魔/法医学者の現代魔術録

春野仙

基礎魔法学 講義

 魔法、それは世の中の事象に直接作用し、それを変容させる技である。


 科学中心の世界で突如として発見されたこの技は次第に解明が進んでいるものの、いまだ、その多くが謎に包まれている。


 例えば、魔法使いとしての適性。魔法使いは脳に法臓という従来の人体にはない臓器があり、それを用いて魔法を用いている。だが、この臓器の不思議な点は、その作用だけでなく、後天的に発生するという点。その原因は不明であるが、本人も無自覚であり、ふとした拍子に試したら使えた、という場合がほとんどである。



「というところまでは魔法の基礎だし、今更だよな。とはいえ、もう少し基礎を復讐していくぞ?」


 そう言って、俺、黒井琺瑯くろいほうろうは皺のついた白衣の袖を捲り、講義資料を次のページへ進める。


 ここは8年前、東京の端に新設された国立魔法大学の一つの講義室。現在は魔法学基礎の講義中だ。もっとも、これは教授という一瞬だけ憧れてしまった名誉職の末のバイトであり、本業は別にある。


 が、幸い立ち見が出る程度には人気の講義であるだけ言っておこう。女子生徒が若干多いのが気がかりだが、男子は単位が取れればそれでいいヤツが多いからな。わざわざ試験が必要なこの科目は取らないのも納得だ。


 そう内心で言い訳をしつつ、真剣に講義を聞いている真面目な学生たちのためにしかたなく話を続けた。


「魔法は大きく二種類に分類できる」

 そう言ってスライドを進める。


 白魔法(アルス):時間を操る魔法(距離も)

 黒魔法(アテル):狭義:重力を操る魔法

 黒魔法(アテル):広義:エネルギーに関する魔法の総称


「で、この広義の黒魔法、アテルには更に基礎魔法系統の三種類に分類できる」

 更にスライドを進める。若干説明が雑だが、基礎だから……まあ、大丈夫だろう。なんなら資料は事前に配布してあるので板書の必要はない。


 赤魔法(ルフス):エネルギーを加える魔法

 青魔法(カレム):エネルギーを減らす魔法

 黄魔法(フラム):物体の構造を操る魔法


「ざっくり言って、こんな感じだ。現時点で質問はあるか?」


 ないな、じゃあ次に……と次に進めようと思たのに、どうやらこの通過儀礼は通じなかったらしい。


 最前列で挙手している貴重な男子生徒を指名すると、奇麗な返事がして質問が飛んできた。


「なぜ、黄魔法フラムは別に分類されているのですか? 物質の変形ならエネルギーの増減で説明できると思うのですが」


 ああ、確かに教科書とか書いてないよな。というか、教科書書く側もあんまり理解してない節がある。


「いい質問だ。確かに物質が変形する時、例えば土からレンガを魔法作る場合、ざっくり言って分子の配列を変化させているに過ぎない。この分子の配列は分子の移動と電子の結合の変化によってもたらされるが、そのためにエネルギーを増加させるべきか、減衰させるべきか、という疑問がある。すぐに分かるか?」


 質問してきた男子生徒に振ってみるも首を横に振る。


 俺は予想通りの返答に満足し、話しを続ける。


「つまりはそういうことだ。エネルギーの増加や減衰の組み合わせで物質の変形は生じるが、それがエネルギーの増減、どちらによっておこるのかはケースバイケース。だから、一々分類する意味がないということだ。だが、どこにも分類されないというのは学問として都合が悪い。よって黄魔法フラムという別ジャンルで括ったということだな。これで大丈夫か?」


「ありがとうございます」


「では、次へ進もう」


 こうして、今日も淡々と講義は進んでいく。


 この後の別の副業も面倒だなぁと思いながらも。




 講義が終わり、生徒の質問攻めを無事に躱して、大学内にある自分の本業部屋に向けて廊下を歩く。すると、背後からタッタッと小動物が駆け寄ってくるような足音が響いてくきた。


 振り返るまでも無く、その人物に心当たりがある。


「先生、この後のご予定は?」


 その声を聞いて確信し、ちらりと目を向ける。


 そこにいたのは城田しろた明香里あかり、という、最近うちの研究室に出入りしている女子生徒だった。


 撫子色のブラウスに膝丈ほどのスカート、背まである長い黒髪。容姿端麗で成績優秀と絵にかいたような優秀な学生で、風の噂では無自覚に男子生徒を屍にしているのだとか。


「午後から、解剖が一件ある。来るか?」


「はい!」


 満面の笑みを浮かべる美少女。この明るさこそ人を引き付ける魅力だと思うのだが、解剖にこの反応はどうなのだろうかとは思ってしまう。


 そもそも、用の有無に関わらず、頻繁にうちの研究室に来ては、世話を焼いて帰るという不思議な存在でもあるのだ。


 もしや……と思い恐る恐る尋ねてみる。


「城田、お前、友達いないのか? 確か飛び級でまだ17だったよな。年の差とかで仲間に入れないとか……」


「もう、失礼ですね。ちゃんと友達はいます!」


「ならいいんだが」


 こちらの心配が気に障ったのか、リスのように頬を膨らまして拗ねているアピールをしているのが可愛らしい。が、油断した瞬間、城田が反撃してくる。


「先生こそ、飛び級に飛び級を重ねて、二十歳という異例の若さで教授に就任した天才じゃないですか。きっと友達なんて作る暇が無かったんでしょうね」


「友達くらい……。あれ、いないかもしれない?」


 若干数名の腐れ縁は心当たりあるが、そもそも友達ってなんだ?


 この思考こそボッチの証と思いながらも、ふと横を見るとものすごく申し訳なさそうに城田がこちらを見ていた。


「その、先生……ごめんなさい」


「いや、謝られる方が辛いんだが……」


 優しさという棘によって全身ズタボロになりながらも無事に我が城、魔法医学研究室に到着した。


「さて、準備しますか」

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