26.進展(5)

 ***


 花実自身には全く分からなかったが、指示通り薄群青と烏羽は道案内をしながら走ってくれたようだ。なので、三手に別れていた内の一つ、灰梅の持ち場に到着するまでにそう時間は掛からなかった。

 見えるのは蹲っている彼女。特徴的な髪色と、神使が4人いる場で唯一の女性だったので見間違えるはずもない。


「おや! 何事か起こっているようで!!」

「うわ、なんでアンタそんなに嬉しそうなんスか」


 テンション高めの烏羽に対し、薄群青は心底引いている様子だ。

 声で存在に気付いたのか、蹲っていた灰梅が顔を起こす。ここでようやく、しがない人間である花実はどういう状況だったのかを呑込めた。


 蹲った彼女は脇腹を左手で押さえている。白い指の隙間から、赤い液体が流れ出て地面を僅かに赤く染めていた。すぐさま生死に関わるような怪我ではなさそうだが、元気に活動するには深めの傷に見える。素人診断なので、断定はできないが。

 驚いた様子の薄群青が慌てて灰梅に駆け寄った。


「灰梅サン!? 大丈夫ですか? 負傷してるじゃないッスか!」

「ううん……。ちょっと治すのに時間が掛かりそうねぇ……」

「シンドそうな所、申し訳ないんスけど何があったか説明して貰っていいッスか?」


 ――そう、そこが重要だ。

 酷く意地の悪そうな顔をした烏羽は愉しげに会話に耳を傾けている。余計な口を挟まないあたり、現状をそのまま味わっているのだろう。

 深く息を吐いた灰梅が口を開く。


「分かったわぁ。そうね、結論から言うと……これは褐返くんと揉み合いになった時に付けられた傷よ~。もうちょっとで殺されてしまう所だったのだけれど――召喚士ちゃん達が来た事に気付いたのかしら。逃げ出してしまったわ~」

「ええ、修羅場……」


 目を離した一瞬の隙に色々な事が起こり過ぎて頭が付いていかない。

 とはいえ、灰梅は嘘など吐いていなかった。一連の話は全て本当の事らしい。こちらとしても、褐返が裏切者説はずっと前から推していたので不審な点はない。あまりにも召喚士からヘイトを集められてしまい、強攻策に出たのだろうか?


「さて、どう致しましょうか、召喚士殿。褐返を追いますか? それとも、ここは見逃しましょうか。ええ、どちらでも構いませんとも」


 薄い笑みを浮かべている初期神使の問いに考えを巡らせる。どう立ち回った方が良いのだろうか。褐返を追うべきか。


「えーっと、じゃあ、褐返を追おう。どっちに逃げたんだっけ、灰梅?」

「西の方角よぉ」

「分かった。それじゃあ、烏羽と薄群青は褐返を追って。私は灰梅と一緒にゆっくり追い付くから」


 神使達は当然ながら人間では無い。脚力も人のそれとはまるで違うようなので、自分を運ばせていれば減速し、褐返を取り逃がしてしまうかもしれない。あと単純に、速度が恐くて生きた心地がしないので2人を先行させる事にした。

 そんな指示を受けた烏羽は「ほう?」と何故か僅かに不思議そうな返事をした。


「ふむ、私と薄群青殿を先行させれば貴方様は一人になってしまいますが? よろしいので?」

「灰梅いるから、大丈夫。というか、お得意の気配を捜すヤツ? とかで、褐返は捜せないの?」

「捜せませんねぇ。意図的に気配を隠しているようで。近付けばある程度、神使がいるという事に気付けるかもしれませんが――ま、現状では探る方法はありません。ええ」

「そう……。じゃあ、早く追いかけないとだね」

「ええ、ええ。承知致しました。ふふ、それでは参りましょうか。薄群青殿」


 烏羽の嫌味っぽい猫なで声に、嫌そうな顔をした薄群青はしかし、渋々と首を縦に振った。


「灰梅サン、褐返サンと出会すような事があれば、早めに教えて下さいよ」

「勿論よ~。もう少し術を掛けたら、傷もそれなりに癒えそうだし、心配要らないわぁ」

「それならいいんスけど。とにかく、早めの報告よろしく」


 それじゃあ、と薄群青が目指すべき方角へ身体を反転させた所で行動開始と相成った。


 ***


「神使って、そんな簡単に怪我が治せたりするの?」


 先行させた神使2人をノロノロと追いながらも、ゆったりと歩みを進める灰梅にそう訊ねた。プレイヤー側の純粋な好奇心である。答えの台詞が用意されていない可能性も当然あるだろう。

 しかし、花実の問いに対し彼女は薄らと微笑んで曖昧な態度を示した。


「輪力が一杯あれば、即死なんじゃない限りはそう簡単に死にはしないわぁ。怪我が治せるのは、単純に私が術に長けた神使だからよ~。薄群青くんなんかは、術の扱いがあまり得意じゃないから怪我なんてしたら、一溜まりもないわねぇ」

「そうなんだ……」

「ああでも、烏羽さんみたいに上位の神使は両刀遣いで武器の扱いも術の扱いも、得手としていたりするわねぇ」

「烏羽が武器を使っている所は、見た事が無いなあ」

「そう簡単にはお目にかかれないわよ~。特別な武器だもの。けれど、その内見られるといいわねぇ」


 そう言いながら笑う灰梅は、まるで近所のお姉さんの如き優しさである。烏羽の邪悪な表情ばかりを見慣れているせいか、とても新鮮だ。普通、こういうキャラクターが最初のガチャで引けるのではないのか。よく分からんゲームである。


 不意に灰梅の足が止まった。やはり、深い傷ではあったのか、こうして彼女は度々足を止める。表面上は傷が塞がっているようには見えるものの、完治している訳でもない状態。

 追うのを止めて、烏羽達が戻るのを待った方が良いだろうか。そう提案するべく、花実は彼女の方を振り返った。

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