第97話 奴隷の子①
黒龍のナイフと相乗魔法の訓練を始めて10日ほど経ったある日、俺はアイラと二人で食事の買い出しにナイトガルの市場へ来ていた。
順調に目当ての品を買いつつ市場を歩いていると、一つ向こうの通りから微かに人の怒鳴り声が聞こえてくる。
「なあアイラ、今向こうから怒鳴り声がしなかったか?」
「ああ、どうやら奴隷商人が商品の奴隷を叱責しているようだな……声が聞こえてから集中したので全部は聞き取れなかったが――様子を見に行ってみるか?」
「さすが聴覚の身体強化スキル持ちだな、ここから会話の内容まで聞こえるのか。声の主は去ったようだけど、少し気になるから行ってみよう」
二人で声がした場所へ向かうと、そこにはボロボロの布切れをまとった10歳にも満たないような獣人の少女がうずくまって目に涙を浮かべていた。
――グレーのぼさぼさした髪に黒い丸みを帯びた耳が生え、黒い尻尾がスラリと伸びている。
よく見ると薄っすら豹柄の模様が浮かんでいるため、恐らく黒ヒョウの獣人だろう。
「大きな声がしたので様子を見に来たんだが、大丈夫か? 君のご主人はどこに行ったんだ?」
アイラはしゃがんで少女の目線の高さで優しく話しかけるが、怯えたような様子でこちらを見るだけで返事はない。
「私たちは君に危害を加えたりしない。何があったのか話してくれないか……?」
「――ふたりは……ボクをぶったりしない……?」
消え入るようなか細い声で問いかける少女に、アイラは大きくうなずいて答える。
「もちろんだ! むしろ君が主人にひどい扱いを受けているなら、君を保護したいと思っている……」
「――なあアイラ、奴隷ということは誰かの“持ち物”扱いなんだろう? 勝手に保護してしまって大丈夫なのか……?」
「ああ、問題ない。奴隷の扱いについては帝国を除く各国で共通のルールがあるんだ。意味なく奴隷を痛めつけたり食事を与えない等の不当な扱いをした場合は、奴隷商人の廃業や所有者資格がはく奪されることもある」
「――み、みんな毎日叩かれたり蹴られたりしてる! 今日も市場でお金を取ってくるまで帰ってくるなって……」
「お金を取ってくる? 盗みを指示されているのか?」
無言でうなずく少女。
「決まりだな――ユウガ、少し帰りが遅くなるがこの子を教会に連れていこう。教会なら首に刻まれた奴隷紋を消すことができるし、孤児として引き取ってもらうこともできるはずだ」
「待って! ボク以外にもいっぱい捕まってるの! ボクが帰らないとみんながマスターに叩かれちゃう……!」
「そうか……ならまずはその悪徳奴隷商人を何とかしないとな。ユウガ――」
「ああ、分かってるさ、買い出しは後回しだな。乗りかかった船だ……きっちり皆を助けてあげよう!」
「ありがとう! みんながいる場所はボクが案内します!」
「その前に自己紹介をしようか。私はアイラス=マティーニ、アイラと呼んでくれて構わない。こっちはユウガだ……君の名前は?」
「ボクはイーリス。イーリス=フルースといいます!」
こちらを見つめるイーリスの目を見ると、右目が青色、左目が黄色をしていた。
確かアイラに出会った時、左右で目の色が異なるのはハーフの特徴だと言っていたな……
じっと目を見つめていると、イーリスは少し怯えるように目を伏せる。
「ご、ごめんなさい。ボクは人間と獣人のハーフだから……ごめんなさい」
再び消え入るような声でつぶやく様子を見たアイラは、イーリスの両肩に手を置いて優しく語りかける。
「ほら、見てごらん。私もハーフエルフだから心配しなくていい。――左右で目の色が違うだろう?」
「ほんとだ……さっきまで緑だったのに、何で?どうやったの?」
「魔法を使って色を同じに見せているんだ。エール王国以外の国ではハーフや混血に対する差別がいまだに根強い……だから国を出る時は色を変えているのさ」
「――アイラすごい……ボクにもできるかな?」
「魔法の素養があればイーリスにもできるが……ユウガはどう思う?」
アイラはそう言いながら、チラッと目配せをしてくる。
――なるほど、鑑定で調べてほしいということか。
早速イーリスに向けて鑑定を発動する。
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イーリス=フルース
職業:魔法使い
スキル:身体強化(小)、魔力強化(中)、隠密
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火:C 水:A 風 :A 土:C
光:D 闇:D 時空:D
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「うーん、そうだな……中々の魔力を持っているみたいだぞ?」
[ ――怪しまれてもいけないから念話で補足するが、魔力強化(中)を持っている上、水と風の適性はAだ。かなり優秀な素質があると思う ]
それを聞いたアイラは、笑顔でイーリスに話しかける。
「良かったな! イーリスなら訓練すればすぐに魔力を知覚できるだろう。目の色を隠せれば、少なくともハーフだからという理由で差別されることはないはずだ」
その言葉にニッコリと頷くイーリス。
隠蔽魔法で目の色を変えるのは決して本質的な解決方法ではないが、この表情から察するに、ハーフであるという理由で差別を受けてきたのだろう。
加えてイーリスは獣人だ。
こんな年端もいなかない少女が一体どれだけ辛い目にあってきたのか……
奴隷に関する各国の取り決めがあることに多少安堵したものの、これがエール王国以外の人間が治める国の実態かと、一抹の寂しさを覚える。
「――さて、それでは皆を苦しめる悪徳商人を懲らしめに行くとしよう!」
「はい! ではボクに付いて来てください!」
イーリスに付いてナイトガルの南西に向かって歩いていく一行。
先頭を歩くイーリスの後ろ姿を見ていると、獣人だけあってかなり身軽でしなやかな足さばきをしていることに気付く。
獣人の身体能力の高さに加えて身体強化を持ち、更に魔法の素養まであるのだから、差別さえなければ、さぞかし優秀な騎士や冒険者になれるだろう。
そんなことを考えながら歩いていると、イーリスはふいに立ち止まってこちらを振り向く。
「あそこ! みんなはあの建物の下にいます!」
指さした方向を見ると、一軒の古びた建物があった。
存在感知を詳細感知に切り替えて内部を探ると、店の中には陳列棚にあれこれと商品が並べられている様子が見て取れる。
どうやら表向きは雑貨店を装っているようだ……
店内には3人の男がおり、一人は恰幅のいい中年の男、もう二人は用心棒だろうか、屈強そうな肉体を持った男が奥に控えている。
[ アイラ、建物の中は店舗に偽装されている。上には商人と用心棒が二人、地下には子供10人と見張りらしき男が一人配置されている ]
[ 承知した。地下への入口がどこにあるかは視えるか? ]
[ ――そうだな、用心棒がいる奥の小部屋に階段があるようだ。うまいこと上と下の連絡を絶っておかないと下にいる子供たちが危険だな…… ]
[ なるほど、では何とかして用心棒二人を同時に引き付けて倒そうか。もし失敗して片方が地下へ向かう素振りを見せたら即、地下の制圧に目標を変更しよう ]
念話による作戦会議を終え、屈伸をしながら二人に開始の合図をする。
「さて、それじゃ行こうか! 俺とアイラで行ってくるから、イーリスはここで待機していてくれ」
「もし危ない状況になったら、すぐにさっきの場所まで逃げるんだぞ」
不安と緊張の入り混じった表情で頷くイーリス。
「マスターの他に3人いるの、毎日ボクたちを叩いてくる怖いおじさん――ふたりとも気を付けて……」
店の周囲に怪しい存在がないか確認しつつ店内に入ると、奴隷商人と思しき太った男が床を軋ませながら歩いてくる。
「いらっしゃい、何をお探しかな?」
「ああ、特に欲しいものはないんですが、この店に獣人の子供が無理やり連れ込まれていく所を見たって言う知り合いがいたもので……」
「はあ、うちは見ての通り普通の雑貨店だ……その知り合いの見間違えではないかな? ほら、この店は独特な匂いがするだろう?これは薬草を煎じた特殊な薬のニオイなんだ――」
商人は全く動じる様子もなく言葉を続ける。
「この店は獣人にもよく効く薬を扱ってるんで、頻繁に獣人の客も来るのさ。
――だが大層苦い上にこのニオイだ、子供は薬の匂いがする店に入りたくなくて、店先で泣きわめくなんてこともあったかもしれないなあ」
――ちゃんと言い逃れのストーリーもできてるって訳か。
なら、言い逃れできないように言ってやるとしよう。
「そうだったんですか! 確かにこのニオイは子供は嫌がるかもしれませんね。
そんなことより……どうして“下”から生物の気配がするんでしょう?
子供らしき気配が10ほどあるようですが、これについてはどう言い訳をするつもりなんですか?」
「チッ……感知持ちか。おい!お客様が“お帰り”だ!」
その声と共に奥から二人の用心棒がのそりと出てくる。
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