03.物事には順番がある(2)

「さあ、さあ! 結晶を寄越してくださいまし、召喚士様」


 意地が悪い笑みを浮かべる烏羽に対し、花実はきっぱりとその首を横に振った。図々しくも手を差し出してくるヤツの手をノーと押し返す。


「今回は紫黒を強化する予定だから、駄目」

「そんな殺生な! ええ、酷いではありませんか、召喚士様。この烏羽を優先して強化すると仰っていたというのに!」


 大袈裟な程に声を張り上げ、悲劇のヒロインならぬヒーローを気取る初期神使。ただし、その大仰な仕草は全て大嘘で、恐らく自分をからかって遊んでいるのだろう。前の時はかなり険悪なムードになったので、冗談めかした空気の方がマシではあるが。

 ともかく、急に怒りだしたり、暴れだしたりする事はなさそうなのを良い事に、頑として拒否の態度を貫く。


「ええ? では、私の特殊能力は解禁されないと!? あんなにも楽しみにしていたのに? 欲望には忠実に従った方が良いですよ、ええ。何せこれはげーむ。好きな事を好きなようにすればいいと思いませんか?」

「そういう誘惑系は私に効くから止めて。とにかく、チーム戦だから! 烏羽だけが強くなったって駄目だよ。成長進捗は烏羽を抜かさないように調整しているんだから、我慢してよね」

「そんな面倒臭い事を考えているのですか? ええ、労力の無駄かと。私が一体いれば、ほぼ全て何でも出来ますよ、はい」

「いや嘘じゃん……。前のストーリーで私の事を放置してどっかに行っちゃったじゃん……。他の神使がいなかったら、普通に詰んでたけど?」

「よく覚えていますね、そんな事。ええ、少しばかり神経質なのでは?」

「ついこの間の話なんだよね、実はこれ」


 何でも出来る、という言葉に偽りは無いようだったが、実際に前回は何でも出来ていなかったので無視。というか、黄都でのあれこれが余計に他の神使もそれなりに強化しないといけない、という思考に切り替えさせられたのだが。

 ともかく、とこれ以上の文句を封じるべく花実は言葉を連ねる。


「紫黒の未強化はキツいから、とにかく1個か2個は成長させないと」


「――主様? 私を呼んだ?」


 そんなタイミングで、ふらりと紫黒が現れた。神使は人間と比べて五感が鋭いようなので、廊下で騒いでいる声が聞こえていたのだろう。彼女は怪訝そうな表情を浮かべている。

 そうして、そんな彼女へと烏羽の攻撃対象が移った。


「丁度良い所に。ええ、紫黒。お前は私を差し置いて強化を施されたいとは思いませんよね?」


 それは疑問形でありながら、強制的な口調。途端に紫黒の顔が強張る。折角やって来たというのに、要らない騒動に巻き込まれて本当に可哀相だ。


「え、あ、なに? どういう状況なのでしょうか、大兄様」


 おずおずとそう訊ねる紫黒。烏羽は表面上にのみ穏やかな笑みを携えて、しかし投げやりに現状を説明した。概ねの話を理解した彼女に対し、初期神使が更に圧を掛ける。


「お前は後回しで構いませんね、紫黒?」

「うう……。はい、私はそれで構いません……。主様」


 大兄の圧に負けてしまったのか、震える声でそう言った――というか、言わされた彼女に花実は同情的な視線を向けた。可哀相に、言わされた言葉は嘘だ。本当は多少なり強化が必要だと感じているのだろう。

 当然、そんなものは当人の意思とは認められないのでプレイヤーである花実は毅然として首を横に振った。


「いやいや、強化先を決めるのは私のお仕事だから。紫黒が良いって言おうが何を言おうが、今回は紫黒を強化するよ」

「本人は要らないと言っておりますよ、召喚士様」

「言っているというか、言わせてるよね? それ。脅迫じゃん。ダメダメ、そんなの認められないよ」

「良いではありませんか。ええ、紫黒なぞ強化するより、私を素直に強化した方が物語を進められますよ! ええ、保証致しますとも!」


 保証については本心のようだ。が、嘘を見抜くこの特技との付き合いは長い。生きた年数分の付き合いがあるので、そのようなスライド式の誤魔化しは利かない。


「ふーん。それなら私の言う言葉を復唱してよ。『私はプレイヤーを置いて勝手にどこかへ行くような事は、二度としません』!」

「ふむ、いいでしょう。私は見た目も実年齢も子供ではありませんが、それで召喚士様が納得されるのならば。ええ、私は二度と貴方を置いて勝手な行動は取りません! これでよろしいですか?」

「駄目でーす」

「あれ? もしかして、この私に喧嘩を売っておられる?」


 普通に大嘘だったので信頼という言葉は消え失せた。鼻を鳴らした花実は肩を竦める。


「あまりにも心なさ過ぎでしょ」

「心? 面白い事を仰る。可視化できないものを指して、あるか、ないかを論じるなど! ええ、それはあまりにも難しいのでは?」

「哲学的な話になっちゃうよ。とにかく、駄目なものは駄目。理由は自分自身に聞いて」


 言いながら、花実は問答無用で所在なさげに佇む紫黒へ結晶を必要個数分、押し付けた。端末を見れば、術強化の項目が解放されている。多分、彼女は魔法サポーター的な立ち位置だと思われるので物理的な力はこれ以上、伸びないのかもしれない。

 青い顔で烏羽を警戒しつつも、紫黒が小さく頭を下げる。


「ありがとう、主様。私、頑張るわ」

「いやいや、期待してるから」


 召喚士様、と烏羽がふて腐れた様子で声を上げる。


「次は私の強化が優先ですぞ! いいですね?」

「いいよ、分かった。次は烏羽ね」


 ここいらが落としどころだろう。そう思って、花実は浅く溜息を吐いた。何故、他の神使を強化するだけでこんな絡まれ方をしなければいけないのか。

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