第177話 突然の出会い

 それからすぐに色相竜討伐の日がやってきた。

 今回は色相竜と戦うのがマルドゥクという事もあり、騎乗装具を外してマルドゥクにはディーノだけが乗り、使者団は観戦ツアーに向かう国王の用意した馬車に乗ってキルデービルへと向かう事となる。

 以前の黄竜討伐戦観戦ツアーの時よりも遥かに多いおよそ七十台ともなる馬車が待機しており、国王や貴族達のものであろう豪奢な馬車が十五台、精霊召喚士団の青色の馬車が三十台と、馬車や馬に荷車をつけたようなものに乗る冒険者達がおよそ二十五台……馬に乗っていたり馬ではなかったりとさまざまである為把握できない。

 おそらくは王都から集まった精鋭達だと考えられる。

 やはりまだマルドゥクを見た事がなかった者も多く、その巨体が持つ迫力に寒気すら感じる恐怖を覚えるのも仕方のない事だ。

 モンスターの中でも最強とされる竜種、その最上位が色相竜であるとはされているものの、討伐対象とされる事のない伝説の魔狼、色相竜をも上回ると語られる最強最悪の存在がマルドゥクである。

 真っ白な美しい毛並みと腹部側には硬質な鎧装ともとれる体表を持ち、首を取り囲むように配された襞は折れる事のない竜種でいえば翼のようなものだろうか。

 その巨体を持ち上げる脚は大木を思わせる程に太く強靭であり、腹部と同じような鎧装に覆われながらも、全てを切り裂く巨大な爪をも備えている。

 色相竜討伐を知らせている事からか楽しみにしているのかはわからないが、ディーノやウルを前にその巨大な尾を振り回している。

 周囲の家に当たれば全壊しそうな程に危険な尻尾ではあるが、ウルが寄生する事で制御できる為問題はないだろう。


「ううむ。何度見ても惚れ惚れする壮観な姿よ。伝説に語られる魔狼のなんと美しき事か」


 国王はこのマルドゥクが大のお気に入りなのか、何度見てもと口にしている事からお忍びで見に来る事もあるのだろう。

 時々マルドゥクの口元あたりの地面が濡れていた事を考えれば、何かしらのモンスターを餌として与えたいたようだ。

 自身に向けられる意識に敏感なマルドゥクである為、害意や敵意ではなく恐怖を感じつつも好意ある者に対しては牙を剥く事もない。


「もしかして、お父様はいつも魔狼を見に来ているんですの?私は初めて見ましたのに」


「わたくしも一緒に見に来ていますわよ」


「うむ。この美しい魔狼を見れば良い気晴らしになるのでな。しかし……フェリクスは訓練でこの魔狼と普段戦っておるのよな?正気の沙汰とは思えんが」


 この日は王妃と王女も観戦ツアーに参加しており、マルドゥクの姿に驚いていたルアーナ王女は二人が何度も見に来ている事に少し不満を覚える。

 しかしこのマルドゥクとフェリクスが訓練で戦う事を考えると、いくら逞しい体を持つフェリクスとはいえ相手にならない、もしくは嬲られるだけではないかと考えてしまう。

 それでもある程度は戦えると言うフェリクスはどれ程の実力を持つ事か。

 若輩者、未熟者とは語りつつも相当な実力がある事がうかがえる。


「ディ、ディーノさんの厳しい指導のもと、日々精進しています。ルアーナ様を失望させる事のないよう、そして、ちちちち父にみっ認めてもらえるよう尽力するのみです!」


「ご無理はなさらないでくださいね」


 どもりつつも何とか答えたフェリクスではあるが、ルアーナが隣に並べばなかなかにお似合いの二人である。

 国王は仲睦まじげな二人を嬉しく思いつつ、これまで紹介できずにいるのだが、今現在他国に留学中となっている王子にも見せてやりたいと隣の男に一つ頼み事をしておいた。


 ウルがマルドゥクの首元でパラサイトを発動し、ディーノが騎乗する事で準備は整い出発の時がやってくる。

 国王の馬車には王妃と王女、フェリクスと従者二人に加えて、護衛の者かはわからないがフードを被った顔の青白い男が乗り込み、使者団の馬車には使者団四人とこちらには従者には見えない女の子三人が乗り込んだ。

 御者席にはその女の子達と仲の良い男二人が乗っており、一人は御者、一人は護衛といったところだろうか。

 他の貴族達や精霊召喚士団、冒険者達も馬車に乗り込んで出発する。




 国王の馬車に乗って旅路を行くフェリクスはというと。

 溝が彫られたテーブルにコップやお菓子を並べていく従者を見つめつつ、もう一人の顔の青白い男にも少し警戒を強めていた。

 国王とも敬語すら使う事なく会話をし、まるで友人であるかのような物言い。

 あの時の料理は美味かっただの、おんせんの効能がどうだのとよくわからない話をしているが、他の者にはない仲の良さはうかがえる。

 お菓子を摘んで嬉しそうに従者と会話をする王妃も仲が良さそうで、王妃のひととなりも見えるというもの。

 そんな中でルアーナ王女は。


「私、フェリクス様の隣が良いです」


「いいや。隣は許さぬ。親の前で娘が男とベタベタとされては敵わんからな」


「そんなはしたない真似は……しませんわ」


 とは言うものの、フェリクスに触れたいお年頃のルアーナはベタベタする可能性を否定しきれない。

 隣に座って馬車に揺られ、少しでも触れてしまえば腕を絡めたくなってしまう事だろう。

 残念だが国王に否定されては隣に座る事はできない。

 それでも目の前にフェリクスがいるというだけでもそれなりに満足はしているのだが。


「ははっ。国王とはいえヘルも人の親だな。娘の結婚相手をと悩んでいたと思えば、今度はベタベタするななどとは」


「そうは言うがクレートよ。自分の可愛い娘が他の男とベタベタとするところを想像してみろ。親としてはなかなかに辛いとは思わんか?」


「オレの娘達が……少し殺意が芽生えるかもしれん。うん、ダメだな」


「そうだろう?がっはっはっ。結婚しているならばまだしもさすがにまだそれは認められん」


「オレも反対するぞルアーナ。父としては許せんものだ。それより今日の菓子を食ってみるといい。ニルデの試作品だがなかなかに美味いぞ。フェリクスといったな、お前も食ってみろ」


 よくわからない男から勧められてお菓子を手に取って口にするフェリクス。

 その瞬間衝撃が走る。


「美味しい!!ななな何ですかこれは!?こんな美味しいお菓子は初めてです!」


「な?美味いだろう。これはバウムクーヘンといってな。簡単に言うと生地を棒に薄くかけ伸ばしながら、表面を焼いて層になるよう焼き続けていく菓子だ。これは切り分けたものだが完成したものは木の年輪のように丸く層の美しい菓子になる」


「これは……お茶とも合いますね。とても美味しいお菓子をありがとうございます!」


「ふっふっふっ。フェリクスも気に入ったか。作ったニルデも喜ぶであろう」


 国王としても自慢のニルデのお菓子である。

 どこに行っても買う事のできないブラーガ家特製のお菓子なのだ。


「お父様もお母様もいつもクレート様の料理をご馳走になりに行くのはずるいですわ!私も連れて行ってくださいと何度もお願いしていますのに!」


「しかしルアーナは勉強をせねばならんだろう?お土産では足りぬのか?」


「お土産はきっとクレート様の料理の一部に過ぎませんわ。親族の誕生会にのみ食せるあの美味しい料理の数々……」


「まあ食いに来てもいいがな。そうだ、帰ったらフェリクスと共に食いに来るといい。美味い物を用意してやろう」


「本当ですの!?嬉しいですわっ!!」


 フェリクスもよくわからない状況でこのクレートという男の元で食事をする事が決まったようだ。


「あの、とととところでこの方は……あっ、私はアークアビット拳王国第八王子のフェリクスと申します!」


「これは失礼な事をした。挨拶がまだだったな。異界から召喚された魔王様の従者クレート=ブラーガだ。勇者として召喚されてはいるが、現在は国王の友としてこの国に住んでいる。今後ヘルの息子となるのであればオレにとっても家族のようなもの。よろしく頼むぞフェリクス」


 驚きの事実である。

 まさか怒りを覚えて国を去ったと聞かされていた召喚勇者が目の前に、しかも国王の友人として現れるとは誰も考えてはいなかった。

 使者団にすぐにでも知らせてやりたいところだが、あちらの馬車に子供達が乗った事を考えれば召喚者である可能性が高い。

 今頃真実を知っているかもしれない。


「ここここちらこそよろしくお願いします!」


「そう畏まらなくていい。あとお前は緊張しすぎだ。肩の力を抜いて自然体でいた方がいざという時に動きやすいぞ」


 思った以上に優しそうな男のようだ。

 しかしこのクレートは色相竜さえもわずかな時間で討伐できるだけの実力を持ち、空を舞い、数々の魔法に加えて精霊魔法まで使用できるという事から、この旅に同行するのは色相竜を確実に殺す為である事は間違いない。

 もしマルドゥクが敗れるとしたら、もしディーノが倒せないとしたら、最悪を想定してクレートを連れて来た事になる。

 他国の使者に何かあっては困ると連れて来た可能性もあるが、ディーノの強さをある程度は知っているフェリクスからすれば侮り過ぎではないかと思えてしまう。

 それでも国に被害を及ぼさぬよう最善を尽くすと考えれば納得もできるのだが。


 馬車では拳王国の話やここしばらく観光している精霊国の話、そして異界の話を語り合いながら楽しい旅路を過ごす事ができた。

 フェリクスも少しずつ緊張が解けているのかどもる事も少なくなり、良い家族関係が築けそうな予感がしていた。

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