02.まずは召喚をしてみましょう(2)
チュートリアルガチャの前にこのゲームにおけるプレイヤーがどういった立ち位置なのかを説明しなければならない。
事前の説明から何も変更されていなければ、プレイヤーは召喚士という役職に就き、ガチャで引いた『神使』というバトルキャラクターを駆使してクエストをクリアしていくという内容であるはずだ。没入型という売り文句を除けば、一般的なソーシャルゲームと言えるだろう。
なお、花実が現状で知っているのはその前提のみだ。ストーリーも普通のRPGという事くらいしか分からない。そもそもの話、β版にストーリーは実装されているのだろうか? 甚だ疑問である。
実装されているのであればストーリーも好みである事を願うばかりだ。エンジョイ勢なので、物語が気に食わなければスキップしてきたが、今回はアルバイトなのでそうも行かない。
いや待て、ストーリーってもしかしなくともフルボイスでは? それとも、この現実に寄せすぎているグラフィックで吹き出しが出てくるのか? 何も分からない。
意識を飛ばしていると、スマートフォンが再度点灯。召喚を始めるよう促される。事務的な文字にも見飽きてきた頃だし、そろそろ初相棒をゲットしなければ。
ところで――あくまで個人的な話になるのだが、自分はガチャの運命論者である。特にチュートリアルガチャ。最初に入手するキャラクターにこの理論が適用される。
というのも、キャラの好き嫌いに関わらず最初に入手したキャラクターに深く思い入れがあり、誰であっても一番強くしたくなるのだ。だからつまり、今から引くキャラクターが恐らくこのアカウントで最も強い相棒になるはず。
だって最初の最初に来たキャラクターなんて運命に他ならない。このガチャはゲームを長く続けられるかどうかを端的に表す指標だ。
ドキドキしながらスマホの画面をタップする。さて、ガチャボタンは――
「ん? 何これ……え、あ、そうか、没入型だから! ちゃんと召喚の儀式とかあるんですね、はい理解!」
どこそこをタップしてね、ではなく儀式のような手順がスマートフォンに表示される。確かに没入型RPGなのに召喚だけタップという味気なさでは興も冷めるというもの。
無理矢理、納得しながらスマホの指示に従う。自分は何をやっているのだろうか? という疑問からは一旦目を逸らす事にした。
指示に従い、如何にも何かを召喚しますと言わんばかりの部屋の中央へ移動する。どうやら部屋の中心を始点とし、模様が描かれているらしかった。芸術のスキルは一切持たないので、これがどういう原理や計算の元、描かれているのかはさっぱり分からないのだけれど。
その始点と思わしき場所に屈み、手で触れる。スマホの指示通り、触れた手を中心に描かれた模様が僅かに輝きを放ち始めた。水が地面に染みていくかのようにゆっくりとそれは広がり、やがて模様全てが淡く発光する。
それを見届けた後、次の指示を行う。今度は立ち上がって部屋を一週、出入り口の所にまで戻った。発光している模様から足を退ける。
以上で手順は完了。もう明日には忘れていそうなのだが、召喚の度にスマホがナビをしてくれないかな。
なんて考えていると、急に模様が強く発光し始める。すぐさま目を開けていられないような光の奔流となり、花実は目を瞑った――
急速に広がった光は、同様に急速な勢いで収まる。恐る恐る目を開ければ、既にガチャ演出が終わっていたらしい。模様の中央に結構な大男が立っている。
彼はかなり体格が良い。花実と彼の間にはそれなりの距離があるが、それでも一般的な日本人男性より遙かに上背があると分かる。加えて胡散臭い表情。何が楽しいのか、ニヤニヤとどこか嫌悪感を覚えるような笑みを浮かべていた。墨を流したような真っ黒い長髪、大きな手足。見た目もとにかく物々しくて、チープな言い方をするのならば少し恐いくらいだ。
――え? これってチュートリアルガチャなんだよね? もっと親しみの持てる奴はいなかったの?
あまりにも初期ガチャから出て来なさそうな、凶悪過ぎる外見に思考が止まる。というか恐らくこのキャラクターを見るに、チュートリアルで引けるキャラ――もとい神使とやらは全員違う人物だなと察する。これが全員にチュートリアル配布なんて人選ミスも良い所だ。
などという思考を1秒の半分程度で行っている間に、召喚された神使が口を開く。召喚時台詞を吐くのだろう、と花実は身構えた。
「初めまして、召喚士殿。私――そう、ご存知かもしれませんし、ご存知ないかもしれませんが――
――うーん、メタい!! もしかしなくとも、こんな序盤で引いて良いキャラじゃないだろこれ……。しかも君、チュートリアルで来たから一人目なんだよなあ……。
そんな気持ちが伝わったのか、それともチュートリアルで引いてしまった場合の特殊な台詞がきちんと実装されていたのか。烏羽と名乗った彼は「はて?」とやや困惑したように首を傾げた。
「――おや? これはおかしな事ですねえ、私以外の神使の気配がありませんが。え? いや、まさかとは思いますが……このあかうんととやらで、初めての神使? 正気ですか?」
正気かどうかは運営に聞いてくれ、切実にそう思う。数々のソシャゲに片足だけ突っ込んで来たから分かるが、多分コイツはこの時点で引いて良いキャラクター――神使ではない。
ゲームのデータ相手に言葉を返しても仕方が無いので、進める所まで進んだら運営に問い合わせしようと決意する。流石に序盤でメタいキャラは危険では、って。仕事だし。
なおも花実の事など気にするでもなく、神使――烏羽は言葉を続ける。ゲームなどそんな物なので気にはしないが、こう静かだと嫌でも発言が耳に飛込んでくるのだ。
「まさかこの私にちゅーとりあるの栄光が回って来る日が来るとは。まあ、1回程度ならばよいでしょう。私、寛大ですからね。ええ。お任せ下さい。この烏羽が貴方を誠心誠意、お手伝い致しましょう」
「――……?」
――凄い、嘘吐いてるみたい。
桐埜花実には唯一つの特技がある。相手の声音、表情、仕草、どれか一つでも揃えば相手が「嘘を吐いている」事を確実に見抜く特技が。
例えば今の彼の台詞。「私、寛大ですからね」から全部嘘だ。チュートリアルを初めてやったという発言は嘘偽りないらしいが、それ以降は全て虚言。何故そんな嘘を吐くのか、実際はどうなのか、それは分からないけれど。
というか――ゲームのデータが嘘を吐く、というのは何なのか。声優の演技があまりにも達者過ぎて胡散臭く見える上、こちらの特技を上回る出来だったのか。それとも烏羽という神使のモデルを作ったスタッフが凝り性だったのか。
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