25.進展(4)

 ***


 ――え? 何、どういう事?


 現場を見た花実が一番に感じたのは純粋な疑問だった。眼前には薄群青と、薄群青の手から離れて汚泥と化した謎の物体、そしてそれを躊躇無く抹殺した烏羽という情報量の多い光景が広がっている。

 端的に申し上げて、一気に薄群青の黒幕説が濃厚になる場面と言えるだろう。彼の事はどう考えても潔白だと思っていたばかりに、混乱ばかりが脳を締める。

 初期神使である烏羽は薄群青に対してヘイトを向けているのが分かるし、何なら彼が一番この場を愉しんでいる事だろう。

 チラ、と烏羽を見上げると彼は微笑んで、残酷な提案を口にした。


「さて、召喚士殿。貴方の予想とは反し、黒幕は薄群青だったようですが……。どう致しますか? 処分してしまいましょうか? ええ、それがいい!」

「――……」


 思考が鈍る。

 何故――何故、烏羽の言葉の全てが嘘なのだろうか? 彼は薄群青が黒幕などとはこれっぽっちも思っていない。裏を返せば、他に黒幕がいると分かっているからではないだろうか。

 烏羽の言動について思いを馳せていると、ここで初めて慌てた様子を見せた薄群青が口を開いた。今までの彼からは想像も出来ない、心底取り乱しているかのような口調だ。


「待って欲しいッス! いやもう、多分今の状況見て信じらんないとは思うんですけど、本当に俺は黒幕じゃないんです!」

「ほう、なかなか興味深い言い訳ですねぇ。いい加減、自らの過ちを認めてはどうでしょうか? 見苦しいですよ、ええ。そうでしょう? 召喚士殿」

「じゃあもう、黒幕は俺でもいいから他の黒幕捜しを辞めないで欲しいッス。月城町が汚泥に沈むのは、正直見たくないので」


 ――薄群青の言葉は全て真実である。

 その時点でやはり彼は黒幕もとい裏切者ではない、と再認識した。多分、罠に嵌められでもしたのだろう。烏羽は神使がいる場所は分かるが、どの神使がそれぞれどこにいるのかまでは蓋を開けてみないと分からない、と言っていたし。

 思考を遮るように烏羽が嬉々とした口調で仲間の処刑に対する許可を取ろうと声を張り上げる。何故、彼は仲間の処罰に対し非常に前向きなのだろうか。嘘ではなく、本気でそうしようと思っているあたり質が悪い。


「さあ! さあさあさあ! 召喚士殿、ご決断を。ええ、見た通りですとも。何も迷う必要などありませんよ」


 いいや、と薄群青が食い下がる。いつも体温の低そうな話し方であったのに、ここで処断されるのは危険だと分かっているからか必死だ。


「俺の事を信じて欲しいッス! 俺は裏切者じゃない!」

「あ、うん。いいよ。信じる」

「えっ」


 不毛な議論に終止符を打つべくそう言ったのだが、薄群青も烏羽も揃って目を丸くした。沈黙が満ちる。

 ややあって、烏羽が苛ついたように口を開いた。


「ちょっとぉ! 本当、そういう所ですぞ召喚士殿!! ええ、貴方様はいつだって私の話を聞いて下さらない! 疑いようも無く! 此奴めが裏切者でしょうとも、何故、根拠も無く信じるなどと仰るのです!?」


 烏羽の言い分に対し、最善の結果を手に入れたはずの薄群青もまた同意見を述べる。


「そッスよ! いや、俺にとっては良いけど、それじゃ駄目でしょ、召喚士サン! アンタ大丈夫? 高い壺とか買わされてない? 心配になって来るんスけど!」

「ええ……。いや、取り敢えずストーリー進めようよ。私はあなたの事を信じるから、褐返が裏切者の証拠集めを手伝って欲しい」

「何スか、その褐返サンに対する絶対的な疑心……。俺の時はすぐに信じたのに、あの人の何がそんなに怪しまれる要素があるのか。もう分かんねーッス」


 話をしている内に落ち着いたのか、はたまた怒りが天井を超えたのか。表情を消した烏羽が怖いくらいに静かな声音を発する。


「――召喚士殿。ええ、一点だけ確認したい事がありまして。もしかして、褐返が裏切者だというお話は、他ぷれいやーから聞かれたので?」

「……? いいや?」


 メタ発言に一瞬だけ思考が止まる。が、こちらもアルバイトだし、ゲーム好きだ。わざわざネタバレ情報を仕入れて楽しみを損なうような遊び方はしない。ので、問いに対し真実を述べた。

 ふぅん、と思案するような顔をした初期神使は疑って掛かるような顔をしている。まさかネタバレに言及する台詞が用意されているとは。膨大な台詞量である。

 気を取り直して。薄群青の方へ向き直る。


「それで、褐返はどこに? あ、私じゃなくて烏羽に教えて欲しいんだけど」

「え? あ、そッスね。でもその前に灰梅サンの所に寄っていいッスか? ちょっと心配になって来たので」

「別にいいよ」


 一理ありますねえ、とニヤニヤしながら烏羽が薄群青の申し出を肯定する。ただ、彼の肯定には必ず悪意が潜んでいるので、続く言葉も棘のあるものだった。


「成程、正しい判断ですねぇ。灰梅殿が黒幕でなければ、身の危険があります。ええ、褐返と灰梅――対峙すれば褐返に軍配が上がります故」

「そうなんだ……。力量差とか全然分かんないわ。レアリティの概念が目に見えないし」

「ですが! ええ、ですが! 灰梅が裏切者だと否定も出来ませんので! それもお忘れ無く……ふふふ」


 ――裏切者云々の話で思い出したが、私の予想では姿の見えない4人目がいるはずなんだよなあ。

 未だ遭遇していない4人目にして、裏切者の2人目。恐らく黒幕は2人以上で構成されているので、それも暴きたい所存だ。

 ――あ、待って、そういえばNPC達に私の考えって共有してないけど大丈夫かな?

 4人目がいるかも、なんて話、誰かにしただろうか。否、していない。自己完結していたような気がする。しかし、ゲームのキャラクターにそんな話をした所で対応してくれるのだろうか?


「――取り敢えず、灰梅にしろ褐返にしろ、追いかけないと。かなり時間をロスしてるし事が終わっちゃってたら、またのらりくらり逃げられちゃうよ」

「ええ、召喚士殿。承知致しました。それで? ええ、私はどうすればよろしいので? ええ、ええ、この身は貴方様の傀儡ですので! 指示を頂かなくては!」

「薄群青の道案内に従って、まずは灰梅の無事を確認しに行こう」

「ええ、承知致しましたぁ」


 先程の荷物運搬じみた動きで持ち上げられる。その光景に薄群青がドン引きしていたが、見なかったことにした。データにしては秀逸な反応である。

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