28.足止め(2)

 一瞬の間。

 先に口を開いたのは、当然の如く烏羽だった。よく回る舌でペラペラと語り始める様はまさに圧巻の一言である。


「これはこれは! 来たと思えばすぐにどこぞへと行ってしまわれる召喚士殿ではありませんか。ええ、今日は何用で? また顔だけを見せに来たという、訳の分からない行動ですか? 振り回されるこちらの身にもなって頂きたいものですねえ、ええ!」

「ご、ごめんって。そんなに怒る事ないじゃん……。ゲームの為にプライベートを投げ捨てるのは違う話だし。それにまあ、今どのみちストーリー進められないからね」

「正論は聞きたくありませんねぇ」

「えっ? ならどこに着地したいのさ」


 花実の言葉に対し、烏羽が眉をひそめた。またも沈黙の時間が続く。


「どこに……?」

「そうだよ。私をどうしたいの? 謝っても許されないなら、何か要求があるって事でしょ。だいたい、ゲームなんだから他の時間は私が何をしていようと勝手だしね……」


 何か思う所があったのか、珍しく神妙そうな顔で考え込んだ烏羽は、ややあって口を開いた。その頃にはいつもの人を食ったような態度に戻っていたが。


「そうですねぇ。実は私、退屈が本当に嫌いでして。ええ! ですので召喚士殿、この烏羽めに延々と暇潰しの材料を提供して頂けたら、と。ええ」


 なるほど、と花実は一定の理解を示すように頷く。ゲームのキャラクターにこういった台詞を言わせるのはシンプルに上手いなと思う。ゲームのプレイ時間が伸びれば伸びる程、プレイヤーは課金行為に抵抗感が薄くなるものだ。

 何時間も滞在するようなコンテンツならば、周辺をもっと便利にしたいという心理が働く。生活と一体化すればする程、課金に正当な理由付けが出来るというものだ。


 ともあれ、烏羽の要求に対して花実はその首をハッキリと横に振った。この手のキャラクターは恐らく自分は嘘を吐くのに、他人が嘘を吐くのは許せないタイプに違いない。好感度を下げない為に、自身に正直にあるべきだと考えたからだ。


「いや普通に無理。もうすぐ大学生活も始まるし、それってプレイヤーにずっとログインしてて欲しいって言ってるんだよね? うん、無理だわ。1日って24時間しかないし」

「ここまで言わせておいて、その連れない対応は何なのですか!? 酷い! 召喚士殿は血とか何とかが通っておられないようだ!」


 ――本当に酷いと思われてる……。

 今までの会話に嘘偽りはなかった。烏羽は本当にプレイヤーを引き留めたいと、根底にある感情の詳細は分からないけれどそう思っていて、そして断られれば回答に対し不満を表明した。

 退屈を嫌う性質はガチャで引き当てた当初からひしひしと感じていたが、やはりこの神使、マジモンの快楽主義者らしい。まだログイン勢と化してから数日しか経っておらず、大学生活が始まればこの台詞を何度も聞かされるのかと思うとゲンナリしてくる。


 そんなプレイヤーの空気を感じ取ったのか、或いはそういう設定なのか。それまで黙っていた薄群青が控え目に咳払いする。

 その小さな動作のおかげで、花実は本来の目的を思い出した。


「ああ、そうだった。強化アイテムが揃ったから、育成しようと思ってたんだった」

「この状況で、よく話を変えようと思えますねえ。ええ、召喚士殿は人の心を感じ取る能力に欠けるのでは?」

「えっ、自己紹介かな?」

「はあ……?」


 もう一々煩いし、今日のメインは実質召喚、つまりはガチャ回しである。いつまで経っても先に進めないので、花実は烏羽の巨体に今預かったばかりの結晶を指定個数分押し付けた。


「はいこれ、今回の強化分ね。えーっと、何が解放されるんだろう」


 言いながら、端末を取り出して烏羽の強化状況を確認する。「術強化」とだけ書いてある。物理的な攻撃ではなく、魔法だとかに言い換えが出来そうなそれが強化されるようだ。

 それにしても、手早く特殊能力を解放したい。まだ遠い道のりではあるが、この強化を施すのと施さないのではお話が変わるようなものである気がする。


「ところで、召喚士殿」


 既に強化用の結晶を食らい尽くしたのであろう烏羽が、空っぽの手を花実の方へと差し出してくる。


「え、なに?」

「まだ結晶をお持ちのようではありませんか。ええ、この烏羽めに投資を! 損はさせませんとも!」

「あ? あー、いやこれ、今回は薄群青の分ね」

「……はい? 今、何と仰いました?」


 思わぬ所で自分の話題が上ったからか、薄群青が若干狼狽える。それを冷えた目で一瞥した烏羽が、途端に抗議の声を上げ始めた。


「私から先に強化する、と仰っていたではありませんか! ええ、話が違いますけど!?」

「うん、我が家で最強にするとは言ったし、優先的に育てるとも言った。けど、信じられない事に薄群青ってステータスらしきものが上がる強化を一つもやってないんだよね」


 そう。薄群青が持っている強化能力は結晶作成のみ。このゲームは変にリアルを追い求めるので具体的な数値はないのだが、この強化は恐らく戦闘面で使う数値の向上に含まれないと思われる。

 故に、苛ついた表情の烏羽を前に花実は淡々と言葉を続けた。


「今このアカウントには神使が2人しかいないし、今から引く子が加わったとしても3人……。という事は、パーティは実質固定、状況に合わせて編成も出来ないのに薄群青に何かあったら終わるじゃん、うちのアカウント」

「尤もらしい事を言って、私を後回しにするという事に変わりは無いようですが? ええ」

「うーん、そうなんだけど、ニュアンス的にはそうじゃないって言うか。じゃあ、烏羽の最大強化を優先したとして、他の子達はゼロ育成だからストーリー進められないけど、それでいい?」

「ぐっ……!」

「あと、未強化メンバーだけじゃこの先のストーリーも心許ないから、烏羽は何があろうと私から離れないでよね。勝手にふらふらと出歩くのは全面禁止だよ」

「な、何を言い出すこの小娘……。ウザい! ええ、鬱陶しい」

「そうでしょ? じゃあ、この結晶は薄群青に。いやあ、これで武器解法なんだよね! 今まで素手で戦ってたとか、ぶっちゃけ信じられん」


 はい、と結晶を薄群青に差し出す。苦い顔をした彼は緩く首を横に振った。


「いや、ぶっちゃけ俺の事は優先しなくていいッスよ……。烏羽サン恐いし、俺、前戦に立つタイプじゃないし」

「うん。そうなんだけど、武器装備してる所、見たいんだよね」

「ええ……。まあ、主サンがそう言うのであれば」


 こうして、貯まっていた結晶はそれぞれによって消費された。

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