第4話:怒髪天

 カリュー辺境伯家王都家臣団は怒り狂っていた。

 内心では「怒髪天を衝く」思いだった。

 だがそんな感情は表情にも態度にも表さなかった。

 彼らが女神とも慕う、いつも笑顔を絶やさないおおらかなレイティア姫。

 レイティア姫に不安や心配を与えたくないと思っていたのだ。


「姫様、急ぎの帰国、御負担ではありませんか」


 乳母で戦闘侍女でもある初老の女が聞く。

 乳母は強行軍の帰国がレイティア姫の負担にならないか心配していた。

 何十代もの間、何処の王国にも所属せず独立独歩の領主だったカリュー家。

 魔界から溢れ出る魔族魔獣を斃して人々を護って来たカリュー家。

 そんなカリュー家の姫君に負担をかける事が心から申し訳なかった。


「いいえ、全然負担ではありませんよ。

 むしろ領地に帰れることで心がウキウキしています」


 レイティア姫が天真爛漫な笑顔を浮かべる。

 その笑顔を見るだけで家臣達は胸が締め付けられる思いだった。

 自分達が不甲斐ないばかりに卑怯なコノリー王家に臣従しなければいけなかった。

 臣従しなければいけなかったのは魔界からの大侵攻があったからだ。

 あの当時、大侵攻に対抗するために狩りができず領内は食糧難になっていた。


 コノリー王家の平身低頭な態度と食糧支援を受けた事で、カリュー家は家臣領民を飢えさせないために、懇願されたとはいえ臣従という屈辱を受け入れてくださった。

 全ては自分達が不甲斐ないせいだと全戦士が歯噛みしていた。

 歴代の騎士団や徒士団は、大侵攻時でも独立独歩を維持してきたという想いが、彼らに血反吐を吐き血尿を流すほどの訓練をさせることになった。


 今なら、魔界からの大侵攻を撃退して十年分の食糧も備蓄できた今なら、いつでもコノリー王家から分離独立できるのにと、全家臣は思っていた。

 だが約束を重視するカリュー家当主パトリックは、臣従を続けるだけでなくレイティア姫と腐れ外道王太子との婚約も解消しなかった。

 それなのに、このような屈辱的な冤罪を被せられたのだ。


 王都家臣団はコノリー王国の全王侯貴族を喰い殺さんばかりに怒っていた。

 心の中では今直ぐ王城に取って返して皆殺しにしたい想いだった。

 だが、そんな個人的な怒りよりも、レイティア姫の安全の方が遥かに大切だった。

 だから怒りを面に出さずに帰国を急いでいたのだ。

 レイティア姫を安全な領地にお戻ししたら、コノリー王国を滅ぼすと心決めて。


「それは宜しゅうございました。

 もう直ぐ国境に辿り着きます。

 もうしばらく我慢願います」


 乳母は心から申し訳なく思っていた。

 だがレイティアの気持ちは違っていた。


「大丈夫ですよ、我慢などしていませんよ。

 王都にいるよりずっと楽しいわ。

 できればこのまま旅を続けたいくらいよ」

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