1話:対神の治める土地

01.ゲームの楽しみ方

「――どうやら一時は私と二人きりのようですね。ええ」


 これは桐埜花実がログアウトする時、成り行きでガチャが回せるかを確認していたら耳元で囁かれた、烏羽の言葉だ。心底愉快そうにそう言われたのだが、残念ながら愉快な気分になど全くなれない。

 この気まずい神使とそれなりの時間、文字通り二人きりでクエストを進めるのか。精神が保つか不安で仕方が無い。


 そんな気持ちを切り替えるべく、ゲームを終えて現実へと帰還。夕食を食べたり、風呂に入ったりと日常のルーチンをこなしていく。独り暮らしなので部屋がやけに静かだ。テレビを付けても、ただただ味気ない。

 本当は少し疲れているから穏やかな時間を過ごしたかったのだが、友達にメッセージを送る。彼女は同級生でしかも自分より先に同じゲームのアルバイトに採用されていた人物だ。烏羽とかいうメタキャラクターについて何か知っているかもしれない。


『今日ようやく、例のゲーム始めたんだけど初期のキャラ引きがヤバい』


 返信があるまでテレビでも観ようかと思ったが、すぐに既読。そしてメッセージが返ってきた。


『何ソレ。誰引いたのさ。ちな私は薄桜ちゃんとズッ友だからさ』

『誰なのそのキャラクターは……。いやなんか、烏羽とか言うの……』

『それこそ誰なの。あれ、12サーバーは最近開いたんだっけ? ネタバレになるからあまり話さない方が良い?』

『ストーリーの根幹は話さないで、っていうかストーリーあんの? β版なのに?』

『割とシナリオも出来上がってるっぽいね。というか、烏羽って色調べたけど、結構黒いね。適応色ってもしかして黒だった、花実?』

『そうだけど。なに、黒だったらマズいの?』

『いや、ネタバレになるから言えないわ。社で共同生活してるんでしょ、なら大丈夫なんじゃない?』

『酷く不穏なんだけれども』


 画面の向こう側でヤバいキャラを引いてしまった私に対してニヤけ顔をしている彼女が容易に想像できる。良い子だよ、と言わないあたり色によってはどぎつい性格の神使がいるのだろうか。尤も、聞いた所で教えてはくれないだろうからストーリーを進めるしかないのだが。

 というかさ、と友人が話を切り替える。


『花実って初期キャラに無条件ラブ派じゃん?』

『何その派閥……』

『その烏羽って神使、愛せそう? ねえねえ、どう?』


 ――面白がってるな……。

 しかし返事に窮してしまう。正直、これまで数々のソシャゲに触ってきたがあまりにもチュートリアルに向かないキャラクター過ぎて何とも言えないからだ。沈黙の理由を敏感に感じ取った彼女が慌てたようにフォローを入れてくる。


『冗談だって、ごめんね、変な事聞いて。まあ、花実もここで初期キャラ最推し教止めたらどうかな? 限定ガチャとかのキャラも凝ってて良いじゃん!』

『うーん』

『それにこのゲーム、没入型とか言ってるだけあって神使に話し掛けたら結構きちんと返してくれるし! 一杯話し掛けてみよ? 好きだよね、そういうゲーム』

『いやでも、所詮はデータだし。キャラクターをタップするだけなのと、話し掛けるのじゃ訳が違うし』

『そういう事を言わない! これバイトなんだから、運営が想定している通りに遊ばないと駄目なんじゃない?』

『それは確かにそうかもしれない』

『話し掛けまくってたら、意外な事を言ったりもするし、もっと烏羽くんとやらとお話してみればいいんじゃない? 好きになるかもよ』

『まあ、気が向いたら……恥ずかしいし』


 この後、結局は友人同士の他愛ない話をして眠りについた。なお、就寝したのは午前2時を回っていたが、明日も休みなので問題無いだろう。


 ***


 変な時間に眠り、起床したら午後12時だった。寝過ぎた感が否めないものの、適当に朝昼兼用の食事を摂り、アルバイトに勤しむためゲームへログインする。

 これ、実際には食っちゃ寝しているだけなので大学が始まる頃には恐ろしく太ってしまっている可能性が否めないな。


 一瞬のロードを挟み、視界が開けた時には自室にいた。前回はここで鍵を掛けてログアウトしたので、この場所にいる事は何らおかしな話ではない。毎回、ログインしたらこの部屋からスタートするのだろうか? 謎だ。

 まずは何をするべきか、味気ない机の上に放置されていたゲーム世界でのスマートフォンを手に取る。次からパーカーとかを羽織ってログインした方が良いかもしれない。服のイメージがそのまま反映されるようなので。ポケットがあった方が、スマホを持ち運びしやすい。


 などと考えていると、部屋の戸がコンコンとノックされる。ぎょっとしていると、戸の外からぬるりとした声が響いた。


「おはようございます――いえ、こんにちは。召喚士殿。随分と遅いろぐいんのようで、ええ。私、心底寂しかったのですよ」

「嘘吐け……」

「おや? おやおや! お返事をして下さるだなんて珍しい。明日は霰でも降るのでしょうか」


 烏羽だ。試しに返事をしてみたら、秒でリアクションしてきた。友人の言う通り、本当に高い知能を備えているものと見受けられる。

 ともあれ、このまま戸を間に挟んで話すのもあれだ。立ち上がった花実は一思いに戸を開け放ち――そして、息が止まるような心地を味わった。


「お待ちしておりましたぁ」


 顔がとても近い。自分と烏羽には明確過ぎる程に明確な身長差があるのだが、件の彼がわざわざ腰を曲げていたが為に、とても会話する距離では無い距離で見つめ合う羽目になってしまった。

 湿度のある物言いに怖気にも似た感覚を覚えていると、彼はこちらに構う事無くスッと姿勢を正す。切り替えの速さに付いて行けない。


「さて、召喚士殿。今日は何をしましょうか。ええ、貴方様の指示に従いますとも。しかし、まずはすとーりーを進めた方がよろしいかと。ええ、他にする事など貴方様にはありませんでしょうし」


 ――一言多いんだよなぁ。

 それに加えて、こちらが問いを投げる前に全てを解決させてしまうので声を掛けるタイミングがない。こうしてプレイヤー側の発言数を絞る事で、受け答えを擬似的に成功させるよう考えているのだろうか。

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