第86話 伯爵の打算

 クランプス討伐、ティアマト討伐、ルーヴェべデル兵捕縛から三日の休みを取る事にした黒夜叉パーティー。

 パーティー結成からすぐに休みを取ったものの、これまで長期間働き詰めだった事からディーノとアリスも休みが欲しかったのだ。


 今もまだ害獣となるモンスターがいる為討伐依頼も多く出されているのだが、難易度のそう高いものは多くない為、やる気を取り戻した冒険者達でも対処できるだろう。

 また、先日ギルド内にいたSS級パーティーもモンスター討伐に苦戦しており、これにはアークトゥルスのメンバーが応援という形で協力を申し出た。

 今後ワルターキにいる竜種との戦闘を前に、もう少し自分達を鍛えたいとの思いから申し出たようだ。


 そしてディーノの装備が破れてしまっている事から新しく買い替えし、シーフ然としたものから黒地に金の装飾が入った装備へと一新。

 金属を一切使用していない強力なモンスター素材の装備を選んでおり、これまでの装備には無かったフードやマスクを装着すると完全に暗殺者のような装いである。

 ついでに攻撃力の増加にと左用の武器も新しく購入しようかとも考えたのだが、アリスのナイフを見て、ラフロイグでファブリツィオに依頼しようと購入を遅らせる事にした。


 また、アリスが黒夜叉でお揃いの装備が欲しいと言い出した為、以前ディーノが倒したSS級モンスターであるシルフィードウルフの毛皮を肩から下げるようなマントを購入。

 シルフィードウルフとはエアウルフの上位個体であり、別名空駆ける黒狼と呼ばれるようにディーノと同じように空を駆け回る事ができる。

 恐ろしいまでの速度で空を走る事ができる為、これまで誰も討伐できた試しがない驚異のモンスターでもある。

 また、留め具にもシルフィードウルフの魔核が使用されており、外からの寒さや暑さを遮る事から魔力を使用せずとも空気を遮断する効果を持つようだ。

 普段は肩から下げるようにして装備するのだが、暑い時や寒い時は外気を感じやすい首元に巻き付けて使用する。

 留め具に固定するとケープのような形になる為、戦闘中でも邪魔になる事もないだろう。

 ディーノが倒したシルフィードウルフが三体だった事もあり、三人分購入すれば売り切れてしまうのだが、レア度の高さから金額も跳ね上がってしまう為誰も購入する事ができない。

 ここしばらく貴族さえも驚くような金額を稼いだディーノとアリスであれば、少し高い買い物をしたなという程度の金額である為迷わず購入。

 今後はこのマントを羽織る者こそが黒夜叉である証拠となるのだ。


「ディーノ……かっこいい」


 キラキラとした目でディーノを見つめるフィオレは、ティアマト戦以降から憧れめいた視線をディーノに送り続けている。

 その視線が好意に変わるのではないかとアリスにとっては不安で仕方がないのだが、ディーノはフィオレに対して興味を向ける事はない。

 ただ自分の後輩であるかのようには可愛がっている為多少なりともスキンシップはあるものの、それがまたアリスを不安に感じさせるのだが、特別性的な触れ合いはない為何も言う事はできない。

 そしてフィオレが好意を向けているのはアリスに対してであり、普段からくっ付いてくるフィオレを可愛いと感じて冷たくする事もできずにいるアリスだが、ヤキモチを妬いたそディーノが二人を引き剥がそうと時々割って入ったりもする。


「アリスはオレのだから。フィオレはあまりくっ付くなよな」


「でもディーノはヴィタも好きでしょ?僕にアリスをちょうだい」


「またアリスが誤解するからやめろ。ヴィタは大切な友人だがそういうんじゃないから」


 これまで二度もヴィタ絡みでアリスに泣かれてしまっている為、ディーノとしてもまた失言しそうで少し不安がある。

 やはりと言うべきかヴィタの名前が出た事でアリスからは疑いの目が向けられているのだが。


「じゃあ……僕がディーノがのものになるからアリスを僕にちょうだい」


 なぜか意味のわからない事を言い出すフィオレに、アリスは全力で「それはダメ!」と拒絶する。

 ディーノも「何言ってんだお前」とやや冷たい表情を向けるが、フィオレはいいでしょ?と言わんばかりの可愛らしい表情を返すだけ。

 妙な三角関係ができあがりつつ、黒夜叉はジャダルラック領での三日間の休日を楽しんだ。




 ◇◇◇




 ジャダルラック領ドルドレイク伯爵邸にて。


「ディーノ、アリスよ。此度の調査ご苦労であった。モンスターの発生が竜種によるものとの話もあったが、危険領域内にまさか獣王国の者が潜んでおるとはな。すでに我が領地のみの話ではなくなってしまった故、バランタイン王国へとあの者共を連行せねばならん。調査依頼はこれまでとして護衛依頼を頼みたい」


 ジャダルラック領の領主であるセヴェリンからの指名依頼である調査終了が告げられ、晴れてディーノの依頼は達成された事になる。

 しかしまた新たな問題としてルーヴェべデル兵の処遇について国王に確認を取らなくてはならない為、いつ逃げられるか、または襲撃があるかもわからない事から護衛依頼を頼まれる。


「護衛依頼は構いませんがワルターキにいるという竜種はどうしますか?」


 実のところディーノとしても竜種には挑みたいという気持ちもあり、アークトゥルスや他のパーティーとの合同となってでも戦いたいと思っている。

 ましてや色に特徴を持つ黄竜が相手なのだ。

 上位種の中でも特殊な能力を持っているのは間違いなく、討伐依頼が出されたとすればSSS級という難易度となるだろう。


「すぐにでも王都へ向かいたいところではあるが竜種も放ってはおけん。国王へは書簡を送り竜種を討伐次第王都へ向かう……いや、さすがに負担が大き過ぎるかもしれん。ジャダルラックの全戦力を投入して挑むべきか」


「いえ、ギルドにいるSS級パーティーのみで討伐しましょう。半端な戦力では被害が拡大するだけです」


 全戦力ともなれば低位の冒険者や領地を守る警備兵など、普段モンスターと戦う事のない者達も投入される事になるのだろう。

 黄竜の意識が分散する為倒しやすくはなるものの、被害は甚大なものとなるのは確実だ。

 それならば黒夜叉とアークトゥルス、他にも応援に来ているという二組のSS級パーティーで協力し合って討伐に向かう方が被害は少なくて済む。

 ただディーノとしては誰も死なせる事なく討伐するつもりでいるのだが。


「本当にやれるのか……もし討伐し損ねて他の街を襲うような事があれば……」


 ジャダルラック領内であればセヴェリンの責任である為、ディーノ達冒険者を庇う事もできるのだが、もし他領に逃げられてそこで被害を出そうものならセヴェリンだけでなく、逃してしまった冒険者達も責任を問われる事になるだろう。


「竜種相手に少し攻撃力に不安はありますが、逃すような事はありません。オレは空でも戦えますし、仲間になったフィオレのインパクトなら竜種を射ち落す事もできますから」


「ふむ……獣王国聖騎獣の一体であるティアマトを倒したディーノが言うのだ。信用するしかあるまいな。アリス、フィオレも良いのか?……では黄竜討伐を任せよう」


 セヴェリンの問いにコクリと頷いたアリスとフィオレ。

 聖騎獣という言葉をディーノは初めて聞いたのだが、捕らえられているウルからでも聞き出したのだろう。

 ディーノもウルから簡単には聞いているが、ティアマト級のモンスターが他にも何体かいるとの事なので、それら全てが聖騎獣という事か。


 とりあえずはセヴェリンから黄竜討伐の指示も出た為、バランタインに戻る前に黄竜と戦う事とし、アークトゥルスと他のSS級パーティーがギルドに戻り次第黄竜討伐作戦を決行する。

 初の竜種、それも上位竜に挑む事になるのだが、元々ルーヴェべデル兵達はディーノの邪魔がなければティアマトとクランプスで黄竜に挑むつもりでいたのだ。

 討伐と捕獲で目的に違いはあるのだが、それでも戦闘は可能と判断しての作戦である為、黄竜の強さもある程度は測れるというもの。

 ディーノがソロで挑んだとしてもスキルさえ抑え込めれば勝機もあるかもしれないが、ここは確実に仕留める必要がある為ソロではなく合同パーティーで翻弄しながら討伐する予定だ。


 竜種討伐を依頼されたにも関わらず気負う事なくお茶をすするディーノを見て、セヴェリンは報告書の内容やルーヴェべデル兵の調書、ギルドの討伐履歴を思い返しながら目の前の竜種に匹敵する人間に畏怖の念を抱く。


 それと同時に子供のいないドルドレイク家に養子として迎えてはどうかと妻に相談してみようかと考えてみる。

 貴族の血が入っていない孤児とはいえ、ディーノのもつ人格、能力、知識、振る舞いから見てこれ程の人材であれば、親類から養子を迎えるよりもジャダルラック領の為になるのではないか。

 見た目もよく貴族の社交の場に連れて行ったとしても多くの令嬢達の目にとまり、他領との繋がりも持てるのではないか。


 しかし調書にはすでにディーノとアリスが恋愛関係にある事も記されており、友人であるフレイリア卿とも親族となる可能性もあり、貴族ではなくなったとはいえ優秀な人材である友人をジャダルラック領に引き込む事もできる。

 新たに貴族家との繋がりを持つよりも利は大きいかもしれない。


 セヴェリンの打算的な考えは貴族や権力者達にとっては当たり前の事であり、領地の為であれば損得勘定で物事を考えるのはおかしな事ではないだろう。

 他にもディーノの存在を知る貴族や権力者達は大勢いるはずであり、他に引き込まれる前に、ディーノがジャダルラック領にいる間にこの話を持ちかけてみるべきかと、表情には出さずお茶をすすりながら熟考するセヴェリン。


 だがディーノを養子に迎え入れたいとしてもジャダルラック領は田舎領でもあり、貴族家の養子になれるとはいえ、ここよりも発展した他領から養子に迎えたいとの声が掛かればディーノにとってはそちらに目が向く可能性も高い。

 そこで先日エンリコからの報告にあったギルド受付嬢ヴィタを思い出し、優秀な人材であるとの調べから今後ドルドレイク家で召し抱える事に決まっており、事実かどうかは不明だがディーノのお気に入りであると聞いている。

 貴族家では跡取りを残す為にも妾を持つ事が多く、ヴィタにもディーノに対する好意があるとも聞いている事からこれも交渉に使えるかもしれないと思いつつ、後日時間を設けるようエンリコに指示を出した。

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