第13話 王子は王女とお見合いさせられる
夕飯が過ぎた頃、ようやく魔道具の転移でライさんがお部屋に現れた。何か疲れ切っている。
今日はあのジェシカとデートしてきたらしい。私をこの子爵邸に匿うために仕方なくカールと約束したからと言ってたけど、ライさんが他の女とデートしたので私も何となく気まずい。
「お帰りなさい。デートは楽しかったですか?」
と聞くとライさんは眉間に皺を寄せた。
うっ!イケメンの皺寄せ!かっこよす!!
「いや…全然…。ちょっと不快なことがあってね…まぁどうでもいいか」
ええ?なんなの?まさかジェシカに無理矢理何かセクハラされたんじゃ!!?
くっ!!可哀想な王子様!!
その時王子から香水の匂いがした。ジェシカがいつもつけているやつだ!!私付きの時散々嗅いだ匂い。……やはりジェシカと…。
「ああ…死にたい」
もう死にたいと口にするのがすっかり癖になっている。ライさんはビクリとして
「どうした!?やはりこの環境が嫌なのか?しかし他に安全な所は…」
「ごめんなさい。違うんです。ここでは良くして貰ってます。あのダスティンさんもクールだけど私に優しいし…。私はまだ体力も戻らなくてご迷惑をかけているのに…」
「そうか…。でも前より顔色が良くなってきたとは思うよ?」
とライさんは眩しい王子スマイルを向けてくれ胸がキュンとしたけど…この人誰にでもこう言う顔するんだろうか。王子様だもんね。
「ライさん今度は王女様とお見合いするんでしょ?結婚するの?」
「いや、まだそんなことはしない。興味が持てなくてね…。兄上が強引に勧めてくるだろうが何とか交わしてみせる」
と言う。
「何故ですか?王族の政略結婚なんてよくある話なんでしょう?私が心配だからですか?私なら大丈夫。元気になったらここも出て行って迷惑かけずに何処かでひっそりと息絶えるので。だって私はいらない人じゃないですか。…元の世界にも居場所はないようなものだった…」
ライさんは悲し気に
「そんなことを言わないでください。俺が結婚したらここには来れなくなるだろう。確かにりぼんのことは心配だ。元気になるまでは見届ける義務がある。こちらに呼んだ責任を放棄するなんて俺にはできない。皆君を要らないと言うなら俺が必要としよう。だから死ぬなんて言わないで。いつか笑ってほしい」
とライさんはポケットから蒼いリボンで金の模様の入ったものを私に渡した。
「街で買ってきたんだ。こんなものですまないね。何か目に付いたんだ」
「ありがとうございます…」
私の為にライさんが!でも…義務からとはっきり言われたし、私にも気持ちはないのだろう。なんていい王子なのだろう。
「死ぬならこのリボンで首を絞めますね」
と言うとライさんは
「やはり返せ」
と言ったから私は少し笑った。
「冗談ですよ…」
と。
それを見てライさんはやはり悲しい顔をした。
私は笑顔もダメならしい。死にたい。
しかしライさんは私を引き寄せた。
ええええええ!!
ていうかジェシカの香水臭いって!!
「……………」
「……………」
無言で抱きしめられること数秒だったけどライさんはパッと離れると立ち上がり
「すまない…また来るから死ぬなよ!!」
と言い、魔道具を使い消えた。
「な、何だったの??」
残された私はドキドキしたが、やはりジェシカの香水の匂いだけは嫌だった。
*
りぼんにまた来ると言い、転移魔道具で王宮の自室に帰った。
あまりにも弱々しい笑顔でつい抱きしめてしまったが!
うわーーー!!恥ずかしい!!
今更ながら何をやってるんだ!俺は!!
と言う後悔の波に襲われている。
りぼんにリボンを渡してしまったし。恥死案件だ。
まだ細く折れそうだし気を付けないと…。
ていうかまだってなんだ!この先抱きしめることなんかないって!!
ふとテーブルに置かれた見合い相手の王女の姿絵が見えた。
「政略結婚か…」
珍しいことではない。各国の王族貴族などは普通にしている。ジェシカのように側妃希望の者も多い。まぁジェシカは兄上を殺る気満々で困ったものだが。
俺は気晴らしにとおっさんの部屋に行ってみた。酒を飲み落ち込んでいた。
こないだのルッカ村で盛大に笑われたヨネモリ先生はやる気を完全に無くしていた。
「ヨネモリ先生大丈夫ですか?」
「王子か…。どうも。……あんたの腰の剣でズバッとやってくれたらいいんだが…」
「何を言ってるんですか。酔っているのでしょう」
「あんただけは笑わなかったな。我慢してはいたが…いい若者だと思うよあんた。流石王子と言うかね。王女と結婚話がでとると聞いたぞ」
「はぁ…。でもこれからもヨネモリ先生には瘴気の浄化をしてもらわないといけません。俺もあの黒い巣を視ることができるようになりましたし。先生のおかげで」
「……小園は元気かね?何故かその話をしたら侍従達は黙るのだ」
「………りぼんは…兄上から言い渡され王宮から出されました。今は俺の知り合いに匿ってもらって療養しています…」
「な、なんだと!?……そんなことになっておったとはな!」
「ちゃんと安全な所にいます。こちらがお二人を呼んだのにこんな事になり申し訳ない」
「…あんたはよくやっとるよ…。バカなのは王様だろうが。こんなこと日本だったらありえん!もちろん昔のヨーロッパのように貴族制度くらいは私も知っとるよ。仮にも歴史教師だからな。階級社会のこの制度には無理があるだろうな」
ふいにジェシカの兄上暗殺の言葉が浮かんだが首を振る。兄上が悪いわけではない。唆したのは元老院のジジイ達だ。
だがりぼんはゴミではない。
「小園を救えるのは王子様…あんたくらいだろう。もう小園にはあんた以外頼るものもなさそうだ。私も教師だった頃もっと必死に小園を庇ってやればなぁ…今となっては全部無駄だ」
「無駄なんてことは無いでしょう?人を教える立場にいたのでしょう?貴方は立派ですよ。ヨネモリ先生」
「………っ!」
ヨネモリ先生は酔っ払いながらも泣いていた。
ヨネモリ先生が眠ってしまうとソッと部屋を出た。
ニホンという国はここよりもだいぶ楽そうだな。奴隷もいないし貴族制度もほとんどないみたいだし。
りぼんや先生は本当に帰りたくないのか?
*
隣国コルナリア王国も瘴気の侵攻が徐々に進み出しているそうだ。人々は元々高い丘で暮らし野菜を育てている。
城も高い山の上に建てられている。
そして今、コルナリア王国の姫と呼ばれる王女ヴィヴィアン・オーガスタ・ウォルフェンデン姫が俺の前にいた。
銀髪で空色の瞳でぷくりとしたマシュマロボディ…唇は分厚く鼻は丸く、色白だが頬にはブツブツができている。
ドブスのデブスで…姿絵の美少女とは全く違うものだ。俺は
「あの…本物の姫はどこでしょうか?」
思わず聞いた。
「あら?嫌ですわライオネル王弟殿下!私本当の王女でしてよ?」
詐欺かよ!!!
「しかし姿絵と全く違うのですが気のせいでしょうか?」
「それは気のせいですわね?絵師はいい腕を持っておりますのよ!私そっくりでしてよ」
どこがだ!!!
お前いい加減にしろよ?キレるぞ!?
鏡見て出直して来い!!
「いやあ!ライオネル可愛らしい子豚さんと婚約できて良かったよね!!」
「兄上…俺婚約はいたしませんよ?」
お前もはっきり子豚とか言ってんじゃねーか!どんな政略結婚だよ!!絶対にしないからな!!
「ええ?何で?」
とにこにこ笑う兄上を本気で殴りたくなる。
じゃあ!お前やってみろよ!!
「兄上…瘴気の浄化が終わっていないのに結婚などしている場合ではないでしょう??」
「でも…しとかないと王女の後継も生まれないし。コルナリア王国の王権は代々女王が継いできたし、ライオネルはコルナリアが瘴気に侵される前に結婚して次の女王を産ませないとね!」
それでは俺も道具と同じではないか!!
「兄上……俺は…嫌です!」
「何でさ?コルナリアは同盟国だ。仲良くしておきたい。でもあのおっさんもメソメソしていてウザいよね?力もそんなに強くないようだし、酒は飲むし…そこで兄上考えたよ?」
嫌な予感しかしない!!
「はい、次の聖女を召喚しよう!!もちろん次で最後にしようね、流石にアシュトンの寿命もやばくなるからね」
と兄上はどこか楽しそうに何でもないように言う。しかも
「次の聖女が可愛かったらライオネル結婚してもいいよ?そんなにヴィヴィアン王女が気に入ってるならそっちでも問題ないよ?」
は?気に入ってねぇわ!!
むしろ気にいる要素何処にあったんだ!??
というか次の聖女を呼ぶだと?
するとヴィヴィアン王女は
「まぁ!新しい聖女様と私の勝負ですわね!!私の圧勝で申し訳ありませんわ!」
いやそんなわけないだろう!?どう考えてもあんたの負けだよ王女様!!
その樽体型から何を思って勝てると踏んでるのか!?
「殿下のご趣味はなんですの?私は世界各国の料理を食べることですわ!!」
これ以上食べるのか!!
無理!!
むしろりぼんこそたくさん食べて少しは太ってほしいな。とまたりぼんを考えている。
「おやおや、そろそろ私はこの場を離れようね。二人ともごゆっくり…」
と兄上や他の者達も離れていく。
ガチャリと鍵を閉められ、俺は異変に気付いた。
くっ!兄上!!
「さあ、ライオネル様?こちらのお菓子もお食べください!…あらなんだか暑いですわね」
菓子に媚薬を!!?
ヴィヴィアン王女が迫ってきて恐怖を感じた。
抱きつこうと突進してくるのをサラリと避けてしまった。
「あら?どういたしましたの?ライオネル様…。私…貴方が気に入りましたのよ?はぁはぁ、それにしてもなんて暑いのかしら?」
と目をギラギラさせながら再び俺に向かってくる!!
誰か助けてくれ!!
そこでひょいと天井からガスのようなものが投げ込まれ咄嗟に口を塞ぐ。
布を巻いたカールが
「またお助けしましょうか??」
「っち!ジェシカとのデートは遠慮する!いくら絞られたと思ってる!?」
「じゃあその方を僕にください!」
「はぁ?お前正気か?」
「正気ですよ。魔術師アシュトン様が変身薬の試作品ができたと仰ったのでこんな豚でも容姿が変われば僕でも耐えられるかなって?」
とアシュトンは降りてきて様子を見た。
「まさか…菓子に入れたのは媚薬ではなくその試作品か?」
「そうですよ?殿下が口にしなくて良かったですね?元々警戒してるのと一応殿下の前の皿のは普通のにすり替えておきましたが」
と用意周到な腹黒が言う。
気絶した王女の姿がブクブクと変わっていく。
スラリとした体型に顔のブツブツも消え失せ薄い唇に変わり絶世の美女となった!!
「おお!!やりましたね!成功のようだ!くくくっ!これでこの王女と僕が上手くいけばうちの借金は無くなるし上手く調教できる!!」
と腹黒は笑い、俺はもはやそっと天井から一人で抜け出したのだった。
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