革命前夜

@ZKarma

第1話

「私はこの格差を構成する彼らを憎いと思ったことはありません」


俺をビルの屋上へと呼び出した女は、おもむろにそう語った。


「彼らは無邪気なだけです。断絶が、眼前のものだけだと信じている。その向こう側に矢を放ち続けることが良き未来への道だと信じている。自分たちが、『自分たち』であるという夢に浸りきって、瞼の内側だけが世界なのだと信じている」


とある病原体に由来する超常の能力を持つ「保菌者」たち。

彼らを不可触民として虐げる社会構造。

そして、その構造の是正を掲げる"革命軍"の首魁である少女は、朗々と謳う。


「リーダー、そろそろ俺をここに呼び出した理由を聞かせてもらえませんか」


「貴方に私の暗殺を思い直してもらうためです」


「……それは、どういう」


手が汗ばむ。

懐に隠した銃がズシリと重くなる錯覚。


「貴方が諜報部門の鷹派が送り出した内偵兼暗殺者であることは知っています」


「つまり、これは粛清って訳か」


観念して懐から素早く取り出した銃を彼女に突き付け、同時に周囲を見渡す。

呼び出された殺風景な屋上には、自分と彼女以外の人影は見えなかった。


「誰も呼んでいませんよ。そして言ったはずです。これは説得だと」


「尋問でもするつもりか?」


「いいえ。私に個人にそんなスキルは在りませんし、そもそも貴方がその銃を撃つ必要はないのです」


「貴方に下された指令は、革命軍を崩壊させることでしたね?ならば、私を殺す必要はありません。明日行われるクーデターは、その最中に幹部の一人であるエルネストさんの裏切りによって幕を閉じます」


何を言っているのか、理解できなかった。

喩え冗談だったとしても、幹部たちや下部構成員の前で明日の明朝に控えたクーデターの為に一大演説を行った口で言う台詞ではなかった


「彼らには申し訳ありませんが、私が目指す場所の為の踏み台になっていただきます」


「何を、言っている…?」


「私が創り上げ主導するこの革命軍の方々も、同様に微睡の中に居ます。断絶の向こう側に居る敵を倒せば、朝が来ると信じている。そういう夢を見ている方々を集めました。

夢を見る権利は誰にでもあります。それがどれだけ愚かで怠惰な悪夢であったとしても。しかし、いつかは目覚めなければなりません」


「お前の言う、目覚めの先にあるモノはなんだ」


「断絶です」


ハッキリと理解した。この女、狂ってやがる。


「国家、民族、宗教、学閥、階級、文化、言語、そして『わたしたち』。あらゆる共同体を繋ぐ共同幻想を切り刻み、我と彼との間の陥穽を思い出させるのです。群体で生きるという適応は、その孤独を誤魔化す為の欺瞞に過ぎないことを思い知らせるのです。その先にこそ、真の融和があるのですから」


今すぐにでも殺すべきだ。

だというのに、引き金に掛けた指はピクリとも動かない。

女の放つ言葉の魔力に、身体が縛られているかのようだった。


「このクーデターは、諜報部内部の派閥争いの為に意図的に泳がされ、見逃される形で行われたものです。最終的に保守派の不手際として処理され、責任を取って数人の大臣が辞任し、この台本を書いたものにとって都合の良い傀儡に挿げ替えられます。しかし、私の狙いはそこにあります。立て直しと内部闘争に彼らが終始しているうちに革命のノウハウを国外の保菌者集団に流布させ、同時に秘密裏に開発していた――「もういい、もう十分だ!頭が痛くなってきた…」


俺は頭を振って、女の目を正面から見据えた。

そこには、険しさも、狂気も、妄念も、見て取れない。

ただふつふつと煮え滾るような情熱の火だけがあった。


「もう一度聞く。何故、俺にそれを話した。お前の妄言をまともに聞き入れるとでも思っているのか?」


「思っていますよ。だって貴方、夢を見るのが苦手そうですもの」


彼女は、突き付けられたままの銃口が欠片も目に入らぬように微笑むと、俺に手を差し出した。


「貴方ならば理解できるはずです。私と一緒に、この世界をより良い方向へと導きましょう」


狂っていた。

あの時彼女の手をとってしまった俺も、きっと狂っていたのだ。


こうして、この大陸は100年に渡る戦禍に呑まれることになる。

後悔は絶えないが、あの手を取ってしまった以上、俺に止まることは許されないのだ。

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