05.スマホのスマホらしい使い方(2)

 ***


 ――あ、フレンド召喚か。

 門の前にて、花実はそれの存在を思い出していた。というのも、端末に選択をしろという旨のシステムメッセージが並んでいたからだ。


 ちら、と烏羽を一瞥する。彼には月白は選択するな、と言われていたがどうしたものか。また彼女を選びたいが、流石に端末を覗き込まれていれば止められかねないと考えるも、今日の彼はぼんやりと空を眺めていた。プレイヤーには興味が無く、加えて他に興味が惹かれる事も無かったのだろう。

 それを良い事に、こっそりと白星1を選択し、月白を借り受ける。今度こそ烏羽と対面するタイミングがありますように、と我ながら酷い事を祈った。


「――そういえば主様。結局、次の行き先はどこになったの?」

「うわっ!?」

「え、あ、そんなに驚かなくても……」


 急に話し掛けて来た紫黒に驚いて、大声を上げてしまった。案の定、彼女はプレイヤーの態度を見て困惑を露わにしている。


「ご、ごめん……。行き先? 行き先は……相馬村って所だね」

「そう。私は行ったことの無い村ね。まあ、黒都の管轄ではないし当然だけれど」


 そういえば、情報をくれた山吹はこの村を『青都の管轄だ』と言っていたはず。であれば、弊社で唯一無二の他色であり、青系統と思われる薄群青は何かを知っているのだろうか。

 その考えに至った、丁度その瞬間。件の薄群青が言葉を発した。流石のサポート神使である。


「行き先、相馬村なんスね。小さな村ですよ。神使も基本的にはいなかったし、人間だけで生活してる村の一つだったはず」

「あ、そうなんだ」

「特徴とかもそれ以外には特にないッスね。ま、平和な村だったんじゃないですか? 緊急で行った事もないんで、何かの時に諸事情で泊まらせて貰ったくらいの記憶しかないッス」


 ビックリする程、平穏な村だったようだ。隠れ蓑としては最適で、話題に上がらない場所を連中は使っているらしい。


「そんな事より、早く参りましょう。ええ、立ち話をした所で何かが変わる訳でもありませぬ故!」

「ああ、はいはい。分かったよ」


 そう言っていつも通り話の腰を粉砕してきたのは烏羽だ。尤もではあるが、言い方というものがある。

 肩を竦めつつ、反論の余地は無かったのでバナーをタップ。目的地へ繋がる門を開けた。


 ***


「うえ……。何コレ……」


 異変を感じたのは門を潜り、目的地である相馬村に着いた直後だった。ゲームであるにも関わらず、急激な息苦しさにゲンナリと溜息を吐く。

 酷い圧迫感というか、倦怠感というか。インフルエンザが治った直後のような気怠さが身体に纏わり付いている。呼吸がし辛く、暑くはないサウナにいるような感覚だ。

 そういう所までリアルに寄せなくて良い。というか、もしかして自分自身が季節外れのインフルエンザに感染し、現在進行形で苦しんでいるのか? そんな事まで考えてしまった。


 ぐったりしながらも、周囲を見回す。このゲーム、結界の関係で常に曇り空らしいが今回は雷雨でも来るのかと言わんばかりの曇天だ。偏頭痛持ちには辛そうな天候である。

 村も村で、確かに村以外の何者でもないのだが――人の気配は全く無い。そういうコンセプトのお化け屋敷かと見紛う程だ。なお、人はいないが汚泥もおらず、不気味な静けさを醸し出している。

 ともかく、体調が非常に悪い事を共有しようと思った花実は神使達の方を振り返った。

 そこで初めて現状に気付く。

 烏羽は澄ました顔をしており、いつもの状態との違いは無さそうだ。が、紫黒と薄群青は今まさに花実が浮かべているような表情を薄く浮かべており、お世辞にも平気そうだとは言えない。

 ――ええー。まさか、デバフとか掛かってる? このステージ限定で?


「この村には結界がありませんからね。ええ、合図一つで汚泥は浸入し放題……。というか、ここに裏切り者共が潜伏する為に汚泥を取り除いた状態に切り替えたのでしょう」

「あっ、そうなんだ。今まで行った場所って、全て結界ありきの場所だったから分からなかったよ」


 主サン、と薄群青が心なしかぐったりとした声音で呼ぶ。


「ここには輪力が無いッス。文字通りゼロなんで、俺達が何かする為には主サンから直接、輪力を汲み上げる必要があります」

「いつもそうなんじゃないの?」

「そうなんですけど、今回はちょっと勝手が違うッス。いつもなら、召喚士の輪力の減り具合を見て空気中の輪力を取り込んだり、まあ、都合が良いように切り替えられてたんですけど――それ、今回は出来ないんで。具合が悪くなる前に、社に戻った方が良いッスね」

「あ、そういうのが今更活きてくるのね。ええー、具体的に私の耐久値……じゃなくて、輪力が減ったってどこで分かるの?」

「人間は輪力がゼロになると普通に死ぬらしいんで、その前に身体に不調が出るでしょ」

「待って待って。今既に、割と怠いんだけどこれ大丈夫?」

「それは……ここには輪力が無いんで、単純に息苦しいだけだと思うんですけど。え? 違う不調があります? 急に視界が狭くなったとか、動悸が止まらないとか」

「そこまでは無いけど……。えっ、何ソレ恐い。そんな事が起こるの? ゲームで死亡体験とか嫌過ぎるし、そうか、それもリアルなのか……」


 急にこのゲームが恐くなってきた。人間が死亡する体験だなんて、ゲームで再現していいのか? 駄目だと思うのだが、令和の今ではそういう事を倫理的にやるべきではないという考え方が廃れてきているのかもしれない。

 落ち着いて、とここで紫黒が声を上げた。


「主様の輪力管理は不安過ぎるから、私がちょくちょく確認するわ。でも、薄群青が言ったような事が身に起こったらすぐに言ってね。手遅れになるかもしれないし」

「手遅れ!? え、ええー、私の中にある輪力ってどうやって回復するのかな?」

「人間は食事や睡眠なんかで輪力を回復するみたいね。要は体力と同じ。疲れたら休憩が鉄則のようね。私達、神使には分からない感覚だけれど」


 なるほどね、と花実は胸をなで下ろした。


「よく考えたらいつでも離脱できるし、疲れたら社に戻ればいいって事ね」


 ――ここで何故か薄群青は首を傾げて、プレイヤーの言葉を訂正した。


「社に帰ったって主サンは休憩にならないッスよね? ずっとチャットしてるし。ログアウトして、自分の家に帰った方がいいと思いますよ」

「何そのメタ発言……。良い子は1日1時間しかゲームしちゃ駄目って事を今更言ってきてる……?」


 質が悪い事に本当にそう思っているようだ。嘘を吐いている感じはまるでない。

 ともあれ、花実の指摘に薄群青は珍しくもバツが悪そうな顔をした。


「あ、あー。すんません。世界観を損ねるような発言をしちゃって。以後、気を付けるッス」

「いやいや、ゲーム基準で考えてたから訂正して貰って助かったよ、うん。馬鹿みたいに社で三角座りして、回復を待つみたいなフェーズを挟む所だったし」


 でもやっぱり、ゲームのし過ぎは良く無い的な事を言わせるのなら、もう少し前の方が良かったのではないかと思いざるを得ない。ゲーマーの子どもを持つ、世のご両親はここに来るまでにカンカンになっている事だろう。

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