第24話 隣に立つ覚悟
誕生日パーティーの翌日。
ヴェサリスに呼ばれて、応接室に入った。部屋には、アルオニア王子と、教育係のグレースがいる。
最初に口を開いたのは、ヴェサリスだった。
「一ヶ月後にパートナー同伴の社交会があり、アルオニア様が出席なさいます。同伴を、リルエさんにお願いしたいと考えております」
「社交会ですか⁉︎ 無理です!!」
「そう思いまして、本国からグレース先生をお呼びしたのです。とても腕のいい先生で、リルエさんを立派な淑女にしてくださいます」
グレースは、アルオニア王子の教育係。王子の誕生日祝いに駆けつけたのかと思っていたら、まさか、わたしの教育のためだったなんて!
王子はどう思っているのか探る目線を送ると、王子は気まずそうにうつむいた。
「すまない……」
「アルオニアのパートナーとして相応しいか、昨日見させてもらいました」
グレースの発する凛とした厳しい声に、身をすくめる。
誕生日パーティーの席で、グレースに見られている気はしていた。試験官のような鋭い視線に居心地の悪さを感じていたけれど、王子のパートナーにふわさしいのか。試験を受けていたらしい。
「率直に言います。食事の仕方、立ち振る舞い、笑顔、言葉遣い、マナー、ダンス。すべてにおいて、最低です。自信のなさが表れている。誰が見ても、アルオニアのパートナーとして相応しくないと烙印を押すでしょう。あなた一人が恥ずかしい思いをするなら、かまわない。けれどパートナーとして同伴するというのは、あなたの振る舞いがアルオニアの評判に繋がるということです。今のあなたが同伴など、迷惑でしかありません」
率直すぎる物言い。言葉の一つ一つが刃となって胸に突き刺さる。
王子は感情を押し殺したような無表情さで腕組みをし、黙りこくっている。ヴェサリスもまた、困り顔で口を閉ざしている。
この場を支配しているのは、グレースだった。彼女には、有無を言わせない貫禄と威厳がある。それでも、王子とヴェサリスがなにも言わないのはおかしいと思う。口出ししないよう言われているのかもしれない。
わたしは泣きそうになるのをグッと堪え、蚊の鳴くような声で答える。
「だったら、誰か別の女性をパートナーに……」
「あなたには、意地もプライドもないのですか? 私はあなたに会いに、わざわざエルニシアから来たのです。別の女性をパートナーにする? アルオニアに対するあなたの気持ちは、その程度ということでよろしいですね?」
「そんなっ! 違います!! パートナーに選んでいただいたこと、とても光栄です。けれどわたしには教養がありませんし、身分的にも……」
「では諦めますか?」
「…………」
「努力をする前に、諦める人間は必要ありません。アルオニアの隣に立つ自信がないのなら、私は帰ります。この子はダメです」
「グレース様っ!!」
沈黙を貫いていたヴェサリスが叫ぶ。王子は悔しそうに唇をきつく噛んだ。
試験はまだ続いている——そんな気がした。わたしの発する言葉によって、未来が変わる。その分岐点にいるように思った。
背中を向けたグレースに、わたしは叫んだ。
「待ってくださいっ!!」
背筋を伸ばし、お腹に力を入れる。
「訂正します。一ヶ月後の社交会。アルオニア様のパートナーとして、わたしに同伴をさせてください!!」
夢をみても無駄だと思っていた。願っても叶わない。困っても助けてくれる人なんていない。幸せは手の届かない場所にある。そう思って、諦めていた。
お金に困っていたわたしに、アルオニア王子は恋人役の仕事をくれた。失敗しても、怒ることなく許してくれた。借金取りに連れていかれそうになったのを、助けてくれた。卒論があるのに、ジュニーとトビンに勉強を教えてくれた。母親とその恋人のことを話しても嫌な顔をせず、そればかりか守ると言ってくれた。
アルオニア王子はわたしに、幸せをくれた。素敵な夢をたくさん見せてくれた。
わたしにだって、意地とプライドはある。貶されたままで終わりたくない。
険しい表情のグレースに、わたしはもう一度叫んだ。
「社交会に出るためのレッスンをお願いします! どんなに厳しくても、決して弱音は吐きません。ですからどうか、アルオニア様の隣に立つに相応しい女性になるためのご指導を、お願いします!!」
グレースは、眼鏡の奥からわたしをじっと見た。心の奥底まで見透かすような、冷徹な眼差し。
わたしもグレースを見つめる。互いに視線を逸らさないまま、緊迫した空気が流れる。
たっぷりと間を置いてから、グレースが口を開いた。
「アルオニアは、将来を期待されています。その隣に立つというのは、半端な気持ちでできるものではありません。幼い頃からレッスンを受けてきた良家の子女と違って、あなたには土台がない。努力したからって、一ヶ月で隣に立てるとでも?」
「でも、努力するしか道はありません。それならわたしは、死ぬ気で努力します!」
「ですが私は、並外れて厳しいことで有名です。覚悟はできていますか?」
「はい!!」
間髪入れずに返事をする。少しでも間が開けば、口先だけの覚悟だと追及される気がしたから。
グレースは背中を向けた。
「来なさい。勉強を始めます」
グレースのレッスンを受けられる、その試験に合格したらしい。
ヴェサリスはあからさまに緊張を解いた息を吐きだし、心臓の上を押さえた。顔色が悪い。わたしたちのやりとりに、終始ハラハラしていたのだろう。
アルオニア王子もまた、表情を崩した。クールな人なのに、瞳が潤んでいる。
王子の唇が動く。声は聞こえなかったけれど、「ありがとう」そう言葉を紡いだように見えた。
わたしは微笑むと、グレースの後をついて行く。
もう絶対に逃げない。弱い自分になんか負けない。契約が切れるそのときまで、わたしはアルオニア王子の恋人なのだから。
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