第2話

 第二話


 ガッシリと握手を交わしてナレクと別れた後、オレ達は少し人通りの少ない場所を目指して歩き出していた。


「……さっきの話、どう思う」

「90%の蓋然性がいぜんせいデ、リジーなる女性ハ偶然生まレタ時空の裂け目を通リ、現代デアルAD300年を訪れテイタと推測しマス。ソノ後、裂け目が閉じたコトでBC20000年からやって来レナクなった、ト考えるべきデショウ」


 大体が同じことを考えていたのか、めいめいが頷きを返すも、その表情は暗い。2万年前のアクトゥールに行き、無事に『リジー』を見つけられたとして、二人の間に横たわる過去と現在の時の隔たりはくつがえしようのない現実として立ちはだかっていた。


「……いずれにせよ我々に出来ることは、二人を繋ぐことだけでござる」

「そう、よね……まずはサウンド・オーブの方を、なんとかしないと。未来に行くんでしょ?」


 落ち込んでいたのは一瞬で、既に前を向き始めている頼もしい彼らに、オレも気を取り直して頷いた。




「ああ。そうと決まれば、エイミの親父さんに聞いてみよう。機械のことなら、イシャール堂に、だ。悪いが、付き合ってくれ」

「なんの、アルドのお人好しは今に始まった話ではないでござる」

「そもそも、ウチの親父は武器屋であって、技術屋じゃないんだけどね?本人がアレだから、仕方ないけど!それにしても、名物のリスベルはお預けになっちゃったわね……代わりに、ウチでご飯を食べて行くと良いわ」


 エイミの言葉に、オレ達は顔を引きつらせて首をブンブンと横に振った。


「……いや、気持ちはありがたいけど遠慮しとくよ。昼飯は王都を出る時、おばちゃんにスープもらったから、それをみんなで分けよう。夕飯は宿屋で、安全第一に、いこう。な?」

「33%以上の確率デ炭化する料理ハ、食用トシテ高リスクであると判断シマス」

「ちょっ……そこまでじゃないわよーっ!」


 顔を真っ赤にして怒るエイミに、思わず声をあげて笑ってしまいながら、オレ達はなんとなく集まって一つの弁当を囲んだ。旅の間で自然と身に着いた、いつもの昼食風景だ。ちなみにリィカの食事風景は『乙女ノ秘密デス!』と、滅多に見せてはもらえないので彼女は待機で、ヴァルヲはどこで貰って来たのか煮干しをくわえてご満悦だ。


 旅の最中の食事は、誰が口をつけたとかは気遣きづかってやれないのが申し訳ないところだが、エイミが特に気にしていないらしいから助かっている。それでも一応、一口目は女性にということで。




「わ、いい匂い……!」


 ソロソロと水筒を開けたエイミの歓声と同時に、空腹を刺激する香草の匂いがふわりと広がる。お豆の王国風スープと言うだけあって、色とりどりの豆がふんだんに盛り込まれており、どちらかと言えば煮込みのようにズッシリとしていた。おばちゃんがジックリと煮込んだ秘伝のブイヨンがいているのか、とろりとした金色のスープが食欲をそそる。


「それじゃ、いただきます……んー、おぃしい……っ!」


 目を細めて笑顔を浮かべるエイミの姿に、おばちゃんが『今、王都じゃ女の子に人気なんだよ』と耳元で囁かれて片目をつぶられたのを思い出す。


「すっごい……お豆って、こんなにホクホク味がしみるんだ」

「ん、オレも腹減ってきたな。いただきます、と」


 パクリ、と一口。




「あー……やっぱり、これだよな」


 ちょっとクセのあるクレナイベニビーンと、あまり主張はしてこないけど優しい甘みのひらりあ豆が、鶏出汁とりだしのよく効いたスープで包みこまれて、ホクホクとほぐれていく。使われているのは、どれもオレの慣れ親しんだ食材ばかりで、どこかホッとさせられる味だ。


「むっ、これは絶品でござるな……!このモチモチしてるのは、何でござるか?」

「ん、それは……もちえんどう、だな。そいつも豆の一種だけど、喉に詰まらせないように」

「げほっごふっごくん!」


 遅かったかと思いながら、涙目で頬袋を膨らませながら、詰まらせたモチモチの豆を苦労して呑み込むサイラスの背を撫でる。


「ごほん、かたじけない……しかし、意外に優しくまろやかな味わいでござったな。王国風、と言うからには、もっとツンと澄ました味を想像していたでござる」

「ああ、それか……実はこのスープ、王国風って名前がついてるけど、バルオキー出身のおばちゃんが作ってるんだよ。オレが同郷の出だって知って、色々と良くしてくれてさ」


 お陰で王都だって言っても気後きおくれせずに済んだ、と思う。既に2万年前じゃ、パルシファル宮殿とかをうろついてたワケだから、今更かもしれないけど。




「つまり、これはアルドの故郷の味なのね……ね、今度作り方を教えてくれる?」

「えっ……いやぁ、料理はフィーネの担当だから、オレには良く分カラナイ……」


 オレが片言カタコトで視線を逸らすと、エイミはねたように口を尖らせた。


「もう……ちょっとくらい、私の料理の腕を信頼してくれてもいいんじゃない?」

「悪かったって、ちょっとからかいすぎたよ」


 頭をいて謝るオレに、エイミも本気で怒っていたワケではないのか、それ以上ヘソを曲げることはなかった。そんなオレ達を微笑ほほえましい感じで見守っていたサイラスが、パンと手を叩いて仕切り直す。


「さて……腹ごしらえも済んだことでござるし、そろそろ未来に向かうでござるよ」

「分かったよ。それじゃみんな、準備は良いか?」


 頷きを返す仲間達に、頷きを返して。




 呼びかけに応えて現れた時空の裂け目に飛び込むと、水の中を揺蕩たゆたうような感覚が全身を包む。懐かしさすら覚える闇の中を進んで行けば、いつしかその中にボンヤリとたたずむ一軒の建物が見えて来る……ここに建つ唯一の宿屋『時の忘れ物亭』だ。


 不思議なマスターと常連が、今日も取り残された時を過ごしているはずのその場所を通り過ぎ、黄金の果実が成る木と別の時層へと続く扉、そこに佇む名前を持たない少女に手を振って、ぼんやりとした街灯だけが照らし出す次元の狭間をゆったりと歩いて行く。この空間を支配する、穏やかな静寂を乱すことのないように。


 やがて行く手には、光の柱の立ち並ぶ廻廊が現れる。この場所は、あらゆる時代に繋がっていて、ちょうど中央にそびえ立っているものが未来へと続く柱だった。鮮やかに燃える青い炎のような、闇を貫いて輝くそれに向かって足を踏み出せば、再び世界は暗転した。




「AD1100年、未来ヘノ着地を確認しマシタ。観測地点、エルジオン・エアポート」

「にゃー」


 閉じていたまぶたをリィカとヴァルヲの声でそろそろと開き、千尋せんひろの闇から唐突に眩しい光の中へと連れ出された身体を、ゆっくりと慣れさせて行く。パチパチと瞬きをすれば、淡い色合いの空に遮るもののない太陽が燦然と輝いていて、真白い雲の群れに点々と浮かぶ島々の中、オレ達は天空の街の舳先へさきに立っていた。


「それじゃ、エルジオンまで駆け抜けるわよ!」

「露払いは任せるでござる!」


 頼もしい声と共に、二つの背中が我先にと駆け出して行く。


「あっ、ちょっと待ってくれよっ!」


 リィカと顔を見合わせ、オレは苦笑を浮かべると、二人を追って駆け出した。初めてこの空に浮かぶ港に投げ出された時の心細さは、もうどこにも無かった。あの頃は、攻撃性の高いサーチビットがウロウロしてる場所を、こんなにも気軽に駆け抜けられる日が来るなんて思ってもみなかった。


 実際、数々の修羅場をくぐり抜けて来たオレ達が、この辺りの敵に遅れを取ることなんてあるはずもなく。何度か空中を滑るようにける無人の乗り物、カーゴシップを乗り継いで目指す曙光しょこう都市・エルジオンのエントランスに辿り着いた時も、誰一人として顔に疲れを浮かべてはいなかった。




拙者せっしゃだけで十分でござったな!」

「ほんと、頼もしい限りね」


 コツリと拳をぶつけ合っている過去と未来の二人組に、なんとなく感慨深いものを感じながら、首が痛くなりそうな程に天高くそびえ立つ白亜の巨塔を見上げる。


「しかし、何度見ても壮観だよなぁ……」

「なによ、もう慣れたでしょ?」


 首を傾げながら、門だけで錚々そうそうたる威容を誇るエルジオン・エントランスへと、何の気負いもなく足を踏み入れていくエイミの姿に、普段は意識させないけどやっぱり彼女は未来の人間なんだよな……と改めて実感させられる。やけに仰々しいセキュリティを抜けて、もはや慣れ親しんだ駆動音と共に開く扉の向こうへ足を踏み出せば、やたらと清潔感のある無臭の空間がオレを出迎えた。



(これだよ。未来に来た、って感じがするよな……)



 普通の街に足を踏み入れれば、その土地特有の匂いがするもんだが、エルジオンにはそれがない。人工の閉じた街だからなのか、常にドローンが巡回して街を清掃して回っているからなのか、はたまたあちこちに設置されているらしい、無数の清浄機が仕事をしているからなのかは分からないが。


 あまりに高く細長い建造物群はエレベーターとやらで繋がれ、何もかもがガラスと金属で彩られた街は、いつ見てもどこか冷たく硬質なものに映る。その印象は、街中に目を楽しませるための草花が程よく配置されていても、この街に生きる人々がどれだけ温かい存在であるのかを知っても変わることはなく。建物の隙間から覗く空が、地上では考えられないほどに限りなく近いことを感じさせられるたび、奇妙な浮遊感が落ち着かない気分にさせる。久々に過去からやって来ると、なおのことそうだ。


 それは2万年前から来たサイラスも同じなのか、やはりどこかソワソワとした感じで忙しなく、ツルリと磨き上げられたエルジオンの床を確かめるように歩いていく。そんなオレ達を見て、いつもは後ろをついてくるリィカが、気をかせたのか先に立って歩き始めた……のだが。




「……リィカ、非常に言いにくいんだが」

「イカガしマシタか、アルドさん?」


 振り返るリィカに、オレは彼女が曲がろうとしていた角と反対の方向を指差した。


「道、間違ってるぞ」

「にゃー……」


 アンドロイドにもかかわらず、そして全てのマップデータを把握しているにもかかわらず、いつもの方向音痴をここぞとばかりに発揮するリィカ。エイミも言いにくかったのか、どこかホッとしたような表情を浮かべてこちらを振り返った。


「……面目めんぼくありマセン」

「いや、誰しも得意不得意ってものがあるからさ。気持ちは嬉しかったよ……もう、大丈夫だ」


 リィカのお陰で気持ち的に復活したオレは、それこそ幾度となく通ったイシャール堂までの道を、エイミの隣に立って歩き始めた。巨大エレベーターでシータ区画からガンマ区画へと移動し、慣れた道のりをのんびりと歩きながらエイミと言葉を交わす。




「エイミの親父さん、元気にしてるかな」

「うちの親父が、しょぼくれてるトコなんて想像できる?」


 そう聞かれて、いつも筋骨隆々の腕を見せつけて、武器や防具をキラキラした目で改造しまくっている、エイミの親父さんにしてイシャールの店主・ザオルの姿を思い返した。


「そいつは、無理だな……」

「でしょ?心配するだけ損よ……あ、映画館に新作がかかったみたい」

「おっ、また『ゴブリンのはらわた』みたいな、面白い映画だったら行きたいな。ほら、前に一緒に観に行った」


 エイミはその時のことを思い出したのか、嬉しそうな笑顔……どころか苦々しい表情になって、とがめるような視線をオレに向けた。


「前から言おうと思ってたけど……あなたって、映画のセンスが最悪よ。そもそも、聞いたわよ?リィカとは、王道のラブロマンスものを観に行ったらしいじゃないの。そこで、どうして私が『ゴブリンのはらわた』なのよ!」

「え……いや、どっちも面白かったと思うぞ?」


 素直な感想を告げれば、その回答ではお気に召さなかったのか、明らかに不機嫌な表情でそっぽを向いてしまう。参ったな、と思い頭を掻いていると、背後からサイラスにコソコソと囁かれる。




「アルド、そういう時は『埋め合わせ』と言う形で、女子おなごと次の約束を取り付けるでござるよ」


 サイラスからの謎のアドバイスに、そんなんで良いのか?と首を傾げながら、言われた通りに提案する。


「えっと……それじゃあ、次はエイミの好きな映画に連れて行ってくれよ。前の埋め合わせにさ」


 そう告げると、エイミは魔法のようにパッと顔を輝かせて頷いた。


「ほんと?約束ね!」

「お、おう……ほら、着いたぞ」


 勢いに押されて頷きつつ、いつの間にか到着していた武器屋・イシャール堂の門戸もんこを潜る。心無しかヒヤリと涼しい店内に、整然と壁際で展示された剣が無骨な輝きを放っていて、剣士としての血が騒ぐ。店主の大雑把さからは想像のつかない、今日も美しく掃除の行き届いた店内は、きっと未来のテクノロジーの賜物たまものだ。




「ただいま!」


 元気良く声をかけて店に飛び込んだエイミに、ちょうど作業中だったらしいザオルが、手元の防具らしきものから顔をあげて相好そうごうを崩した。


「おぉ、エイミ……と、アルドか。今度はどんな厄介事だ?」


 ニヤリと笑って問いかけるザオルに、エイミが頬を膨らませて腰に手を当てた。


「ちょっと、久々に帰って来た娘にそれはないでしょ!」

「はは、悪い悪い。よく帰ったな……それじゃ、親孝行な娘は顔を見せに来ただけで、特に頼み事もないんだな?」

「それは……あるけど」


 目を泳がせるエイミに、何年も娘をやってても遊ばれるもんなんだなと苦笑しながら、ポンとエイミの肩を叩きつつ前に出る。


「親子水入らずにしてやりたいのは山々なんだが、お察しの通り依頼があってさ。ちょっとお安くサウンド・オーブが手に入らないかな、と」

「サウンド・オーブだぁ?カン違いしてもらっちゃ困るが、ウチは道具屋じゃなくて武器屋だぞ」


 どん、と胸を張るザオルに、オレは「そりゃもう」と頷いた。




「でも、あるんだろ?在庫」

「……ま、あるんだけどな」

「……最初から、そう言いなさいよ」


 呆れたようなエイミの声に、オレ達は顔を見合わせて笑った。


「まぁ、タダではくれてやらんがな」


 ニヤリとしながらトントン、とカウンターを指先で叩くザオルに、オレも心得たと頷く。


「分かってるよ、部品を取ってくれば良いんだろ?」

「おぅ、分かってるじゃねえか。取って来て欲しいパーツは……こいつだな。三個ほど、ちゃちゃっと頼むぜ。お前さんなら楽勝だろ?」


 工具箱の中をガチャガチャと漁り、ぽいと投げ渡されたそれをリィカに渡す。彼女が頷いたのを見て取って、オレもザオルに向き直り引き受けることを了承する。


「大丈夫みたいだ。それじゃ、行ってくる」

「話が早くて助かるぜ。こっちはサウンド・オーブをきっちり揃えといてやるから、安心しな。よろしく頼んだぞ」


 挨拶もそこそこに来たばかりのイシャール堂を飛び出して、廃道ルート99までの道をひた走る。




「随分とアッサリ話がついたでござるな?」

「エイミの親父さんとは、そこそこ長い付き合いになるしな。こんなもんだよ……リィカ、データは揃ってるか?」


 振り返って問えば、データを参照中なのか鋼鉄の髪を振り回しながら走っていたリィカが、危険な挙動を止めて声をあげる。


「データ照合の結果、目的地デアル廃道ルート99を巡回スル、レッドサーチビットに組み込まれているモノと推測されマス!」

「よっし、それじゃいっちょ部品を分捕ぶんどりに行きますか!」

「ちょっと言い方!あくまで合成人間の戦力を削る『ついで』なんだからね、ついで!」

「にゃーん?」


 ぎゃいのぎゃいのと騒ぎながら、廃道へと抜けるゲートの認証をパスし、夕暮れに染まりつつある外の世界へと躍り出た。エルジオンの繁栄とは正反対の極致にあるこの場所は、人間と敵対関係にある合成人間や、その支配下にある偵察・迎撃用のサーチビットがそこかしこを徘徊している、未来がさらされている脅威との境界線にある場所だ。


 かつてはサーチビットが複数体出て来ただけで涙目になっていたものだが、今やみんな死線を超えて力をつけたのはもちろん、サイラスと言う心強い味方を得て、戦術の幅が広がったことは大きく、面白いほど鮮やかに戦うことが出来ていた。


「ふんっ!」

「行くわ……っ!」


 向こうではエイミとサイラスが戦っていて、サイラスの腰を溜めた斬撃に、ぴたりとタイミングを合わせて地を蹴ったエイミの爪先が、迷いなくサーチビットの横腹を捉えて叩きつけられる。




 ギャリィイン――




 パァンっ!


 小気味良く鳴る音と共にサーチビットが撃墜され、見事なまでの連携プレーに思わず見とれていると、こちらにも新たな敵勢が群れをなしてやって来た。敵の中には目的のレッドサーチビットが紛れていて、奴は司令のような役割を果たしていることから、かつての難敵だった時を思い出し、思わず剣を握る手にも力が入る。


「制圧させて頂きマス」


 あくまで淡々と隣で巨大なハンマーを構えるリィカの頼もしさに、オレも気を引き締めつつ力を抜いてゆったりと剣を構えた。


「あぁ、背中は任せたぞ……行くぜっ!」


 爺ちゃん仕込みの回転斬りを工夫して、より威力が出るような斬撃へと昇華したエックス斬りで、サーチビットの群れを一網打尽にする……はずが。


「悪い、討ち漏らした!」

「問題ありマセン……ノデっ!」




 ズッダァアアンッ


 一体だけ残ったレッドサーチビットを、振り回すだけで重心を取られそうなハンマーで、凄まじい音を立てながら寸分の狂いもなく仕留しとめる姿に、オレも負けてられないなと笑う。


「敵性勢力の掃討ヲ確認しマシタ」

「よし、次もこの調子で行こう!」


 ハイタッチを交わして駆け出すオレ達の背中に、向こうで新たな戦闘に入ったらしい、サイラスの気合がもった一声が届く。


「刀のサビとなるでござる――!」

「ありゃ完全に楽しんでるな……おぉいサイラス、あんまりはりきり過ぎるなよ!」


 オレが声を張り上げるも、聞こえていないのか「せいやぁああっ!」と言うおとこくさい掛け声と、斬撃音……それから。


「OK、どんどん行くわよっ――!」

「エイミさんガ、アノ調子デスので……」


 オレ達は顔を見合わせて肩をすくめると、二人が盛大に破壊して回っているサーチビットから、部品を回収することに専念するのだった……そうしてチマチマと部品を拾い集めること数十分。




しまいでござるっ!」


 サイラスの一撃で沈んだレッドサーチビットが、最後の部品を落として沈黙する。


「よし、これでザオルの依頼品は集まったな」

「うむ……さて、参ろうか」


 何事もなかったかのように刀を納めるサイラスの姿に、オレは思わず溜め息を吐いて脱力した。まあ、体力があり余っているようで何よりだけどさ……と思いながら、イシャール堂までの道を再び急ぐ。


 既に日が沈みきったエルジオンは、きらきらときらめく文明の光が照らしていて、例え夜でも明るく世界は輝いている。星々の動きと月明かりだけを頼りに、夜闇を駆け抜けた古代の日々を思い返しながら、明かりがあるだけで感じる安心感に息を吐く。ニヤリと笑うザオルの顔が彫り込まれた看板が目印のイシャール堂は、さすがに店仕舞みせじまいなのか照明が落とされ始めていた。


「いま戻った!」

「おうおう、まさか今日中に全部集めて来たのか?お前さん達も、腕を上げたな……ほら、約束のサウンド・オーブだ。今夜はもう遅いから、ウチに泊まってけよ」


 人の良い笑顔をニカリと浮かべるザオルに、オレはサウンド・オーブを受け取りながら慌てて首を横に振った。


「いやいや、さすがにそこまで世話にはなれないよ。普通にいつも通り、ホテルにでも泊まるさ。ああ、でもエイミは折角の実家なんだし、泊まって行くと良いんじゃないか?親子水入らずで、積もる話もあるだろうしさ」

「私達親子に、そんなものないわよ……でも、そうね。リィカちゃんと女の子同士で積もる話があるから、そっちはアルドとサイラスの男二人でホテル暮らしを楽しんで!それじゃ、おやすみ!」

「ハイ?アノ、エイミさん……?積モル話トハ一体ッ!」


 あの鋼鉄のエイミが腕を引かれてズルズルと店の奥へと連れ込まれる、恐ろしい光景を目の当たりにしてしまったオレ達は、黙って顔を見合わせると大人しくホテルへと足を向けた。そして男二人、寂しく部屋にこもって……なんてことはなく。




「「かんぱぁい……!」」


 ホテル・ニューパルシファルの、レストランフロア……どこか品格の漂う空間の一画。


 少しだけ抑えた声量で、それでも抑えきれない喜びと共にグラスをぶつけ合う。オレはまだ酒が飲めないのでジュースで、サイラスは当然のごとく酒で……オレ達の胸の高鳴りを映し出しているかのように、グラスの中の琥珀色こはくいろの酒がとろりと揺れる。期待に胸をはずませながらオレはソワソワと、サイラスは豪快にグラスをけながら駄弁だべっていると、待ちに待った瞬間がやって来た。


「お待たせ致しました……エスタ風ローストビーフ、ラウリー麦のクスクスと有機野菜のサラダを付け合わせに、お好みでヴァン・ルージュまたビガラードのソースを添えてお楽しみ下さい」


 丁寧な物腰のウェイターが、何やら呪文のような言葉をつらつらと唱えて、優雅な仕草でオレ達の前に皿を置くと深々と一礼をして去って行った。ただ、それに礼を言っている余裕もなく、いっそ芸術的なまでに美しく盛り付けのされた皿に目は釘付けだ。



(ふぅぉおおおお……うまそう……っ!)



 さすがにこの空間で、そんな奇声をあげるワケにも行かず、口元を抑えて悶絶する。


 淡く霜の降った肉が、蒸し焼き特有の魅惑的なバラ色に染まってつやめいている。向こう側がけて見えそうな程に薄くスライスされたそれが、触れれば壊れそうな花弁はなびらのように幾重にも折り重ねられ、周囲に飾られたサラダの鮮やかな緑との対比が美しい。


「「い、いただきます……」でござる」


 ゴクリと生唾を呑んで、壊すのがもったいないような盛り付けの一画を突き崩し、一口。


「「―――っ!」」


 オレとサイラスは同時に目を見開いて、声にならない歓声をあげた。


 口に入れた瞬間に感じる、ホロリと溶けるような食感。噛めば噛むほど、肉の旨味と言う旨味を、全て詰め込んだような肉汁があふれ出し、口の中が幸福感で満たされる。試しに『お好みで』と言われたソースをつけてみるが、これもまた複雑な香りと苦味と酸味が広がって……オレには複雑すぎて、シンプルな肉だけでいいと脇に避けておく。




「いやはや、最初にこのホテルとやらへ来た時は、宿屋風情ふぜいがパルシファル宮殿の名をかたるとは何たる不敬!といきどおったものでござるが、これを食べれば手の平も返したくなるでござるよ……」

「ああ、これが培養肉?とかなんとか……とにかく、本物の肉じゃないって言うんだから信じられないよな。むしろ普通の肉より美味うまい……未来でしか味わえない贅沢ぜいたくってヤツだな」


 うっとりと味わいながら、お互いに料理を口元に運ぶ手は止まらない。酒も付け合せも進む、まさに魔性ましょうの肉……


「これを逃すなど、女性陣はもったいないことをするでござるな」

「全くだ。やっぱり人間、肉あってこそだよな……」


 サイラスも、カエルになる前は人間だったからか、その意見には深々と頷いて同意した。


「今夜は男同士水入らず、気兼ねなく飲み明かすでござるよ!」

「ああ、朝まで付き合ってやるよ」




 そうして、眠らない街エルジオンの夜はけていく……




 翌朝、酒臭いサイラスとホテルの人が包んでくれた弁当が、例のローストビーフだったことで昨晩の酒宴があっさりバレて、エイミから大目玉を食らったことはまた別の話。








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