めていたりする。

 そして私、佳穂も初等部生徒会本部会長として今、出席してる、んだけど。

 ……正直ついていけない。

 目まぐるしく、くるくる変わる生徒会室内の話題。一連の作業を淡々とこなしていくだけかと思いきや、急遽ミーティングになって、アイデアを求められることだってある。

 それに、噂には聞いていたけど、仕事の量が半端じゃない。何から手をつければいいのかわからなくなって、冷静に計画なんて立てれない。

 そして人が多すぎる。実際には20人程度しかいないけど、あんまり顔を合わせたことのない先輩ばかりだから、私の人見知りが発動してあんまりしゃべれない。

 もちろん先輩たちは優しい。分からないところを聞いたら嫌な顔一つせずにちゃんと答えてくれるし、緊張しているのを悟ってくれているからか、たわいもない話題で話しかけてくれている。

 特に、今、隣で作業をこなしている、中等部一年書記の美梨先輩はすごくわかりやすく仕事を教えてくれて、嬉しかった。

 一年ちがうだけでこんなに違うんだ、ってびっくりしたし、勉強にもなった。

 でも。

 でも、そんな風に周りに気を使わせてしまう、私が嫌だ。

 初等部メンバーだけだったらできることが、なんでここでできなくなっちゃうんだろう。同級生たちは、どう思ってるかな。会長なのに全く働けない私を見て、あきれてないかな。

 先輩たちは、どう思ってるかな。優秀だって聞いたって、美梨先輩がいってたっけ。でも、全然そんなことないじゃんって、足手まといじゃんって思われてないかな。

 成長、したいのに。これじゃ、そんな話にもならない。

「そんなことを思うなら働け」って、自分に言い聞かせる。それでも手は動かなくって、自分自身に嫌悪と恥ずかしさが増す。

 胸の中で色々とうずく気持ちを表情にださないようにするのが精いっぱいで、目の前に咲く美梨先輩のあたたかな笑顔も、私の気持ちをほぐしてはくれなかった。

 ………ひとりに、なりたい。

 こんなに強く思ったことなんてあったっけ。耐えきれずにうつむいた、とき。

 とん、と左肩に手が乗って思わずそちらを見上げる。そこには、男子の先輩がいた。笑ってはいないのに優しい雰囲気を醸し出している、男の人。

 だれ、なにっていう疑問が頭の中をよぎると同じタイミングで、また一つ、疑問が浮かぶ。この顔、どこかで知ってると思うんだけど、誰だっけ……?

 必死に頭を働かせていると、

「あれ、文月ふみき。どうしたの?」

 こてんと美梨先輩が首をかしげた。

 そうだ。この先輩、文月先輩だ。美里先輩と同期の、中等部副会長。どこかで見たことあるって思ったけど、文月先輩って日中日の有名人だもん。そりゃ見かけたことぐらいあるか……

 でもそんな先輩が私に何の用?

 もしかして、使えないってことがわかって邪魔って言いにきたのかな。ついに、私、見限られちゃう?仕方ないよね、だって、使えないのは事実だもん。

 若干、自嘲気味になる私をおかまいなしに、美梨先輩と文月先輩の会話は続いていく。

「あー、美梨か。第二校舎の元中等部生徒会室あるだろ?そこに去年の文化祭写真を忘れてきたらしくて。とってきてって頼まれたんけど、おれはこっちで手が離せないから、佳穂にいってもらおうかと思ってさ」

「えっ」

 久しぶりに声をだしたから少し裏返った声になっちゃったけど、そんなことはいい。邪魔っていわれるんじゃなかった、っていう安心と、佳穂って初対面のはずなのに呼び捨てっていうことにちょっとドキッとして心臓がはねる。

 ……初対面、の、はずだよね?

 佳穂ってよばれたその声の響きが懐かしいような気がする。なにかがひっかかる。

どうしたかな、なんて考えて記憶を漁ってみるけど、それらしいものは見つからない。もともと記憶力もいいほうじゃないし、まあいいか、と諦めた。

「ちょっと奥まったところにあって見つけにくいから、本当は俺たちが行くべきなんだろうけど、ごめんな。さっき、初等部の子に、佳穂は方向感覚がいいって聞いたんだ。佳穂じゃないと難しいかもしれないんだ」

 うわ、すごい、と思った。

 何も動けない私に振る、最適の仕事。私には、今、気分転換が必要だ。しかし、その「気分転換してこい」という考えを相手が悟って、嫌な気持ちになる可能性さえも考慮し、すかさず相手を立ててフォロー。

 うわさには聞いていたけれど、やっぱり文月先輩、ただものじゃない。

「行って、もらえるか?」

 文月先輩に顔を覗き込まれ、我に返った。いけない、客観視して分析にシフトしていた。頭を切り替えなければ。

「あ、はい。行きます」

 せっかく文月先輩の作ってくれたタイミング。これを逃す手はないな、と思って椅子から立つ。文月先輩は「悪いな」と言って眉をひそめた。いや、むしろ感謝しかないです。

「第二校舎一階、廊下つきあたり。今はぬい部の部室になってるけど、高梨桃羽先輩いますかっていって、おれの名前だしたらわかってくれると思う。じゃ、よろしく」

 淡々と話して、さっさと持ち場に帰っていく先輩。私は先輩のいったことを小声で復唱してから了解しました、といって、美梨先輩に挨拶をして、ドアへと歩いていく。

 一度椅子からたってしまうと、もうこの部屋にいること自体が息苦しくてしかたなくて、ついつい急ぎ足になる。

 途中、美梨先輩に、私も一緒に行こうか?って声をかけてもらった。お礼をいって、「一人で大丈夫だと思います」っていったら、「わかった、いってらっしゃい」って言ってくれて、本当にいい先輩だなあって思った。

 引き戸は、からからと軽快な音をたてて廊下へと道を開ける。急ぎ気味に、でも失礼はないように、そろそろとドアを閉めて、壁によりかかる。深呼吸をして心臓を落ち着かせると、足から力が抜け落ちていって、そのままペタンと床に座り込んだ。

「つかれたぁ…」

 そんな声が口から漏れて、ちょっと笑う。あぁ、私疲れてたんだなぁ、なんて。

ゆっくりと目を閉じて、緩やかにながれる時間を感じる。

 ………よし。

 リラックス完了。立ちあがってスカートの乱れを直した。

 第二校舎、行きますか!

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