第5話 牢屋からの脱出
がつんと凄まじい音がして、牢屋のカギが一気に壊れた。
僕は後ろに尻餅をつき、スコップを放り出して肩を揺らした。
「はあっ……はあっ……!」
目の前で、小さな扉がギィィ、と耳障りな音を立てて開いていく。
つ、疲れた!
いくら錆び付いたものだっていっても、こんなに疲れるとは……。せめて武器系のスキルを持ってれば良かったけど、僕は後方支援ばっかりだからな。というか普通に回復術師だよ、僕は!
でもシンプルなカギで良かった。ミイラ氏が閉じ込められたのは百年前だと思うけれど、その頃はまだ頑丈な牢屋だったんだろう。ミイラ氏には腕に手錠もついてたから、そのせいもあるだるけど。手錠のほうがネックだったんだろうな、うん。
しっかし、他人の使ったスコップを使うのは気が引けた。なにしろスコップって、排泄物を埋めるためのものだし。この際四の五の言ってられないと吹っ切れたのは良かったけど。いや、もうそこはあんまり考えたくない……。
えーと、とにかくエルヴァンにも言ったほうがいいのかな、これは。とにもかくにも出られるんだし。自分を追放した人間に『先に出れたよ』っていうのもなんか憚られるんだけど……。
「えー、あー……エルヴァン? 一応こっちは牢屋が開いたよ。とりあえずそっちのカギとか、どう?」
声をかけてみたけど、すぐには答えは返ってこなかった。
「エルヴァン?」
声を張り上げてみる。
「……ああ」
小さく声が返ってきた。
あれっ、どうしたんだろう。ここ最近の罵倒……というか勢いが無いぞ。なんかそれはそれで拍子抜けというか、……なんだか……。えーと。なんだっけ。まあいいや。
「とにかく僕はここから出るよ。もし何かありそうなら、そっちを開けに行く」
「……ああ」
また同じじゃん!
急にどうしたっていうんだ。
少しは気になったけれど、これ以上ミイラ氏と一緒にもいられない。自分の荷物も見つけなければならなかったし、ひとまずフラヴェラと合流しなければ。
ミイラ氏の荷物ももういちど確認してみたが、ほとんど使い物にならなかった。
せめて地図や日記帳の類でもあれば良かったんだけど。それにしても、彼はいったいどうしてこんなところに閉じ込められていたんだろう。
魔物に捕まったのかとも思ったが、いまのところそれらしい気配はない。もしかするとこの迷宮の主かもしれないけど、手錠までつけられるって相当だぞ。
ともあれ僕は、ミイラ氏の前で十字を切ってから牢屋を出ることにした。
扉を開けると、道は左右に繋がっていた。一応、すぐ隣の牢屋も見てみたけれど、そこには誰もいなかった。ということは、エルヴァンはやっぱり後ろ側にいるってことか。よく石を通して声が通じたな。どこか薄くなっていたところか、僅かに隙間でも開いていたのかも。
そろそろと気配を辿ってみたけれど、魔物の気配はなさそうだった。
「……フラヴェラ?」
ついさっき――といっても、たぶん一時間くらい前の話だと思う――ここにやってきてくれた彼女の名前を呼ぶ。答えは無い。
「フラヴェラぁー」
ほんの少し大きめの声で呼んでも、彼女の声は返ってこなかった。彼女が出ていったのは、牢屋から見て右側だ。
彼女が心配だ。
行かないと。
たぶん、フラヴェラは左側にある牢屋のどこかから脱出したんだろう。それか、通路の奥が扉になっているので、そこからやってきたと思う。いまは他の仲間を探しているか、カギを探しているんだと思うけど。
そういえばあれから一度も戻ってきてないな。
僕は大丈夫だってことを伝えるためにも、一刻も早く彼女に追いついたほうがいいだろう。
……まあ、はたして追放された僕が仲間と言っていいのかわからないけど。ともあれこんなことになってしまった以上は、協力したほうがいいんだよな、うん。
そういうわけで、とりあえずフラヴェラが立ち去っていった右側へと進むことにした。二つほど牢屋を通り過ぎる。そこには先客はいないようだった。曲がり角はあったものの、そこは行き止まりになっている。エルヴァンのいる牢屋は、ここからじゃ直接行けないようだった。
たいていカギはこういうところに置いてあるものだけど、どれほど壁を探してもそれらしいものは置いていなかった。
カギは無いのか……。
となると、他の仲間が見つかっても脱出させられるかどうかはわからないな。一応、スコップは持ってきたけど。
……。
いや、僕の荷物が無いからしょうがないんだって!!
武器も無いと思ったけど、荷物まで無くなっているとは。
仕方なく、そろそろと扉を開ける。
魔物の気配は無い。迷宮の中だからか、壁や床はほとんど同じような構造だ。……最近、面倒で地図を書いていなかったけど。それでもこんな牢屋や、牢屋に続く扉は記憶に無い。
少なくともここはまだ《狂乱の迷宮》の中だ。空気が悪いから、あの瞬間におそらくもっと地下に引きずり込まれたかしたんだろう。物凄いタイミングだ。ただでさえ一人じゃ危険だ。
もう正直、ここで一人で隠れていたい気分ではあるけど。さすがに女の子ひとりが頑張ってるのにそれは……と僕の中のなにかが言っている。
――とりあえず、まだ脱出したわけじゃない。油断はしないほうがいい。
僕は自分に言い聞かせると、ひとまずフラヴェラの後を追うように歩き出した。
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