第99話 弟子入り
10日ほど経ち、イーリスを連れた俺たちは無事入国審査を終えてダルクに入っていた。
審査中は前回同様ステア村にあるアイラの家に滞在し、イーリスに簡単な魔法の基礎を教えながら過ごしていたが、わずか数日で魔力の知覚までできるようになってしまうなど、その才能の片鱗は大いに俺たちを驚かせた。
「――さあ、ここが師匠たちの家だ! 最初が肝心だから、しっかり挨拶するんだぞイーリス」
アイラは緊張した面持ちのイーリスの手を優しく引きながら中に入っていく。
「お、お邪魔します!」
「おやおや!こりゃまた可愛らしいお嬢さんじゃないか!」
「――ほほう、黒ヒョウの獣人とは珍しい。よく来たのう」
「こ、こんにちは! ボクはイーリス=フルースといいます!――お二人の弟子になりたくて来ました!」
「アタシはメリカ=ベルベットだ! こっちの爺さんは旦那のルシルバ。元気があっていいじゃないか!――さあさあ、上がった上がった」
メリカさんに促されつつ中に入り、リビングでお茶を飲みながら改めて今回の件を説明する。
「――なるほどねえ、確かにダルクなら獣人だろうがハーフだろうが差別はされないだろうし、この子には丁度いいかもしれないねえ」
「だが、婆さんの“しごき”は厳しくて辛いものになるぞ……覚悟はできとるかのう?」
「痛いのも辛いのも慣れています! 早く強くなってユウガとアイラと冒険したいから、いっぱいがんばります!」
「――小さいのに随分苦労してきたようだねえ……でも、目は死んじゃいない。辛い過去を乗り越えようとする意思があるのはいいことだよ!」
メリカさんは少し考え込むように視線を落とし、再びイーリスの目を見つめる。
「……よし、わかった!そこまで言うならアタシ達で面倒をみてやろうじゃないか!――まったく、これでこの子が成人するまではあの世に行けなくなったよ!」
「ほっほ、当分行くつもりもないのによく言うわい!」
「良かったなあ、イーリス!」
「はいっ!これから精一杯頑張ります!」
「さて、それじゃあ早速ビシバシ修行を――と言いたいところだけど、イーリスの本格的な修業は四王会議が終わってからにしようかねえ……これからダルクには外から大勢入ってくるし、アタシ達も警備に駆り出されることになってるのさ」
「すでに引退したお二人まで駆り出されるなんて、そんなに大きなイベントなんですか?」
「大きいなんてもんじゃないさね! 4年に1度の一大行事だよ!」
「各国の王たちは、到着時と帰国時に結界とルーテウス城までの間を専用の馬車を使ってパレードしながら移動するんだ。王達を一目見ようと、各国から押し寄せた観客でダルクの街中が人でごった返しになる――きっとユウガも驚くと思うぞ!」
「ただの会議じゃなくて、四国の国民が一堂に会する大イベントってわけか……でもアレナリアとレウス王国は帝国のせいで来れないんじゃないか?」
「この時期だけ各国を結ぶ転送魔法陣が特別に解放されるんだ。 ちょうど3日後……会議の10日前から結界の前に専用の魔法陣が設置されて、各国から人々がやってくる。――5日間かけて抽選と入国審査が行われるんだが、正直この期間はダルクの外に出ない方がいいだろう」
「今の話だと結界の外がすごいことになりそうだな……! 特に用事もないし、しばらくは地下で大人しくしているとしよう」
「何言ってるんだいユウちゃん、あんたもアイラも警備を手伝ってもらうよ! こんな“か弱い”老人まで駆り出されるんだ、若いもんにはしっかり働いてもらわないとねえ!」
「――やっぱり、そうですよね……具体的には何をすればいいんですか?」
「冒険者の警備応援はギルドが仕切ってるから、細かい話はこの後ギルドへ行って聞いておいで! 分かってると思うけど、この結界内部は許可された魔法以外は使えないから注意しとくんだよ!」
「そういえばそうですね……! アイラとの連携含めて考えておきます!――じゃあアイラ、早速ギルドへ行ってみようか」
「そうだな、早めに持ち場の確認をしておいた方が作戦を立てやすいだろうし、すぐに行こう。イーリスは夕飯の支度の手伝いを頼んだぞ!」
「はい!二人とも気をつけて!」
ギルドへ向かう途中に商店街を通りかかったが、どの店もこれから訪れる“書き入れ時”に備えて忙しそうに商品陳列などをしていた。
ちょっと盛り過ぎじゃないかと思うくらい高く商品を積み上げている店もあったが、きっとそれすら売れてしまう程の人が集まるのだろう……
「そういえば、四王会議の期間って宿はどうなるんだ? そんなに人が来るならどう考えても足りない気がするんだけど……」
「ユウガの言う通り宿が一番の問題なんだ。まあ、大抵は結界の外で野宿か、転移でそれぞれの国に帰って宿に泊まる場合が多いと思う」
「やっぱそうだよなあ……でもそれだけ多くの人が集まったら、アイラの魔眼で拾う感情も膨大になるんじゃないか? 正直今回ばかりはアイラに休んでもらって、イーリスの修行に付き合ってやる形でもいいと思うんだが……」
「師匠の手前、一応受けるとは言ってみたが、本音で言えば少し不安だ……前回ダルクで会議が開催された時もケインズたちと見に来たが、結局耐えられずにすぐにステア村に戻ってしまったんだ」
「なら決まりだな!存在感知もあるし、俺がアイラの分までしっかりと警備しておくから任せてくれ。――師匠たちには俺からも言っておくよ」
そう言ってアイラの頭にポンと手を置く。
「ふふ……ありがとう、今回はユウガに甘えさせてもらうとしよう」
そんな話をしている内に冒険者ギルドに到着したので、受付へ行って当日の警備について尋ねる。
「あっ、ユウガ様とアイラス様ですね! お二人が来たらギルドマスターの執務室へお連れするよう申し使っております。どうぞこちらへ!」
流れるようなスムーズさで有無を言わさず執務室まで案内され、受付の女性がノックをするとアイクスさんが出迎えてくれた。
「おお!素晴らしくいいタイミングで来てくれましたね! さあ入って下さい」
――その表現に若干引っ掛かったが、すぐに理由は分かることとなった。
部屋の奥に立っていたのは、紛れもなくこの国の女王であるミモザ陛下だったからだ。
「まあ、これはユウガ殿にアイラ殿! 何て偶然なのでしょう……もう一度お会いしたいと思っておりました。お元気そうで何よりですわ」
誰かが部屋の中にいることは分かっていたが、まさか女王陛下がギルドに来ているとは……近衛兵らしき屈強な兵を数人連れてきているとはいえ、自らおでましになるとは普通のことではない。
恐らく今回の四王会議の件で重要な話をしていたのだろう。
すぐにその場で片膝をつき、顔を伏せながら答える。
「お久しぶりでございます、その節は本当にありがとうございました……!」
「陛下に再びお会いできて光栄至極でございます。お話の最中のようですので、また改めて――」
「その必要はありません! 今ちょうどアイクスと四王会議の警備について話をしていたところなのです。この時期にギルドを訪ねていらしたということは、お二人も警備に協力いただけるということでしょう?」
「今回アイラは別用がありますので、私が微力ながら警備にあたらせていただきます」
「そうですか、とはいえ古龍を討伐したユウガ殿の力があれば百人力ですね!何も起きないのが一番ですが、万一の際は宜しくお願いします」
「ちょうど今しがた決まったのですが、我々ギルドは結界門の周辺とルーテウス城に通じる主要道路および広場の一部の警備を行うことになりました。ユウガ君には中央広場の東側を見てもらおうと思っています」
「承知しました。精一杯務めさせていただきます」
「これから少し慌ただしくなりますが、一段落したらまたお城でお茶をしましょうね……是非おふたりの冒険譚の続きを聞かせてほしいわ!」
「ありがとうございます、我々も楽しみにしております……!」
――その後いくつか言葉を交わし、再度お礼を言って退室する。
「やれやれ、軽い気持ちで行ったらとんでもない事になったなあ」
「ふふ、他の国の王より近い存在とはいえ、短期間で二度も陛下にお会いするとは……これでまた城に呼ばれる口実が増えたんじゃないか?」
「だな。まあミモザ様とはもう少し話をしてみたい気持ちもあったから、もし機会があれば是非行ってみよう。――さて、イーリスもが帰りを待ってるだろうし、早く帰ろうか」
そう言って足早に家に向かう二人だった。
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