第98話 説得

「俺たちはハーフ魔族だ! 戦う気はないから、武器を降ろしてくれねえか?」

 ジャスティンが声を上げた。


 ジャスティンと俺は警戒されないよう、ゆっくりと進む。

 パキッ、パキッと、踏みつけた枝の折れる音だけが聞こえる。

 魔族たちは身動きもせず、ジッと俺たちを観察している様子だ。


「聞こえてるかっ? あんたらに聞きたいことが――――」


 バシッ!


 俺に向かって飛んできた弓矢を、ジャスティンが叩き落した。


「お、おいっ! 俺たちは戦う気ねえって言っただろう!?」


「ふざけんなぁ! 大軍でやってきておいて、そんな話を信じられるか!!」

 魔族たちは、こちらへ向かって飛び出してきた。


「ま、そうなるよね。ゲオっちは下がってて」

 エルキュールが前に出てきて、

「ジャスティン! マテウス! 分かってるね?」

 と魔族に応戦した。


 中級魔族は、人間で言えばかなりの手練れにあたるが、エルキュールたち三人の相手ではない。

 しかし三人は防戦一方で、魔族たちに危害を加える様子は窺えなかった。


「ま、待ってくれ! ホントにあんたらと戦う気はねえんだ!」

 ジャスティンが相手の剣をなんとか受け流しながら、声を響かせている。


「彼の言う通り、ボクらは戦いに来たんじゃない。少し話を聞いてくれないか?」

「よく見てくれ、私たちは人間ではない! お前らの味方とまで言わないが、敵対するつもりもない!」


 エルキュールとマテウスも、ジャスティンより綺麗に受け流しながら声を掛け続けるが、魔族たちは攻撃の手を緩める様子はない。

 俺たちの後ろに数千もの戦力が待ち受けているのだ。警戒心は強く、信用する気はまったく起きないのだろう。


 それでもこちらが攻撃してしまったら意味がなくなる。

 実力差がかなり有るおかげで、どちらも傷つくことなくエルキュールたちは防戦を続けた。


「ク、クソッ! 撤退するぞ!!」

 魔族の一人がそう言うと、魔族たちは攻撃を止め、追撃を警戒しながら去っていった。

 エルキュールたちには勝てないと悟ったのだろう。


「ん~、簡単には話を聞いてくれそうにないね」

 エルキュールは剣を鞘に納めながら言った。


「いっそ捕まえちまった方が良かったかもな!」

「ジャスティン、お前はアホなのか? 捕まえたら余計に固辞するに決まってるだろう」

「マテウス、てめえ誰がアホだって!?」

「アホにアホと言って何が悪い」


 ジャスティンとマテウスが、集まりながら口喧嘩を始めている。

 俺はそんな二人を無視しながら、今回の難しさを痛感していた。


 先ほどの魔族の反応を見る限り、対話で解決するとは思えない。

 かと言って、全軍での戦闘が始まったら、どれだけ犠牲が出るか分からないので、何としても食い止めたい。

 ジャスティンが言うように、捕まえるぐらいの強引な手段がいいのかもしれないとさえ思っていた。


「おい、お前ら大丈夫か?」

 ジャスティンがアランとヴィンスに声を掛けた。


 アランたちを見ると、たしかに様子がおかしい。

 顔色は明らかに青く、剣の柄に手を置いたままだ。


「おい! もう魔族は行っちまったぞ!!」

 ジャスティンは二人の肩を揺すりながら、強く言った。


「……!? チク……ショウ……何で動けなかった……」

「す、すみません……魔族との戦いだと思ったら、急に身体が動かなくなって……」

 アランたちは剣の柄から手を離すと、その場で膝を着いた。


「なんだお前ら、魔族にビビったのか? 見た目は俺と変わらなかっただろ? どっちかっつうと、おっさんの方が怖いしな」

 ジャスティンが俺に視線を送る。


「た、たしかにそうなんですが、剣を抜こうとしたら委縮してしまって……」

 ヴィンスは目を伏せたまま呟いた。

 アランは悔しそうな表情のまま、何も言わない。


「初めて魔族と戦う時は、皆そんなものだよ。魔族と戦うことを、本能的に恐れているんだろうね。魔族や竜族の血が入っているキミたちは違うのだろうけどさ」


「ふうん、そういうもんなのか」

 エルキュールの言葉にジャスティンが答えた。


「アラン君とヴィンス君だっけ? 逆にここで魔族と遭遇して良かったかもね。次はちゃんと動いて、自分たちの身をしっかり守れるようにしないと」


「つ、次こそは、こんな無様な真似はしねえ!」

「はい、エルキュール様たちの足を引っ張るようなことは決して!」

 二人の若者は、目に光をともし立ち上がった。


 やはり、人間が魔族に対して覚える恐れは、エルキュールが言うように本能的なものなのかもしれない。

 魔族も人間の臭いに敏感に反応していた。

 そう考えると人間と魔族は、自然の摂理が決めた天敵なのかもしれないが、俺はどうしても戦いを止めたかった。


 もちろん、自分の大事な人たちが危険に巻き込まれたくないというのもある。

 だが、それだけではなく、ジャスティンを見ていると人間と魔族が共存する未来があってもいいのではないか、そう思えるようになっていたのだ。


 まずはこの戦いを止めないと。


 地図を開き、三体の魔族が向かっている先に表示されている、大量の青い点を確認しながら、俺はこれからの行く末を考えていた。


 それから俺たちは、今後の行動を考える間もなく、第一王子が率いるアルアダ王国第一軍に追いつかれ合流した。

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