波打つ鼓膜
せいや
波打つ鼓膜
そのあまりに大きな音に、僕は顔をしかめた。
彼は意気揚々と体を動かし、腕を振りながら、その楽器を叩いていた。
僕はその大きな音を出す打楽器が楽器には見えなかった。
「叩いてみる?」
不意を突かれた僕は、反射的に頷いていた。
椅子に座った。ピアノの椅子とは座り心地が違った。社長が座る椅子のように回転した。
座り心地は嫌では無かった。
「ペダルに足を乗せるんだよ」
彼に言われて初めて、私はペダルの存在に気が付いた。私はピアノのペダルを踏むようにそれを踏んだ。音は出なかった。彼は笑っていた。
今度は強く踏みつけた。するとバスドラムのような大きな音が鳴った。しかし音程は分からなかった。私にとってそれは無機質な重低音だった。
今度は上方にあった金属の円盤を叩いた。
私は合点がいった。
これだ。これが耳障りの正体だ。その音は私の鼓膜をつんざいた。私の頭に、無意識にこの音の波形が浮かんだ。その波形は醜く、複雑だった。
「代わろうか?」
彼が言ったので、代わった。
彼は再びその楽器を叩き始めた。
耳が痛かった。文字通り、感覚的な痛みであった。
その響きが、自分の意識が、少しずつ遠ざかっていった。
一人の少女が立っていた。目を瞑って数を数えていた。
「もういいよ」
少女は目を開けて、歩き回り始めた。何かを探しているようだ。
彼女はとても楽しそうに探していた。しかしその表情は少しずつ曇っていった。
「降参!もういい、皆出てきて」
少女は言った。しかし誰も出てこなかったので、もう一度大声で言った。
「降参だってば!」
それでも誰も出て来なかった。少しずつ日が沈んでいた。
やがて少女は泣き出した。大声で泣き出した。金切り声で泣き続けた。その泣き声は、僕の耳をつんざいた。
ふと我に帰ると、男が金属の円盤を叩いていた。
彼は僕とは違う人種だ。
僕はその時、ピアニストになることを決意した。
波打つ鼓膜 せいや @mc-mant-sas
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