第178話 マルドゥクvs色相竜
国王の馬車でフェリクスも王家やクレートとの会話を楽しんでいる頃、使者団の馬車では召喚者達がお菓子を広げて他国の話に盛り上がっていた。
「聖王国ってすっごく大きな国なんでしょ?いいな〜遊びに行ってみたーい!」
「拳王国は隣の国なんだし貿易始まるのもすぐだよね!新しい食材とか入ってくるの楽しみっ!」
「ピーナはクレパパ一緒じゃないとやだっ」
きゃっきゃと騒ぐ女の子達は馬車が走り出してすぐに自己紹介。
異界からの召喚者であることを明かし、国王の馬車にはクレートが乗っている事も話してある。
使者団としてはすぐにでも召喚勇者と話をしたいところではあるものの、ここはフェリクスに任せて情報を得ようと会話を続けていた。
「君達は今村興ししているというのは本当かい?勇者殿がいるとはいえ子供達だけの村となれば賊やモンスターなどの心配もあるが」
「本当は別荘建てるつもりだったんだけどいつの間にか貧民街の人達が集まってね。いっその事給金払うから温泉地として村興ししようって事になったの。国王様も入りに来る隠れた名湯なんだ」
「賊もモンスターも問題ないよね。私達もそれなりに戦えるから。属性は違うけど師匠から戦い方教えてもらってるもん」
「セス兄とライ兄いれば大丈夫。ライ兄なんて下位竜も倒せるくらい強いんだよっ」
戦う力のない召喚者と聞いていたのだが、賊もモンスターも問題ないとすれば相当な実力がある事が予想される。
モンスターと考えれば単体を全員でとも考えられなくもないが、賊となると話は別。
冒険者崩れの落ちぶれた者や他国から逃げて来た者達の集団であり、それ相応の実力を持った者も少なくない。
答え方から考えても賊を撃退した経験があるのだろう、殺す事に躊躇いのない冒険者集団の襲撃を生き延びた、それも問題ないというレベルで対処したとすればその強さは異常とも言える。
それに加えて一人は下位竜をも倒せる実力者となればこの子供達はバランタインではSS級パーティーに匹敵する強さを持つ。
歓迎の席で聞いた情報とはだいぶ違うが、召喚者を国から遠ざけようという何かしらの事情があったのだろう。
これらの事から召喚勇者の存在は事実であり、国に所属はしていないものの王家とは懇意にしている事が判明した。
聖王国も拳王国も自国に引き込む事も考えていたが、精霊国で戦ってくれるのだとするならそれはそれで問題はない。
あとはフェリクスや国王がクレートに上手く説明してくれる事を祈るのみ。
かつて大きな街であったキルデービルが見える位置までは順調な旅路であり、途中現れるモンスターもマルドゥクがちょいちょいと摘み食いしながら来たものの、拍子抜けする程何事もなく到着した。
マルドゥクからは色相竜の姿が見えており、色相竜もこの魔狼の存在に気付いて体を起こしたところだ。
もともとは南居住区で一泊するつもりであったが、色相竜が目覚めたとするなら戦うしかない。
そして今いるこの場は平原となっており、少し離れた位置で戦えばかつての街の姿も残しながら色相竜を廃する事もできるだろう。
「じゃあウル、マルドゥクもだな、街をあまり破壊しないよう、んーとあっちの方向がいいかな?あっちで戦ってくれ。それと魔法使いたいんならギフト渡すけどどうする?ぅあばばばばっ……要らないのか。わかった。じゃあ行って来い」
首をブルブルと振るってギフトの受け取りを断ったマルドゥクは、ディーノの指示する方向へと走り出しながら色相竜に殺意を向けつつ咆哮をあげた。
ディーノは防壁を踏み砕きながら馬車の前へと降り立ち、ここに観戦席を展開するよう指示を出す。
《ヴオォォォオォオォオォアアア!!!》
[ギギャァァァァァァアオォ!!!]
色相竜も咆哮をあげて空へと羽ばたき、その巨体を思わせない速度でマルドゥクを視界に捉えたまま旋回を始めた。
色は淡い緑色となる事からおそらくは風竜であり、飛行速度に特化した竜種となる。
天災ともなり得る魔法スキルはディーノの爆破をも上回る能力を持つはずだ。
旋回しつつ距離を一定に保つ緑竜と、襲い掛かるタイミングを見計らうマルドゥク。
緑竜がわずかに高度を落としたところでマルドゥクが襲い掛かり、それを緑竜は全身に張り巡らせた風の防壁によって阻むも、その質量までは支え切る事ができずに高度をさらに落とす事になる。
緑竜は地面に落ちようかというところでも下方の防壁によって地面への落下を防ぎ、上方から爪刃による左右の乱打を叩き込むマルドゥクはその攻撃の手を休める事はない。
風の防壁を広げる事でマルドゥクを引き剥がそうとするも、地面に後脚をついたマルドゥクは再び飛び上がって緑竜が上空に逃げる事を阻止する。
球状に広げられた防壁により地面を転がる緑竜と、防壁を突き破ろうと乱打を繰り返すマルドゥクではあったが、互いの顔が向き合ったところで緑竜の口から旋風のブレスが吐き出された。
咄嗟に後方へと飛び退いたマルドゥクは旋回のブレスを掠めるも鎧装を纏っている為ダメージとしては衝撃のみ。
体を翻して地面に着地すると、ブレスを吐き出している事で開通した防壁の穴へと爪刃を叩き込む。
いかに強靭な鎧装を纏っているとはいえ、ブレスを浴びれば隙間から肉が引き裂かれ血が吹き散るも、多少のダメージは覚悟の上とばかりに緑竜の頭を地面に叩き付ける。
頭への一撃によりブレスが途切れ、防壁の内部からの攻撃であればさすがに緑竜といえど耐えられるものではない。
地面に倒れ伏して頭を押さえ付けられた状態でのマルドゥクの左の爪刃が緑竜の腹部に突き刺さり、右肩部へとそのまま噛みつき引き千切ろうと首を振り回す。
このまま一方的に蹂躙するかとも思ったものの、そこは成長した色相竜であり後脚でマルドゥクの腹部を蹴り上げつつ、互いの隙間に作り出した防壁を爆散させる事でマルドゥクを弾き飛ばした。
絶叫する緑竜は大量の血を流しながらも四つ脚で立ち上がり、地面を転がって起き上がるマルドゥクを威嚇と同時に音波による全範囲攻撃を吹き荒らす。
音波攻撃の苦手なマルドゥクは耐えられる距離まで後方へと退避し、いつでも発動可能な音波攻撃に備えて身構える。
このままでは近づく事ができず、戦えずにいるとすれば逃げられる可能性もある。
やはり魔法による相殺が必要だがディーノのギフトがなければウルは魔法スキルの発動ができない。
しかしウルの迷いとは裏腹に、マルドゥク自身が音波攻撃の相殺が必要と判断し、ウルの支配を乗り越えて魔力を練り上げる。
首の後ろから生えた襞が赤く明滅を始め、魔力が増大するに連れて赤い輝きが増していく。
花弁のように開いた襞が煌々と輝きを放つとマルドゥクは咆哮をあげ、全身から大気を焼き尽くす程の炎を放つ事で音波を相殺。
緑竜は音波を放ちつつも、炎を吹き荒らすマルドゥクに向かって旋風のブレスを吐き出した。
それすらもマルドゥクの放出する炎の防壁に遮られ、緑竜は危険と判断したのか空へと舞い上がる。
猛炎の魔狼マルドゥクが炎を吹き荒らしながら地面を駆り、空へと舞い上がった緑竜へと飛び掛かる。
緑竜は風の防壁を展開したもののマルドゥクの炎と相殺し合い、そのまま地面へと落下。
地面に叩き付けられた緑竜が必死の抵抗をするものの、もう逃すまいとしたマルドゥクは首と右後脚を押さえ付けたまま脇腹を噛みちぎり、絶叫する緑竜の頭を再び叩き付けては右翼をも噛みちぎる。
抵抗しようと尻尾を叩き付けるもマルドゥクは構わず右腿を噛みちぎり、色相竜の肉をも咀嚼して糧とする。
弱りゆく緑竜の抵抗などものともせず、何度も噛みついては肉を頬張り血を啜る。
次第に抵抗も弱まり、体中を噛みちぎられた緑竜からは生気が失われていくと、最後に首を噛み切ってとどめを刺した。
その後はまたマルドゥクの食事の時間となったが、色相竜程の巨体が食いちぎられていく様は並の神経では見ていられるものではなかった。
戦闘が始まってみれば緑竜の敗北が決定するまではほんのわずかな時間だった。
そこからは一方的な蹂躙、いや食事の時間でしかなかったが、最強最悪の魔狼にとっては色相竜でさえもただの餌。
ある程度は抵抗する大きめな餌でしかないようだ。
マルドゥクの戦いを見守っていた国王達、そして多くの貴族や精霊召喚士団、冒険者も含めて誰もがその光景に恐怖し震えていた。
ディーノやクレートでさえも今のマルドゥクと戦って勝てるという保証はなく、普段訓練として相手をしているフェリクスもこれ程までの強さを持つとは思っておらず、膝がガクガクと震える程の恐怖を覚える。
正真正銘の化け物が目の前で食事をしており、自分達が如何に小さな存在かと嫌でも思い知らされた瞬間だ。
そんな化け物が食事を終えて観戦者達の方へとズシンズシンと近づいて来る恐怖は、これまで感じてきた全ての事が些細な事であると思わせる程に感情を揺さぶっている。
そして目の前まで近づいて来たマルドゥクの目はウルが寄生している事を知らせる薄緑色の右目と、マルドゥクの元の色である琥珀色の左目との二色になっていた。
ギフトなしでも魔法スキルを使えた事から、ウルの意思とマルドゥクの意思とが混在しているのだとディーノは判断。
なかなか面白い成長をしたものだとディーノは笑顔を向けてマルドゥクの前脚をポンポンと叩くと、マルドゥクの意思であろうディーノへと顔を擦り付け始めた。
それも色相竜の血をべっとりとつけたままの顔で……
「おっふ……血生臭い。ん、ぶえっ!口に入った!っていうかなんだ!?どんだけ血を浴びせたらっ、うわっやめろっ!!」
マルドゥクはディーノからの敗北後、始めて強敵を倒した事を褒めて欲しいのかもしれない。
血塗れの口元を気にする事なくディーノに擦り付けてくるが、褒めようにも血を頭から掛けられているような状態のディーノは今にも溺れそうだ。
「ウウウウルさん。すっ少しディーノさんに戯れつくのはやめてあげて下さい。苦しそうな……おぶっ!!?」
フェリクスが止めに入ったものの、マルドゥクからすればフェリクスはちょっとした遊び相手でもある。
いつも通りに遊び半分に叩いてみたようだが、身構えてもいなかったフェリクスは一撃で地面に埋まってしまった。
「ちょっ、ま、待て!こらマルドゥク!ウルも少しは止めろ!ってぶわっ!!舐められたっ!」
ディーノも必死で静止を求めるも、ウルの制御が甘いのかマルドゥクは戯れつくのをやめない。
ディーノが血塗れになったのを舐めて綺麗にしようとしているようだ。
おそらくはマルドゥクを褒めるまで戯れつくのをやめるつもりはないようだが、その後も舐め回され続けたディーノはそこに気付く事ができないでいるようだ。
「うう……臭っ、臭っさ!獣臭いし血生臭いし……この臭い……もう、無理っ。オロロロロロロ……」
色相竜の血溜まりの中に吐いたディーノには悪気はない。
それが王家の前だったとしても口の周りを血塗れにしたマルドゥクに戯れつかれた上に、甘噛みされたり舐め回されたりと悲惨な目にあったのだ。
多少吐いたくらい大した問題ではないだろう。
あまりに激しい戯れつき方に、しばらくして気付いたリエトがマルドゥクを褒めるよう伝えると、全身をベロベロと舐め回されながらもなんとか褒めたディーノ。
褒められたマルドゥクは姿勢を正してお座りし、一吠えするとようやくウルに支配権が戻ったようだ。
その後マルドゥクからパラサイトを解除したウルが降りてきてディーノに事情を説明。
「危うく感情が昂ったマルドゥクに俺自身が取り込まれるところだった。俺もマルドゥクを止めようとは思ったんだがな、色相竜を食って興奮したところで支配権を奪われてしまったんだ。あー、その、なんだ。スマンとしか言えん」
「オエェェェエッ……ゲフッ、グフッ……ぺっ!そう、か……取り込まれなくて良かったな……マルドゥクも悪気はないだ、ろ、うォエェッ!」
なかなかに悲惨な状態である。
血と唾液に塗れてゲロを吐くディーノは主人公として大丈夫なのだろうか。
「お前、大丈夫か?気分まではどうにもならんが洗浄魔法を掛けてやろう。ほら」
クレートの洗浄魔法によりディーノの体が浄化されていく。
頭の先から足の先まで装備丸ごと綺麗に洗われ、暖かい風が全身を一瞬で乾燥させる。
「おお、すごい。綺麗になった。できればでいいんだけど鼻の中とかできる?鼻に残った臭いも何とかしてほしいんだけど」
「鼻の中などやった事はないが……どうだ?」
「お!すっきりした!ありがとう親切な……人?」
ディーノとクレートはこれが初対面である。
人間らしくはない顔の青白い男で初めて聞く洗浄魔法などというものをいとも簡単に発動できる者。
ディーノの記憶から導き出されるのはただ一人。
「もしかして召喚勇者?」
「ああ。異界におられる魔王様の従者クレート=ブラーガだ。今日は友人である国王の護衛としてこの旅に同行している」
「やっぱり。オレはバランタイン聖王国の使者、S級冒険者のディーノ=エイシスだ。危ないところを助けてくれてありがとう」
「危ないところ?」
「うん。しばらく美味い食事が摂れなくなるところだった。食事は人生の楽しみの一つだからな」
「ふふ。なかなか面白い男のようだ。美味い料理ならオレも食わせてやれるぞ。帰ったらフェリクスと共に食いに来るといい」
「んー、それって異世界料理って事?それなら是非とも食ってみたいな。フェリクス……も無事か?」
マルドゥクの一撃により地面に埋まっていたものの、ディーノがマルドゥクから舐め回されている間に助け出されたらしい。
装備も綺麗になっているあたりはクレートから洗浄魔法をかけてもらったのかもしれない。
「ゆ、油断しました。まさかウルさんではなくマルドゥクとは……」
「いろいろとな、予想外は起こるもんだな。マルドゥクもだし召喚勇者もだし」
「予想外はこちらとしても同じだがな、ディーノ=エイシス。あれを其方が捕らえたとするならその実力もまたこちらの予想を遥かに上回る」
マルドゥクの捕獲にはディーノが一人で成功したわけではないのだが、討伐と捕獲とではその難易度は跳ね上がる事から、ディーノはマルドゥクすらも倒せるだけの実力があると考えたようだ。
そして今、多くの者の注目を集めているこの場所で、国王は精霊国の意思を宣言する事にした。
「センテナーリオ精霊国の者達よ聞けぃ!今ここにマルドゥクを捕獲したというディーノの実力が本物であると判断し、やがて訪れるという世界規模の竜害に備えて我々も協力する事を約束する!」
そしてクレートが被っていたフードを取り払い、国王の隣に並ぶとそれに加えてクレートの所在を明らかにする。
「我らが以前、召喚勇者として迎えようとしたクレート=ブラーガは、我が友としてこの国に協力する事を約束してくれた!だがしかし、我が国の家臣ではない!友として我々に協力してくれる事を忘れてはならぬ!クレートを害する者が現れた時……国に叛意ある者として断罪する事をここに宣言する。よいな」
国を出た事にしてあったクレートではあるが、この日表立ってディーノ達の前に現れた事で多くの者が疑いの目を向けた事だろう。
それならば国王の友として、国の協力者として紹介する事でクレートに降り掛かる勧誘や脅迫を防ごうと考えた。
勧誘する事も罪であり、国王が友として紹介したとなれば下手に動いたとしても先に国王の耳に入ってしまう。
脅迫しようにも子供達が戦う力を手にした今となっては召喚士が束になっても敵わないだろう。
センテナーリオ精霊国でのクレートの自由が約束され、今後は隠れ潜む必要も村に籠る必要もなさそうだ。
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