第4話

 第四話



「……ねえ、本当に入って大丈夫なの?」


 剣をたずさえた門兵が厳重に見張り、白銀に輝く巨大な門扉もんぴの威容と、その奥に垣間見える豪奢ごうしゃな宮殿の存在に気圧されたのか、エイミが不安そうな表情を見せる。そもそもオレ達の時代のミグランス城だってホイホイ出入りしてるんだし、更に言うならエルジオン・エントランスのゲートの方が、よっぽどいかつい気がするんだけど……とも思う。


「なんて言うか、オープンな宮殿なんだよ」

「どんな、宮殿よそれ……」


 おっしゃる通りで、と思いながら肩を竦める。


「とにかく、問題ないってことだ。中は意外とエルジオンに似てるところあるし、案外落ち着くかもしれないぞ?」


 そんなことを言いながら、さっさと門扉を抜けて宮中へと足を踏み入れる。アクトゥールと同じ白と青を基調とした宮殿は、所々に配された上品な金色が格式の高さを強調している。それでもどことなく、初めて訪れた時から既視感を感じていたのは恐らく……


「……本当に、エルジオンと雰囲気が似てるかも。外観とか、建物の感じとか全体的に?ここらへんとか、IDAスクールっぽいし?」


 さっきまで二の足を踏んでいたのが嘘のように、興味津々な表情でキョロキョロとし始めるエイミに、思わず笑いながら目当ての人物を探す。白く柔らかな上質の衣に、肩から腰にかけてを覆う金色のサッシュ……後ろ姿でも分かりやすいな。




「おぉーい、侍女長さん!」


 後ろから呼びかけると、彼女は不思議そうな表情で振り返った後に、オレの顔を見て納得したように頷いた。


「あぁ、あなたね!私にそんな風に呼びかける人っていないから、何事かと思っちゃったわ」

「え、そうなのか……もしかして、仕事の邪魔しちゃったかな」

「次の仕事の監督に行くまで時間はあるけど、また何か聞きたいことでもあるの?」


 さあ、ここからだぞ、と気合いを入れてオレは頷いた。


「ああ……実は、昔ながらのプロポーズで使う花を探してて。何か、心当たりはないか?侍女長さんなら、そういうの詳しそうだと思って」


 オレの言葉を聞くと、彼女は嬉しそうな表情を浮かべて口を開いた。




「あらまぁ、もしかしてあなたが結婚するの?昔ながらのプロポーズなんて、素敵ねえ。このところ、そんな話はとんと聞かないけれど、花でこそ伝えられる想いがあることを、最近の若い子はもっと知るべきだと常々思っていたのよ。ええ、ええ、もちろん教えてあげるわ。まず告白と言ったら華やかなゾルサフランか、コリンダのバラって相場は決まってるわね。私達の始祖が六枚咲きのゾルサフランで結ばれたから、それからその花が二人を永遠に結ぶって伝説になって昔から伝わってるけど……私達の代じゃコリンダのバラを渡すのが流行はやってて、と言うのも五枚の花びらがあるでしょう?あれの一枚それぞれに意味があってね「真心」「勤勉」「貞節」「献身」「情熱」の全てをあなたに捧げます、って……結婚相手の誠実さって大事よね。でも、やっぱりゾルサフランの伝説だって、とてもロマンチックで素敵だと思うのよ?あれって大抵が四枚咲きの白とピンクの花が主流だけど、ゾル平原に夜明けの時間帯に行くと、六枚咲きの赤とオレンジのゾルサフランが咲いているらしいのよ。今じゃ庭師のグリンさんが宮殿で育ててるけど、荒野に咲く一輪の花、やっぱり自分の手で手に入れてこそよねえ……王様もこの昔ながらのやり方で王妃様にプロポーズしようとしてたけど、王妃様がコリンダのバラが好きだから結局そちらをプレゼントしたのよ。あっそうそう伝説と言えば、もう一つあるわね。世界から光が消える時に、一面の銀色のバラがコリンダの原に咲くそうよ。それを見た人は、永遠の苦しみから救われるんですって、ってこれはプロポーズとは関係ないわね。プロポーズなら、やっぱり花の意味にもこだわらなくちゃ。この地方を代表する三つの花は色々と花言葉があるんだけど、チャロルハルジオンは「追憶の時」、コリンダのバラは「移ろい行く時」、ゾルサフランは「夢叶う時」でそれぞれ過去・現在・未来を意味しているって話があるのよ。そういう意味でも、ゾルサフランって結婚にぴったりね。あとは花の色にも気を付けなさいね……赤の「あなただけを愛する」とか白の「いつも想ってる」とかオレンジの「そばにいてくれ」とかなら良いけど、黄色の「頼りにしてる」とかは告白としてはちょっと微妙だし、間違えやすいのはピンクの「かけがえのない友情」ね。それどころか黒の「あなたを呪います」とか紫の「あなたのことが嫌いです」なんて渡した日には最悪よ。それで失敗したカップルを何人も知ってるわ……この前なんか」


「ちょっ、待ってくれ!」


 オレが堪らず悲鳴をあげると、さすがの彼女も驚いたのか目を見開いて口を閉じた。オレはその隙に必死で頭を働かせて、求める情報を整理する。




「……つまり、結婚を申し込むなら夜明けと共に咲く、六枚咲きの赤いゾルサフランが一番ってことだな?」

「そうねぇ。ああ、それとね」

「分かった、ありがとうな!行ってくる!」


 オレは悪いと思いながらも一方的に言葉を叩きつけ、侍女長さんに二の句を継がせず廊下を駆け抜け、一も二もなくパルシファル宮殿を飛び出した。


「あっ、ちょっと!……行っちゃった。全く、せっかちねえ。花の咲くあたりは強力な魔物が出て危険だから、その風習はすたれたって教えようと思ったんだけど、大丈夫かしら?」


 ……そうして一度アクトゥールに戻り宿で仮眠を取ったオレ達は、今度は夜通し駆けてゾル平原に辿り着き、今はひたすらに夜明けを待ち続けていた。原始的な闇に包まれた古代の夜は、紛れもない星明かりの他に照らすものもなく、フラフラと出歩けば仲間を見失いそうな状態で、太陽の光の射さない世界は想像以上に冷たくオレ達に忍び寄っていた。




「さすがに、冷えるわね……」


 いつもは開けている赤いコートの前を抱き合わせて、それでも寒そうに息を震わせるエイミに、サイラスが黙って自分のスカーフを巻いてやっていた。


「先ヲ越されマシタネ、アルドさん」

「いや、オレはそもそもスカーフなんて持ってないぞ……?」


 首を傾げるオレに、心無しかリィカから向けられる視線を冷たく感じる。


「ありがと、サイラス」

「なんの、カエルは打たれ強さに定評がぶえっくしょぉいっ……!いや、失敬」


 明らかにやせ我慢のサイラスに、それでも誰一人として指摘することはなかった。


「リジーは大丈夫か?」

「こんなこともあろうかと、きっちり着込んできたから。それに、ナレクのことを考えているだけで、寒さなんて感じないわ」


 そう応える笑顔には一片のくもりもなく、我慢してるでもなく本当にそうらしい、と恋する女性の強さに恐れ入る。




「魔物モ休眠モードのようデ、助かりマシタネ」

「ああ……それでも、ここから動けばどうなるかは分からないけどな。今だって、あっちにいるドでかい恐竜が、いつ目を覚ますんじゃないかって不安で仕方がないぞ」


 大声で話しでもすれば気付かれそうなほど近くで、まさに王者の風格を漂わせる巨大な角竜が、スヤスヤと寝息も立てずに眠っているのがいっそ不気味なくらいだ。無意識に、腰に吊った『二振り』の剣を指先で確認している自分がいて、心の底で『あの剣』に頼り過ぎている事実に思わず溜め息が零れた。


 そんなオレの内心を知ってか知らずか、無邪気な瞳が夜闇に優しくまたたく。


「でも、こうして街の外で夜を明かすなんて、滅多めったにない経験じゃない?」

「滅多とあったら困るよ……でも、たまになら悪くないかもな」


 なんだかんだ言って、呑気のんきに会話を交わしながらこうして夜空を見上げていられるのも、いざと言う時もオレ達が全員揃ってさえいれば『なんとかなる』と、掛け値なしに信じていられるからこそなんだろう。


 身を寄せ合って。星に手を伸ばして。幾千の言葉を重ねて……こんな夜なら、何度だって超えて行きたいと、そう思える仲間だから。




「夜が、明けるな……」


 無限の夜空から、星が一つずつ消えて行く。空の端が群青色に染まり、ただ明けの明星みょうじょうだけが『その瞬間』を待ち続けていた。やがて孤独な星が、夜明けの予感と共に広がる金色の海に溶け始めた頃、耳元でハッと息を呑む声が聞こえた。


「見て……」


 エイミの指差す先に、薄闇の中で柔らかく光る何かが見えた。ほのかな光を宿したそれは、夜明けの太陽に照らされていっそう眩しく閃き、やがてつぼみをほころばせて鮮やかな大輪の花を咲かせた。生命の輝きそのもののように鮮やかな赤が、ひとつまたひとつと花開いて。


 涙のような朝露がきらめき、ゆるやかな世界の目覚めを告げる風に小さく力強い花が揺れる様を、オレ達は息を止めてただ見ていた。日が昇るほどに柔らかなオレンジ色のゾルサフランが目立つようになり、求める赤い花はごく僅かしか咲かないようだった。




「私、んで来るわ」


 スッと立ち上がって駆け出して行くリジーに、オレははっとして叫んだ。


「待て、リジー!独りで」

「きゃぁあああっ!」


 響く悲鳴に、全身の血が沸騰するように叩き起こされた。その瞬間、自分でもどうやって動いたのかは分からない。それでも確かにオレの足は地を蹴り、敵の獰猛どうもうな毒針をどうにか剣の腹で受け止めていた。


 たった一瞬、唐突に現れたオレの存在にひるんだ敵の隙を突き、リジーを引き寄せて飛び退すさる。




「クイーン・ホーネットでござる……!」


 サイラスの声に息吐いきつく間もなく顔を上げれば、巨大な蜂の化け物とも言うべき存在が、不穏な羽音を響かせて宙を舞っていた。まずはこの場からリジーを逃さなければと振り返ると、めいめいに武器を構える仲間の向こう側に、巨大な角竜が重そうな頭をもたげて立ち上がるのが見えた。如何にも獰猛そうな雰囲気を宿した恐竜は、今の騒ぎで目を覚ましたのか、炯々けいけいとした瞳でこちらを睨み据えている……が、経験則からこれ以上近寄りさえしなければ、あちらから襲ってくることはないだろう。そう、信じたい。


「リジー!」

「なっ、なに?」


 完全に恐慌状態に陥っているらしいリジーの顔を見る余裕もなく、がしっと肩をつかんで出来る限り冷静に告げる。いずれにせよ、退路はない。


「目の前のコイツは必ず倒す。どんなに恐ろしくても、死にたくなければ一歩も動くな。出来るか?」

「……ここに居るわ。約束する」

「……よし」


 彼女が頷いたのを確認し、オレは油断なく構えたまま声を張り上げた。




「背後の角竜のテリトリーに入り込まないよう、戦線をこの場で死守する!リィカの回復行動が届く範囲で散開、リィカは戦況を観測しながらリジーの護衛とヒールに努めてくれ。敵の分析は済んでいるかっ?」

「検索完了。クイーン・ホーネット。素早い低空飛行ト、主武器の毒針にヨル、多彩な物理攻撃ヲ主体とする魔物デス。追い詰めラレルと毒針ヲ飛ばシて来るようナノデ、予備動作ニ注意ガ必要デス。長期戦ハ危険ト判断しマシタ。すみやかナ討伐ガ望まれマス」


 リィカによる早口の分析を聞きながら、拳を構えて前に出たエイミが好戦的な笑みを浮かべた。


「OK、それだけ分かってれば十分……最初っから飛ばすわよ!」

「ああ、行くぞ!」




 タンッ、と。


 軽やかにエイミが地を蹴った直後、後に続こうとしたオレの横を、瞬足の影が駆け抜けて行く。


「二の太刀たちは、貰ったでござるぞっ!みね打ち――!」


 風をまとわせたエイミの拳がクイーン・ホーネットに叩きつけられた次の瞬間、正に紙一重で全く同じ箇所を寸分違わず刃が閃く……も、有効打にはならない。


「……いや、みね打ちなんかしてる場合かよっ!前に出過ぎだサイラス、下がれっ」


 オレが指示を飛ばすよりも一瞬早く、振り抜いた型のまま次の姿勢に移る途中のサイラスを、クイーン・ホーネットの体当たりが襲う。


「おっとぉ!」


 吹き飛ばされつつも、宙で体勢を立て直すあたりは流石さすがとしか言いようがないが、それでも勢いを殺し切れなかったのか地面をゴロゴロと転がる。追撃に出ようとしたクイーン・ホーネットの射線に飛び出したオレは、高く跳躍して二連撃のハヤブサ斬りを見舞う。




「リィカ!」

「ターミネート・モード、起動」


 オレの声に最適解を導いたリィカの瞳が輝きを放ち、サイラスの前におどり出る。


「かたじけないっ」


 冷静さを取り戻したサイラスが、リィカの代わりにリジーの護りについたのを視界の端で確認し、オレはクイーン・ホーネットから視線を逸らさずに声をあげた。


「エイミ、連撃!」

「OK!」


 即座に拳に頼る姿勢のそれから、蹴り技に移行したエイミが、オレの技の溜めに呼吸を合わせて三連撃を見舞う。その最後の一撃に合わせ、振りかぶったオレの剣に灼熱の炎が呼び起こされる。


「ボルケーノ・ブレイドッ――!」


 豪炎にかれ、苦悶の声を上げるクイーン・ホーネットに、容赦のない追撃の手が迫る。




「エイッ」


 気の抜けるような軽い掛け声と共に、あまりに重いハンマーの一撃が、体勢を崩した敵の横腹に叩きつけられた。


「ナイスだリィカ!」

「危険信号受信!警戒レベルの引き上ゲを要請!迎撃準備!」


 上手い具合に連携の繋がった手応えに喜びの声をあげれば、珍しく緊迫したようなリィカの声が返り、一瞬……ほんの一瞬だけ、対応が遅れた。


「アルドっ――!」


 突き飛ばすようにしてオレの前に出たエイミが、クイーン・ホーネットの射出した針をその身で受ける。


「なっ、エイミっ?」

「っ、いたっ……」


 戦闘中に弱音を零すことのほとんどないエイミが、思わずと言った調子で声を漏らし、腕に受けた長く凶暴な針を引き抜いて捨てる。みるみるうちに青ざめる顔色に、悟る――毒だ。


「力を貸すでござる!」


 戦闘中に立ち尽くすと言う愚行を犯したオレ達の前に、頼もしい言葉と共にサイラスが飛び出す。再び目の前に現れたカエル男を、うざったく振り払うかのように、クイーン・ホーネットはここぞとばかりに大量の針をこちらに向かって撃ち放った。




「くっ……」

「っつ……」


 反射的にエイミを守ろうと引き寄せるも、間に合わずに毒針よりも細かな針がオレ達を襲う。その攻撃にも怯まず、剣技の構えを崩すことのなかったサイラスが、カッと目を見開き一瞬にして敵との間合いを詰めた。


「秘技……水天斬!」


 シャラン――


 涼やかなやいばの音と共に、美しい太刀筋が中空を奔り、クイーン・ホーネットの巨躯きょくがドサリと地面に崩れ落ちる。状態異常、睡眠が入った証……体勢を立て直すなら、今しかない。


「メディカルサポート、デスっ!」


 リィカのヒールが降り注ぐことで身体の傷は少しえるが、それでエイミに打ち込まれた毒が解けたワケじゃない。




「アルド、エイミ、こちらは任せて二人は一旦引くでござるよ」


 振り返らずに告げる頼もしいサイラスの背中に、オレは頷いてエイミに肩を貸し、リィカとサイラスから少し離れた後方に下がった。


「済まん、任せた。少しだけ時間を稼いでくれ!」

「応よ!」


 そうは言ったものの、どうする……どうすれば良い?相手が毒を使って来る限り、オレ達のパーティは圧倒的に不利だ。リィカが演算した通り、長期戦になるほどジリ貧に追い込まれる。既にエイミは毒を受けてしまっているし、早く手当てをするためにも短期決戦は必至……ここから立て直すすべなんてあるのか?


(ある……たった、一つだけ)


 胸にこみ上げる何かを押し殺しながら、腰にいたもう一振りの『抜けない剣』にそっと触れる。これさえあれば、この戦闘に一瞬で決着がつくだろうことを、この場の誰もが知っている。ただ、近頃のオレが『この剣』に頼ることを良しとしていないこともまた、誰もが気付いていて……それ故に、オレに『この剣』を使えといることはない。




 それでも……いや、だからこそ。


(出し渋ってる場合じゃないだろ……今ここで、苦しんでる仲間がいる。それなのに、戦うためにある剣を抜かないなんて、底抜けのバカだ……!)


 オレは、覚悟を決めて剣のつかに手をかけた。それに気付いたエイミが、目を見開いてオレに向かって手を伸ばす。その手を取って、告げる。


「大丈夫だ。もう、吹っ切れたよ……ありがとな」


 オレの言葉に小さな驚きを浮かべた瞳が、やがて泣きそうな笑みを浮かべて頷いた。大丈夫……力の使い方を、間違えることなんてない。


 この剣は、大切なものを護るため。この力は、零れた想いを掬うために――振るう。


「応えろ、オーガベインっ――!」


『やれやれ……そのような小者ごときに、我らを呼び出すで無いわ』




 頭の中にざらつく幾千の声が響き、手の中の剣に……全身に、凄まじい重圧が加わる。太古の昔に滅ぼされた、オーガ族三千年のうらみと憎しみのいた呪いの魔剣・オーガベイン。一先ひとまず今はオレの意に従い力を貸してくれてはいるが、いつ反旗をひるがえし喉笛を喰い破られるか分からない緊張感が指先からい登る。


 解けた封印の隙間から滲み出る負の感情の奔流に、呑み込まれることのないように息を吸い込み、しっかりと大地に足を着ける。オレはアルド……バルオキー村の、ただのアルド。それでも、護りたいものがあるから。つかみ取りたい、未来があるから。




「その力、オレに貸せ――オーガベイン」


『まあ、良いだろう。さあ、呼べ……失われし我らオーガ族の力、その身に宿すがいい』


 その声と共に、今にも爆発しそうな力の唸りが、痺れるように剣から腕へと伝う。そう長くは抑えられないと悟り、エイミに視線を向ければ何もかもを了解したような、夕焼け色の瞳が信頼をこめて頷いた。


「私が前に出るわ!」

「ああ、初手は任せた。さぁ……反撃開始だ!」


 ときの声を挙げ、サイラス達がもたせてくれていた戦線に躍り出ると、遂にオーガベインを封印から解き放った。


 目を、覚ませ。その痛み、苦しみ、幾千年の孤独――全てを力に変えて。




「アナザーフォース――!」


 天に掲げた青と赤の螺旋らせんを描く剣先から、目も眩むような閃光と共に力がほとばしり……世界が静止した。時計の針が、止まる。それでもオレ達は止まらない――数秒先の未来を、この脅威を、総力をもって打ち砕く!


「チャージスタンス!はぁぁああ……セイッ!」


 いつでも一番槍を担ってくれるエイミの拳が、迷いなく敵の中心を捉えて叩き込まれる。巻き起こる暴風の中、捨て身で拳を振るう横顔には、未来を見据える意志だけがあった。


「クラッシュスタンプッ――!」


 間髪入れずに振り下ろされるリィカの大槌に、空中でスレスレをエイミがくぐり抜けて行く。そのタイミングが、ズレるはずもない。ここぞとばかりに発揮されるリィカの演算処理を、オレ達の誰も疑うことはなかった。


「ヒット確認……!マダマダ、行きマス!」


 珍しく興奮したような声をあげるリィカに、オレも血がたぎるのを感じながら、燃え上がるオーガベインでクイーン・ホーネットの巨体を斬り上げる。反動と共にヒラリと宙を舞いながら、反転した世界で水流をまとい迫るサイラスと視線が交錯する。




「参る――水竜斬り!」


 オレの斬撃と交わり、砕け弾ける力の奔流を、け昇るようにしてエイミが跳んだ――


「ダブル・ダウンッ……!」


 重力と共に打ち出した渾身の二連撃に力尽きたエイミが、それでも光を失うことなくオレを信じて叫ぶ。オレの名を、何度でも。


「アルド!」


 それだけで、いい。それだけで、オレは何度だって立ち上がる。


「ああっ!何度でも行くぞっ、ボルケーノ・ブレイド―――」


 振りかざした刃の先、世界が時空の蒼に染まる。




 切り裂く数瞬先の未来に、その予感に、全身が震える――それでも、駆ける。何度だって超えて行く。この、時空の果てまで――


「これで、終わりだっ……!」


 白く瞬く視界の中、時の一閃が小さな旅の終わりを告げた。







 ただ、夜明けの世界に花達が揺れている――時の旅人の、記憶を宿して。

 未来へと生命を繋ぐ始まりの種が、地を潤す涙のように、こぼれた。

 朝焼けの海の隙間を、一匹の猫が駆けて行く――








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