第85話 懺悔②
失意に打ちのめされる私に追い打ちを掛けたのはセピオの死だった。
アドルフの“温情”という形で通路を挟んで向かいの牢獄に入れられていた私とセピオは、魔力封印の枷を付けられ水だけを与えられながら、お互いに衰弱していく様を見せられていたんだ……全く“趣味のいい”話だよ。
元々衰弱していたセピオは4、5日経った頃、一言だけ『ごめん』とつぶやいたのを最後に、私の問いかけに答えることは無くなった。
物言わぬ体になったセピオは私のいる牢に移され、私はそこから更に数日間――セピオが徐々に朽ちていく様子をただひたすら眺めることになった。
地下の牢獄はジメジメと蒸し暑く、瘴気が立ち込める劣悪な環境だったので腐敗の進行が早く、悪臭が立ち込める牢獄の中……私は絶望と怒りで発狂寸前だった……
だが、私にはそれすら許されなかった……
瘴気によってアンデット化したセピオが私に襲い掛かってきたんだ。
きっと魔物化したセピオに私が食われるところまでがアドルフの書いた脚本なんだろう。ここまでの全ては奴の目論見通りだったが、最後のワンシーンだけは筋書きから外れることになった――
セピオは私に振り下ろした拳には強力な魔力が込められていた。
特別強い魔力を持っていたセピオは、アンデットとなってからもその体に強い魔力を宿していたんだ。
咄嗟に攻撃を魔力封印の枷で受け止めると、枷にひびが入って魔力の封印が弱まっていくのを感じた。
不思議だよ……あんなに絶望して、もう死んでもいいとさえ思っていたのに、枷が壊れた瞬間に“希望”が顔を出してしまったのだから。
私は……教会に対する烈火のごとき怒りを燃料に、“生きる”ことを選択したんだ。
――使うことはないだろうと思いながらも緊急用として体内に仕込んでいたランダム転移の古代魔道具に魔力を込め、一か八かで起動した。
転移先はピークス山脈のてっぺんかもしれないし、パンデオン大森林のど真ん中かもしれない……そんな危険な賭けだったが、私は勝利したのさ!
――転移先はガルフ帝国の領内だった。
命からがら逃げおおせた私は、しばらく帝国で身を潜めていた。
数か月が経った時、帝国内に神都の教皇が崩御したという知らせが飛び交ったんだ。――私はその理由を聞いて驚いたよ……病死ではなく暗殺されたというんだからね。
――犯人は裏切りの大罪人
キール=ジャックローズ
……こうして私は教皇の暗殺犯として大陸中に指名手配されることになったのさ。
教皇の“転生計画”が失敗に終わったことは溜飲が下がる思いだったが、ありもしない罪を擦り付けられたことに私の中で再び怒りの炎が燃え上がった。
神都の腐敗を白日の下に晒そうと決意し、各地で教会の真実を広めて回る活動していたが……奴らの方が遥かに上手だった。
ありもしない殺人事件や窃盗事件を次々にでっち上げられ、徹底して悪逆非道の人間として人々の間に定着させていってしまった。
身も心も消耗し果てた私は――命を絶つことを決意した。
ただ、どうしても真実を伝えたかった男がいたので、最後にその男にだけは会っておこうとナイトガルへ戻って来たんだ。
――その男の名前はガイエル=シルト
騎士養成学校で苦楽を共にした親友だった。
私が神都に行ってからもよく手紙のやりとりをしていたが、“大罪人”になってからは全く連絡をしていなかったから、正直会ってくれるか不安だった。
だが、ガイエルは私が指定した――さっきまで君たちもいたあの酒場に来てくれた。
私は、嬉しさのあまり夢中でセピオと私が見た真実をガイエルに伝えた――
信じてもらえるか分からず不安だったが、ガイエルの様子を見て信じていてくれいると直感したよ。
侯爵家の当主になり、公国を背負う立場になってもアイツは変わらなかった。
私の話を聞いて涙を流し、ナイトガルで仮の身分を用意するからここで暮らさないかと持ち掛けてくれたんだ。
――そう、ガイエルが用意してくれたのがこのワイナリーだ。
あの日からこうしてワインを作りながら20年あまり暮らしている。
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話し終えたキールさんは、ふうっと大きく息を吐いて目を閉じる。
――掛ける言葉が見つからなかった。
教会という巨大な組織に必死に抗い続けて敗れていったこの男の人生の一端を聞き、俺たちはどんな言葉を掛けたらよいのだろう。
「ふふ、結局私は全てが中途半端で――何も成すことができなかった敗北者だ。こうして真実を話すこともルイーナに話して以来、久しぶりの事なんだよ」
力なく笑うキールさんに最初に言葉を掛けたのはアイラだった。
「キール、あなたは敗北者ではない……! 話をしている時の感情に偽りやごまかしの感覚は混じっていなかった。私は真実だったと信じる! あなたが生きる選択をしたことで真実が闇に葬られずに済んだ……断じて敗北ではないはずだ!」
「アイラちゃんの言う通りだよ。私を含め、キールが各地で蒔いた種は確実に育ってるわ!」
「俺もキールさんに抱いていた疑いは完全に晴れました。代わりに教会に対する不信感はより強まりましたが…… ここまでの話を聞いてふと思ったんですが、キールさんとルイーナさんはどこで出会ったんですか?」
「うふふ……二人の“馴れ初め”について聞いちゃう? ねえキールぅ、私の口からは言えないからあなたから話してあげて!」
「――何で頬を赤らめてるんだ! 別にやましいことは何もない。ある日突然ルイーナが私のワイナリーを訪ねて来たんだ。――〈
「その、酒精紅玉というのは……?」
ある程度時間が経ったワインには酒石というキラキラとした結晶が現れることがあるが、それのことだろうか……?
「魔力を帯びたワインが樽の中で熟成する過程で稀にできる特殊な紅い魔石のことさ。私が作る〈紅龍の雫〉は特に強い魔力が込められているから、そうした魔石ができやすいんだ」
「すっごく深い紅色をした魔石でね! 日光に当てると、見る角度によって七種類の赤色に変化するから装飾品にはもってこいなの!」
「はは、なるほど……何というか、いかにもルイーナさんらしい出会いだったんですね」
きっと、キールさんも驚いただろうな。
その時のことを想像するとキールさんの戸惑う様子が目に浮かんでくる――
「ワインに魔力を込めると味にそんなに変化が出るのか……?」
アイラが不思議そうに尋ねる。
確かに、向こうの世界では魔力は存在しなかったから一体どんな味になるのか想像もつかないな……
「うーん、そうだな……一言で言うと味の濃厚さと深みの次元が変わる」
「例の話を受けてくれたら飲ませてくれるんでしょ? 先にそっちを話してから実際に飲んでみるのが一番だと思うなー!」
「はっはっは! 全くルイーナには敵わないなあ。――じゃあ二人にはまずそっちの話からしようか」
そう言ってキールさんはこちらに向き直って話を始めるのであった。
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