追放から始まる僕と最強美少女の《怠惰》な冒険譚 ~戻ってほしいと願ってももう遅いしダルいからとりあえず三文字で纏めて~

冬野ゆな

第1話 追放宣言

「お前、クビな」


 エルヴァンの言葉に、僕は曖昧な笑みを浮かべるしかなかった。

 理解できなかった。


「ええと……」


 それはなんで、と僕が訪ねる前に、エルヴァンが続けた。


「お前、実力が俺達にぜんぜん追いついてないんだよ」







 迷宮の拠点で宣告されたのは、まさかの追放宣言だった。


 僕たちは冒険者パーティ「鋼炎の牙」のメンバーだ。

 公国直営である冒険者ギルドの中でもトップクラスの実力を誇る。魔王討伐にもっとも近いと言われたパーティだ。半年前に危険度SSSクラスの氷雪龍を倒したことで、名実ともにトップになった。

 僕らは国王陛下直々に依頼を受け、公国の管理する迷宮に眠る魔人、『狂乱の魔王』を倒すべく、百年間封印されていた『狂乱の迷宮』を攻略している最中だった。


「いいか、俺達がどれだけギルドや国王陛下に期待されているか、ちゃんと理解しているのか?」


 こう言ったのはリーダーのエルヴァン。金髪碧眼で、紺色に金色の縁取りがされた派手なマントをした男だ。職業は剣士で、持っているスキルはすべて上級ランクの実力者。マントを留める宝石ピンはグリフォンの羽根をあしらったもので、国王陛下から直々に賜ったものだ。件の氷雪龍討伐の報償として出されたものである。


「それなのにお前は回復も遅いし、のろいし、最低限の《ヒール》しか覚えねぇ。状態回復の《キュアオール》すら覚えねぇときた。それに、俺たちについてくるのだけで精一杯じゃねぇか」

「それは……」

「貴様は黙っていろ!」


 隣に控えていた重戦士のジョヴィオが口を開いた。ドラゴンの鱗から作られたごつい鎧を纏った大男で、普段は寡黙なタイプである。だがその分戦闘時は大声を張り上げて、自慢の大斧をぶん回して戦う特攻隊長だ。

 とはいえ僕のもたもたしたやり方が気に食わなかったらしく、よく怒鳴られ、殴られた。普段の寡黙さからは想像もできないような声で――いっそ戦闘中じゃないかと思うほどに――僕を罵りながら地面に叩きつけるのが、ストレス解消だった。

 ジョヴィオの言葉に思わずびくっとして黙ると、隅で干し肉を食べていた女が視線を向けた。


「言っておくけど、私も賛成だからね」


 狩人のサブリナ。エルフと見まごうような長い銀髪をポニーテールにした美女である。主に弓を使った攻撃が得意で、ケルベロスの革製の胸当てが自慢だ。シャツは短く、白い腹を晒している。

 口元についた干し肉を拭って食べると、僕に向かって片手を差し出した。僕はおずおずと水筒を取り出して、サブリナに渡した。


「私の食事係がいなくなるのも困るんだけどー。高位のヒールも使えないあんたじゃ、ついて来れないってこと」


 ごくごくと遠慮の字もなく僕の分の水を飲み干す彼女を、じとりと蛇のように見返す少女がいた。


「ちょっとサブリナぁ、あたしのはやめてよね。最近太ったでしょ」


 ナイフを弄びながら言ったのは盗賊のレンツィだ。短髪でボーイッシュな彼女は、パーティの最年少。素早さとナイフ使いが自慢で、縦横無尽に駆け回っては敵を翻弄するのが得意だ。短パンから出るすらりとした太ももには、蛇の文様が描かれている。


「はっ? 太ってないし」

「あたしだって、お馬ちゃんがいなくなるのは困るんだけど~。でも、ヘルムちゃんは役立たずのお荷物ちゃんなのはわかってたし~」


 レンツィはよく僕の背中に乗って馬になれと命令していた。尻を蹴られたり、何度も馬鹿にされた。そんな記憶がぼんやりと蘇ってくる。


 パーティから抜けるのは珍しくない。

 だけど、追放となると話は別だ。追放宣告をされた者は、速やかにパーティを抜けるのがお約束だ。

 だが、こんなところでなくてもいいだろう。


 エルヴィンたちがまだ何か僕に対して屈辱的な事を言っていたけど、僕はほとんど聞き流すしか術が無かった。


 確かに、狂乱の迷宮に入ってからというもの、僕は彼らとの間にどうしようもない溝があることには気付いていた。

 つまり、実力の差だ。

 いやむしろ、もっと前から……。

 現状、僕はヒールしか覚えられていないし、『沈黙』や『毒』といった状態解除魔法も覚えられない。ただ、それでも戦っていられた彼らの実力が凄い、ということになるのだけど……。

 僕は気まずいような笑みを浮かべつつ、抵抗するしか道は残されていなかった。


「……でも、僕以外の回復術師なんて……」

「もう次の回復術師も決めてある」


 エルヴァンはきっぱりと言った。


「神官の男だ。ただの回復術師よりは役に立つ」

「いや、でも……」

「ねえ、エルヴァン……。本当にヘルムを追放するつもりなの……?」

「まだ言ってるのか? フラヴェラ」


 そう言ってくれたのはフラヴェラ。

 このパーティの魔術師だ。

 実は、彼女の魔術こそがこのパーティの神髄と言っていい。長い黒髪に映える白い三角帽子と、真っ白なローブは、この迷宮においても眩しい。幸運の兎の毛を編み込んで作られた最高級品を纏った、誰もが認める美少女。魔法学校で最優秀を収めた者だけが手にできる強力な魔術耐性服だ。

 フラヴェラだけはこの迷宮に入っても、僕に優しかった。

 エルヴァンは僕に色々と言ったが、ほんとうのところは、フラヴェラが僕に良く接するのが、エルヴァンの怒りを買ったのだろうと思う。エルヴァンはフラヴェラをよく誘っていたし、ちょっかいをかけていた。けれども鳴かず飛ばずで、むしろフラヴェラは僕なんかを気に掛けてくれた。

 じろっとレンツィがエルヴァンを睨むのが見えた。


「フラヴェラ、お前だってわかってるだろ。こいつは俺たちの足を引っ張るしか出来ねぇクズなんだよ」

「……」

「それに、このパーティーのリーダーは俺だ! いままでパーティを引っ張ってきたのだ誰だ!? 俺に従っておけば間違いない!」


 僕はその口上を緩慢に見つめるしかなかった。

 なんだかもう面倒になってきていたからだ。

 よくまわる口だなあとか、そんなことをぼんやりと思っていた。


「なんだよ、文句があるってのか?」

「……いや。わかったよ……。このパーティを出るよ」


 こうして、僕は追放を受け入れたのだ。

 エルヴァンは満足そうにふんぞり返り。

 ジョヴィオが鼻を鳴らし。

 サブリナはどうでも良さそうに干し肉を食らい。

 レンツィは睨み付け。

 フラヴェラは俯いていた。


 そのときだった。

 急に何かが光った気がした。

 視界が白く包まれ、それがなんなのか理解する前に、ふっと僕の意識は遠のいた。

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