第20話 誕生日パーティー
誕生日パーティー当日。
わたしとジュニーとトビンはお昼過ぎに屋敷に到着すると、花屋から運ばれてきた生花をテーブルに飾り、マッコンエルが膨らませてくれた風船に紐をつけて浮かせ、『誕生日おめでとうございます』と書いてあるガーランドを壁に飾った。
飾りつけが完成し、ジュニーとトビンがアルオニア王子を呼んでくる。
賑やかになった居間に足を踏み入れた王子は、感嘆の声をあげた。
「これはすごい! 君たちが、飾りつけをしてくれたの?」
「そうだよ! あとね、プレゼントがあるんだ!!」
ジュニーは、手作りのクマのマスコット人形を。トビンは、色とりどりの花が咲いている庭の水彩画を。そしてわたしはマフィンをプレゼントした。
マッコンエルには、三十五個ほどマフィンを食べてもらった。チョコ、さつまいも、カボチャ、バナナ、ブルーベリーといった材料を練り込んだもの。おかずマフィンといって、ウインナーやチーズ、ほうれん草などを入れたもの。さらには、おしゃれマフィンといって、チョコや生クリーム、フルーツをトッピングしたマフィンも作った。
その結果、ナッツを入れたうさぎマフィンをプレゼントすることに決めた。うさぎマフィンとは、チョコペンでうさぎの顔を描いて、棒状のクッキーを二本刺してうさぎの耳に見立てたもの。
王子は、透明なラッピング袋に入っているうさぎマフィンをまじまじと見ている。
うさぎマフィンが子供っぽい贈り物に思えて、不安になる。大人っぽく、ビターチョコマフィンにすれば良かったと後悔していると、王子は瞳を和らげた。
「この一週間。大学から帰ってくると、いつも屋敷中が甘い匂いに包まれていた。原因はリルエ? 僕のために、お菓子作りの練習をしていたの?」
「はい。張り切りすぎてしまいました」
「嬉しいよ。ありがとう」
「子供っぽくてすみません」
「どうして謝るの? このうさぎ、リルエに似ていて可愛いよ」
可愛いと言われて、恥ずかしさで顔が真っ赤になる。
王子は「食べるのがもったいないけれど……」と前置きしたうえで、マフィンを頬張った。
「今まで食べた中で、一番おいしい」
そう言って、目尻を下げたやさしい顔で笑ってくれた。
◆◆◆
アルオニア王子は、屋敷の者だけで誕生日パーティーを行うと話していた。それなのに、見知らぬ女性がいる。
屋敷の関係者……というには、彼女は異質だった。
年齢は六十代ぐらい。縁のない眼鏡をかけており、背中に定規でも入っているかのように姿勢がいい。厳格な教師といった、近寄り難い雰囲気を漂わせていている。
使用人の誰も、彼女に話しかけない。陽気なマッコンエルも、話好きなオルランジェさえ、彼女に声をかけない。
不思議に思ってヴェサリスに尋ねると、アルオニア王子の教育係であり、名前はグレースだと教えてくれた。
「やっぱり……。厳格な先生って感じですものね」
「そうです。とても厳しい人です。リルエさんも気をつけてください。粗相をしたら、グレース先生に説教をされてしまいますよ」
わたしは夕食の席に着くと、背筋をピンと伸ばした。
王子は以前、ジュニーとトビンに食事のマナーを教えてくれた。わたしも横で聞いていた。それを思い出しながら、ナイフとフォークを手に取る。
「カトラリーは外側から順番に。人差し指を添えて、リラックスした姿勢で」
隣に座ったジュニーが、口に出して確認している。
食事はゆったりとした雰囲気で進んだ。料理が運ばれて来るたびに喜ぶジュニーとトビンを、みんなが微笑ましく見ている。
そんな和やかな光景の中。ふと気づくと、グレースがわたしを見ている。眼鏡の奥にある射抜くような鋭い目が、わたしの一挙一動を観察している。試験を受けているような居心地の悪さ。
わたしはすっかり緊張してしまい、食事の味がわからなくなってしまった。
夕食後。ヴェサリスに
「リルエさんに、嫌われマニュアルを授けます」
「え……えぇっ! 嫌われマニュアルですか⁉︎」
忘れていたわけではないけれど、ヴェサリスがなにも言ってこないから流れたものと思っていた。
「でも今日は、アルオニア様の誕生日ですが……」
「だからです。誕生日パーティーで失態を犯す。嫌われるのにピッタリです。この後、居間でダンスが行われますので、アルオニア様と踊ってください。そして、派手に転んでください」
戸惑って返事をできずにいると、「リルエさんは、アルオニア様の隣にいていい人間ではないとおしゃっていましたが、今でもそう思っていますか?」と尋ねられた。
「……はい。わたしでは不釣り合いだと……思っています……」
夕食が終わった直後。グレースに呼び止められた。厳格な雰囲気に合う、毅然とした声だった。
「あなたからは品格が感じられない。誰もがあなたのことを、教養のない庶民だと思うでしょう。どうしてアルオニアはあなたにこだわっているのか、理解できません」
アルオニア王子は、わたしにやさしくしてくれる。でもそれが周りの人の目にどう映っているのか、考えたことがなかった。
身分の差、育ちの違いというものは大きい。教養も品格もないわたしが、王子の隣にいていいはずがない。
「嫌われマニュアルを無理強いする気はありません。どうしますか?」
確認してきたヴェサリスに、わたしは躊躇いながらも、「やります」と決意を口にした。
「では、誰にもフォローできないほどに、大胆に転んでください。いいですね? 大胆かつ派手に転ぶのです」
「……頑張ります」
「音楽が始まりました。さ、行きましょう」
動けずにいるわたしの背中を、ヴェサリスが軽く押す。
砂のように容易く崩れそうな決意を抱えて、ダンスをしているみんなの中に飛び込んだ。
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