第2話 復興と円卓会議復活への懸念

 他の負傷者の元へ向かったジェスと別れ、ようやく一人になれた私は心底ホッとした。己の気質的によほど信頼を置いていないとそわそわしてしまって落ち着かないのだ。私の職業もアサシンだし、元々人が好きではないのかもしれない。それにあの女、何故うちのチームに? あれだけの腕を持っていればもっと大きなチームからスカウトされてもおかしくないだろうに。しかも相性の悪いアサシンと組ませるなんてテオも何を考えているのか。疑問だけが残る。


 私は足を止め、周囲を見渡した。私が腐っていく左腕に執着している間にかなり人間の拠点とされるレミーラの街の復興は進んでいたようだった。ガタイの良い男が木材を運んで行ったり、梯子を使って高所に登った男が割れたレンガを取り除いて、新たにレンガ色の長方形の物体を手際よく積み上げていく。


 さあて。私は何から取り掛かるべきか。足を進めながら大通りを左右見回していると、突き当たりで巨大な建造物に出会った。


 まさにこここそが第一次大戦を生んだ場所。通称、円卓会議と呼ばれるものが行われる議事堂である。円卓というだけあって建物自体も円形になっている。腰が反るほど見上げなければ視界に収まらないが、実質内部は一階しかない。空間の無駄遣いと言うべきか。人間はとにかく何事も大きく見せようとする。大きければ何でもいいというわけではないというのに。


 ぼうっとそんなことを考えている時、ふっと背後に邪悪で黒い気配を感じた。背筋がゾクッとするようなものだ。


 私は慌てて腰のベルトから下げていたダガーを右手で引き抜いて身体を捻り、私の背後に立っているであろう人物の首に刃を当てた。その人物の正体はあのセロだった。私より高い身長で見下してくる。今回の戦争でどさくさに紛れて人間すら殺したこの残虐野郎の首を今にも掻っ切ってやりたいが、白昼堂々と殺人を犯すわけにはいかなかった。それに今は戦時中ではないし、一応とはいえ同じチームメンバーであるセロに手出しはできない。というより、一対一で衝突しても勝率は限りなく低い。やめておこう。


「何の用だ」


 私は酷く警戒していた。ダガーから一切手を離さなかった。


「いいや、『片腕』でどれだけ復興の手伝いができているか見にきてやっただけだ」


「『片腕』じゃない。私には義手がある」


「ああ、そうだったな」


 わざとったらしく、まるで演技で自分に酔っているかのように嫌味を吐き続ける。一発殴ってやりたいくらいの気持ちではあったが、私は堪えた。先ほど思ったようにセロを相手にしても勝率はないと踏んでいるからである。チームではテオの右腕と称されるほどの実力者であり、素手で人を殺せるだけの馬鹿力を持っている。何故をそれを私が知っているかって? 戦時中に私は見たからだ。ドワーフの太くたくましい首を両手で掴んで捻るようにしてねじり切った瞬間を。思い出すだけでも恐ろしい。彼の力なら私の義手すらも簡単に打ち砕いてしまうだろう。


「アーク、円卓会議についてどう思う?」


 唐突に質問を投げてきた。しかも突飛な内容で私は間が抜ける。


「円卓会議が復活するかどうか、という意味か?」私はダガーを下ろして鞘に収めた。


「そうだ。ドワーフとエルフは戻ってくるという噂があるが、レンドゥーリがまだ声明を出していない。一つの一族でも欠ければ円卓会議は復活しない」


 レンドゥーリ。天空に住む翼を持った戦闘民族。よほどのことがなければ地上に降りてくることもなく、人間やエルフ、ドワーフなどと交わることはほぼない。だが、第一次大戦の時は別だ。大空から降りてきた彼らの姿は鳥肌が立つほど美しかった。首が長く長身で、瞳は蛇のよう。身体は白く硬い体毛に覆われ、まるでドラゴンの子孫とでも言えるべき姿だった。しかもあの体毛、ダガーが刃こぼれを起こすほど硬いので、できれば戦いたくない亜人族だった。


「レンドゥーリのプライドの高い性質上、なかなか首を縦に振らないと私は思うがな。まず交渉にすら行けないわけだし、もし降りてきてくれるなら親交があるテオがなんとかしてくれれば一番だと思うが……」


 私が議事堂を見上げて呟いた時だった。


 まさにフラグ回収とでも言うべきか。上空から鈴の音と共に三人のレンドゥーリが私とセロの目の前に降り立った。護衛の二人は白いが、前に立つ一人は体毛が黒く目つきがセロと同じような雰囲気を放っている。右手には人間を数人串刺しにできるような大槍。さて、どうしたものか。


「テオを呼べ」黒いレンドゥーリは言った。「早く呼べ」


「ダスティ!」


 大きな鈴の音で気付いたのか、テオが大急ぎでこちらに駆けて来た。ふむ、この黒いレンドゥーリはダスティという名なのか。憶測ではあるが、このダスティこそがレンドゥーリの長だろう。護衛と違ってただならぬオーラを纏っている。セロと似ている、というところが心がざわついて仕方ないが。


「鈴の音が聞こえたから急いで来てやったぞ」


 テオは息を整えながら言った。どうやらこの鈴の音がレンドゥーリが地上に降りて来る合図のようなものらしい。毎回これかと思うとテオも苦労しているんだな、と同情まで湧いてくる。私は二歩下がって様子を伺うことにした。


「お前の耳は地獄耳のようだな。さて、地上に来た理由は一つ。円卓会議の件についてだ。エルフやドワーフは参加するんだろう?」


「ああ、あとはダスティ、お前んとこだけだ」


「もちろん参加する。俺と俺の妻がな。決して仲良くするために参加するわけではないぞ。聖樹ユグドラシルの魂の創造について議論したい」


「もう耳に入っていたか。ユグドラシルの老化と、魂の創造方法が消滅したこと」


「空から見てもわかるほどにユグドラシルの大葉は枯れ始めているぞ。地上では地震も多発しているんだろう? 早く方法を確立しなければ世界は終わりだ。我々としては他の一族、特に人間と手を取り合うのは不本意だが、そうでもしなければユグドラシルを救う方法は決して見つからないと踏んでいる」


「利巧な判断だな。大図書館は一部こそ燃えて無くなってしまったが、きっとどこかに何かしらの情報は残っているはず。まずはそれを探すことからだ」


「では、次回の円卓会議は明日の正午とする。それまでにエルフやドワーフの代表者を説得してかき集めておくことだな」


 上からな物言いでテオに言い聞かせ、レンドゥーリたちは大きな翼を羽ばたかせ、空高く、自分たちの拠点がある天空に舞い戻って行った。大きな鈴の音を響かせて、高く、高く、その姿が見えなくなるまで私は凝視していた。


 何故だろう、自分のチームのリーダーがこき使われるのに腹が立っていた。レンドゥーリは口を開けさせると、ああも人を見下した発言をするのか。ただ翼が生えているだけの亜人族が憎たらしい。どうせ前回の戦争を引き起こしたのも彼らに違いない。エルフは聡明で争いを避ける傾向があるし、ドワーフは頭の中こそ単純だが仲間意識が高く人間のことを悪く思っていない。やはりレンドゥーリが何か囁いたんだろう。可哀想に。それからテオとダスティが会話している間、何度かダスティの視線が何度かセロに向けられたことが気になる。テオに次ぐ知り合いか?


「なんでこんなところで道草を食っているんだ?」


 やはりテオから指摘を受けた。病み上がりだというのに扱いが荒い。


「街の大工仕事は他に任せて、アークは大図書館の清掃に向かえ。後ほどジェスも合流させる。セロは俺と来い」


 あの女が来るのかと嫌々ながらも「了解」と返事し、私は街の東に建つ大図書館に足を向けた。


 大図書館に足を踏み入れると、まだ焦げ臭さが残留していた。だだっ広い空間の天井に陽の光が差し込む大穴が開き、周囲の木材や本棚から落下した焦げた紙類が乱雑に散らばっていた。結局大工仕事じゃないかと心の中で悪態をつく。


 とはいえ、私は病人だ。それにこじつけて汗をかきながら天井の修復を行う人々をよそ目に完全に燃え切ってしまった本を手に取ったが、はらはらとそれは黒い灰となって崩壊し、私の手から消え去ってしまった。まるで私たちの行く末のように。今手に取った本が聖樹ユグドラシルについて描かれたものだと思うと手が震えて止まらなくなる。


 さてと。本棚が完成する前に読めそうな本を整理していくか、と思った矢先だ。大図書館中に響く甲高い声に私は大きな溜め息をついてしまった。


「アーク!」


 聞きたくもない声が私の耳に飛び込んで来た。

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