第43話 ロクス城②

しばらく待つと、ギルド前に馬車がやって来た。


ディーゼルに促されて馬車に乗り込み、ロクス城へ向かう一行――



15分くらい馬車に揺られ、そろそろ着くと言うので窓から顔を出して見てみると、そこには城というより“要塞”のような外見をした巨大な建造物がそびえ立っていた。

煌びやかさより堅牢さを重視した重厚な造りで、“外敵”を意識したたたずまいである。


城門まで来ると、ディーゼルが慣れた様子で門番に話しかけ、しばらくすると門が開いて城内に誘導される。


馬車を降り、案内の者が来ると思い待っていると――



「それじゃあ行くか!王の間まで案内するから付いてきてくれ!」


まさかのディーゼルが俺たちを先導する形で城内を進んでいくことになってしまった。


ギルドマスターという立場上、城にはよく来るのだろうが、まるで自分の家のように案内するので少しハラハラしてしまう。

一応後ろからバタバタと数人の兵士が追いかけてきているので完全に“野放し”ではないようだが……



「さあ、着いたぞ!ここが王の間だ。 おおい!入るぞー!」


そう言いながらすでに扉を開けているディーゼル。


念のため、追いついてきた兵士に本当に入ってよいか確認してから玉座の間に入ると、ディーゼルは国王らしき人物と言葉を交わしていた。



「まったく、友人の家を訪ねる感覚で王城に入ってくるのはお前くらいだぞディーゼル。さあ、二人ともどうぞこちらへ!」


そう言って笑いながら一行を出迎える国王。


「立場が変わろうが俺にとっちゃ友人であることに変わりねえさ! 言われた通り連れてきてやったぞ」


「ああ、いつも助かってるよ。まったく、いい友人を持ったものだ!」


――少し赤みががったブラウンの髪は短く整えられ、もみあげから顎にかけて手入れの行き届いた髭を蓄えている。

年齢は40代くらいだろうか――迫力と威厳、そして自信に満ちた顔つきをしており、王というよりは戦場の指揮官といった風貌だ。

その立ち姿には全く隙がない。



「……ユウガ!……ユウガ! 私の真似をして控えるんだ……!」


アイラに小声で促され、俺は慌ててアイラがやっているように片膝をついて頭を軽く下げながら控えていると、王が語りかけてくる。



「二人とも今日はよく来てくれた! 私はロクステラ王国の国王、テラロス=ラートソルだ。――さあ、こんな堅苦しい場所では話に興が乗らないだろう。食事でもしながら話を聞かせてもらおう!」



王に案内されるがまま隣の部屋へ入ると、すでに円卓の上に溢れんばかりの豪華な食事がセットされているではないか!

……すぐにでも食らいつきたい衝動に駆られるが、王の前だからあまり品のないことはできないと我慢しながら席へ着く。


――着席すると、どこからともなく給仕の女性が来て水と葡萄酒を注いでくれた。



「本日はお招きいただきありがとうございます。私はユウガ=スオウ――冒険者をしております」


「私はアイラス=マティーニと申します。同じく冒険者をしております」



「今回テルメア鉱山で起きた災害は本当に不幸な事故だった。――だが、そんな中で百人力の活躍をしたと聞いている……! 国を代表して礼を言わせてくれ」


そう言って頭を下げる国王。


「君たちの活躍で地上付近のけが人を迅速に救助できた。下の階層で閉じ込められていた者たちが誰一人欠けることなく生還できたのは間違いなく君たちのお陰だ!」


「い、いいえそんな……! 我々は大したことはしておりません。ただ目の前のことをやるだけで精一杯でした」


「ふふ、そう謙遜するな。君たちも知っての通り、このロクステラは“技術”の国であり“職人”の国だ。 鉱山の労働者たちは、その一人一人が熟練の技術を持った職人であり、その職人たちを失うことは国の損失に直結する。

――君たちはその力で、未曽有の災害を最小限の被害で食い止めた……いわば国を救ってもらったのだから礼を言って当然なのだよ」


真っ直ぐこちらを見つめて話す王の表情は真剣そのものであり、鉱山労働者一人とて決して軽んじていないことがひしひしと伝わってきた。


――どこかの理不尽で身勝手な王とは大違いだ。

いや……あれはあれで、ある種の“信念”を感じるものではあったが……



しばらく王と歓談しながら食事をとる。

緊張もあって少し舌が鈍くなっている気がするが、どの料理もひと手間が加えられていて素材の味を引き立てる作りになっていた。

味が少し濃いめなのは、肉体労働をする者が多い国柄が影響しているのだろうか……


ディーゼルはというと、王と友人の間柄というだけあっていい具合に場を持たせ賑わせてくれた。

意外と話す内容が面白く、ついつい聞き入ってしまったのは本人に黙っておこう。



そんな和やかなムードで会食をしている内にあっという間に時間が過ぎ、各自食事の手が止まってきた頃に王が話を切り出す。



「今日来てもらったのは、もちろん直接会って礼を言いたかったのもあるが、国の恩人に対して渡したいものがあったからでもあるんだ。――例の物をこちらに」


王に促された侍従の男は一旦下がり、少しして戻ってきた。

――手には子供の握り拳くらいの丸くて透明な水晶が握られている。


「これは……?」


「その水晶は〈転移の宝玉〉という魔道具だ。

古代文明が遺したアーティファクトの術式を解析し、物に術式を付与する我が国の秘術を駆使して作ったものだ。 魔力を込めると魔法陣が展開され、その内部にある人と物を転移させることができる――このロクステラに」


ロクステラ王国に転移だって!?

ということは、今後いつでもこれを使って戻ってこれるということか……!

装備品の関係でこの国には何度も来ることになると思っていたが、これがあれば冒険の幅が一気に広がるぞ!



「ふっ……その顔は喜んでもらえたようだな。国の重要機密に当たるものだから取り扱いには十分注意してくれよ。――ちなみに、24時間以内であれば転移魔法を発動した場所に戻ってくることもできるから活用するといい」


至れり尽くせりじゃないか……!

そんなスゴイものをくれるなんて何か裏があるんじゃないかと逆に不安になってくるほどだ――



「おいおい、これは白金級と一部の金級冒険者にだけ渡している物じゃないか! いいのかよ、そんなに簡単にくれちまって」


あのディーゼルが動揺している所を見ると、やはりこれは相当な代物のようだな……



「ディーゼル……君も分かっていると思うが、私は等級で物事を判断しない。この目で見たものが全てなんだ。今日この二人を実際に見て、宝玉を預けるにふさわしいと思ったまでのことさ」


「そんなに貴重なものを……本当にありがとうございます。掛けていただいた期待に応えられるよう更に精進します……!」


その言葉を聞き、ニコリと頷く王。


「うむ、その意気だ! ちなみに転移先は首都ラートソルの城門横に設定されている。魔法の発動には時間がかかる上、多くの魔力を使うので使用する場面はよく選ぶように。――そうだ、折角だからここで試してはどうだ?」


「い、いえ……それはいくら何でも不敬にあたりますし、24時間以内であれば無断でここに戻ってくる事もできてしまいます……! 試のは後ほどということで……」



「はっはっは! 私がいいと言っているのだ、気にする必要はない。それより渡した水晶がしかと起動するか確かめる義務が私にはある……! さあ、早く魔力を込めてみなさい」


――そこまで言われたら仕方がない

手渡された水晶を受け取り、魔力を込めてみる。


ぼうっと水晶が光った直後、足元に直径約2m程の青白い魔法陣が出現し、俺は急いでアイラを中に招き入れる。


――どうやら複数の術式が順番に起動しているらしく、足元に次々に魔法陣が重ねられていき、徐々に魔法陣の放つ光が大きくなっていった。



これは確かにかなりの魔力を使うな……半分くらい持っていかれてしまった……!


「ふむ、どうやら問題なく起動できているようだな――また会えるのを楽しみにしているぞ!」


再度王にお礼を言って二人で頭を下げる。

いよいよ転移が発動するというタイミングで王が口を開く。


「帝国から混沌の足音が近づいている。 願わくば……君たちが闇を照らす一縷の光とならんことを――」


その声と共に視界が光に包まれる――



‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


「――行ったか」


「ああ、まさか本当に一人で起動しちまうとはなあ。こりゃ感知系に加えて魔力強化スキルも持ってそうだ」


「スキルを偽装している冒険者はそれほど珍しくはない。隠す理由も人それぞれではあるが――ユウガ君は実際に会ってみて信頼に値すると確信したよ」


「それに関しちゃ俺も全面的に同意するぜ。“候補者”としては申し分ねえ。――アイラスの嬢ちゃんも間違いなく金級になれる力を秘めてるしな!」



「幸か不幸か……時代の転換期に生まれた者同士、手を取り合い同じ方向を見据えて“次”に進みたいものだ」



‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


――光が落ち着いた時、すでにそこはロクス城ではなく見知らぬ石作りの部屋の中だった。外へ出てみると、話通り城門が見えたので問題なく転移できたようだ。



「――なあアイラ、最後に王が言っていたのはどういうことだろう?」


「言葉通りに受け取れば帝国が攻めてくるかもしれないということだろう。この数百年大きな戦争をしていない帝国が何らかの動きを見せたのであれば由々しき事態だ。今までの小競り合いとはわけが違う……!」


「戦争の兆候を掴んでいるとして、そんな機密情報を俺たちに教えたのはなぜだ? 水晶をくれたことを考えれば将来に期待して、ということなんだろうけど……」


「……将来の白金級冒険者を囲い込みたいのかもしれないな」


「囲い込み?――もう少し詳しく教えてくれないか」


「そもそも白金級というのは名誉称号のようなものだ。もちろん国家規模の実力を有していることが前提だが――その任命には冒険者ギルドと加盟国の王の推薦が必要となる」


アイラは少し難しい顔をしながら言葉を続ける。


「加盟国同士の協定で表向きは特定の国に属さない“共通戦力”とされているが、実態は推薦した国の軍事力と数えられている場合が多い」


「なるほどな……白金級は“冒険者”と言いながら、ある意味政治的な側面を持った存在ということか……もしかしてこの水晶に居場所を監視する魔法が組み込まれていたりして」


「それなら〈検索〉してみたらどうだ? どんな術式かわかるんだろう?」


「それはいい考えだ!やってみよう」


そう言って久しぶりに検索を行ってみる。


一瞬ズキンと頭痛がし、クラクラと目が回るような感覚がしたが、〈身体強化(大)〉を手に入れてからというもの大抵の反動は我慢できるレベルになってきた。



「どうだった?」


「――これはすごいな、とんでもなく複雑な術式がいくつも絡み合っている……! でもぱっと見、怪しい術式はないみたいだ。アイラが言った通り、囲い込みの線で考えていいのかもしれない」



これは魂への定着は無理だな……

一つ一つの術式を取り込んだ所で、それを組み合わせて事象のイメージをまとめ上げるなんて不可能だろう――



ふと空を見上げるといつの間にか日は高く上がり、すでに昼になっていた。


「さあて、おいしい昼食も済んだことだし商店街へ行くとしよう!」

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