第83話 竜種戦
ズシンズシンと地面が揺れ響き、巨大な何かがそう遠くない位置を歩いているのがわかる。
周囲の野鳥は危険を察知してから飛び立って行き、体を休めて待機していたブレイブにも緊張が走る。
そこへ林を突き抜けるようにして駆け込んで来たパウルは地面を滑りながら停止すると、ブレイブへと振り返って頭を掻きながら
「悪い。下位とはいえさすがは竜種だな。俺が戦闘をイメージしただけで察知されちまった。敵意も出したつもりはないんだけどな〜」
上位の竜種ともソロで戦える程の実力を持つパウルだが、敵を見つければその姿からある程度の戦闘のイメージを抱くのは当然だ。
それはシーフセイバーといえども不意を突かれた場合には勝負は一瞬であり、油断しない為にも敵に対してどう動くかをシミュレートする。
対する竜種はモンスターの中でも最強種であるにも関わらず、警戒心が強く、敵意や殺意、視線、臭いにも敏感なうえ、凶暴さだけではない慎重さまでをも併せ持つ。
風下に隠れ潜んだパウルに対して、恐怖のない視線を感じた事から察知する事ができたのだろう。
まだ足音は遠く聞こえる為、視線を察知したとはいえ捕捉するまでには至らなかったようだが。
「いや、おかげで向こうの位置はわかりやすくなったしいいだろ。思ったより早かったがブレイブは行けるか?」
ザックの問いにブレイブの視線がレナータに集まる。
「一回分くらいは回復できたかな。じゃあ行こっか」
気負いの見えないレナータにコクリと頷いたブレイブメンバー。
緊張がないと言えば嘘になるだろうが、このメンバーなら戦えるという自信が見て取れる。
ザックの見立てでは勝てる確率は三割にも満たないのだが、伸び盛りのブレイブであれば戦闘中の成長次第では五割を超えてくるだろう。
勝敗を左右するのは成長のキッカケを掴んだマリオが鍵となるだろうと考える。
「戦う前に言っておく。この竜種戦は俺達がサポートに入った時点でお前達の負けだ。勝っても負けても竜種と戦ったって経験は残るから成長はするだろうけどよ。勝って得られるもんの方が圧倒的にでけぇからな。命は保証してやるんだ、どんな危機的状況に陥っても怯むんじゃねぇぞ!」
「「「「はい!!」」」」
ザックの激励に元気よく返事をしたブレイブは、竜種がいるであろう足音の響く方へと歩き出した。
◇◇◇
ブレイブが歩き出して少し離れた後方を進む聖銀パーティー。
「パウル。大事な事言わなかったろ」
「あ、バレたか。あの竜種なんだけど前見た時より成長してるかも。たぶん対等な奴と戦ったんじゃねーかな」
「ジェラルド耐えれるといいけど……」
「レナータの負担がさらに増えるな」
聖銀が以前確認した時点の竜種で今のブレイブの勝率が三割以下、それが成長していたとなれば二割を切る可能性もある。
竜種がどのように成長したかにもよるのだが、聖銀の予想よりもブレイブの戦いは厳しいものになるのは間違いない。
それでもパウルが言わなかったのはまだ勝てる見込みがあると思っての事であり、戦いを前に引き留める必要もないだろうも判断する。
「レナータの役割は妨害と回復。ソーニャの役割は遊撃による撹乱。二人のやる事は変わらねぇ。って事は竜種が成長したんならジェラルドとマリオに掛かってるわけだ。ははっ。気張れよ〜男共」
この状況にますますブレイブの竜種戦が楽しみになるザック。
元オリオンのお荷物と思われた男達が、どれだけの根性を見せてくれるかが楽しみで仕方がないようだ。
落ちたSS級パーティーが返り咲くとするならば、これ程最高の舞台はないだろう。
◇◇◇
歩き進んだブレイブが拓けた場所へと辿り着くと、こちらを睨み付けるようにして待ち構える竜種がそこにいた。
二足で立ち上がったその体長はおよそ人の五倍程はあるだろうか。
少し長めの首に繋がるやや細めな胴体に、同じだけの長さの尾を持つ。
恐ろしいまでに強靭な前後足にその巨体をも空へと浮かび上がらせるだけの巨大な翼。
体の作りから素早さも相当なものであろう事が予想される。
前屈みになり戦闘態勢に入ったようだ。
「ジェラルド!くるぞ!」
マリオが叫ぶと、翼を背後に畳んだ竜種が強靭な足で地面を駆り、四足を使って向かって来た。
ジェラルドはガイアドラゴンの盾を前に掲げてプロテクションを発動し、受け切れるはずもない為マリオは右へ、ソーニャとレナータは左へと退避。
竜種はそのまま頭からジェラルドに突撃し、盾で受け止めるものの後方へと押し退けられる。
足を引き摺りながらもその質量に耐え続け、竜種が前進を止めてジェラルドに掛かる圧力が収まったと思った瞬間に右前足を上から叩きつけてきた。
咄嗟に盾を頭上に掲げてそれに耐えようとするも、真上から真っ直ぐに振り下ろされるものではない為膝をついて体勢を崩してしまう。
右後脚を前に突き出し、今度は左前足でジェラルドを横から払い除けた。
そこへエアレイドを発動して竜種を追っていたソーニャが背中を駆け上がり、パウルから聞いていた急所の一つとされている翼の付け根へとダガーを突き立てる。
しかし竜種もただ黙って急所を突き刺されるはずもなく、背中をうねらせる事でソーニャの体を浮かせ、ダガーに体重を乗せさせないようにして表面に浅く刺さるだけに留まった。
そのまま右前足をついた状態から後方へと上体を傾けてソーニャを振り落とし、尾を使って体勢を整えると後ろを振り返る。
地面へと向かって落下していくソーニャ。
そこへ首を少し後方に引いた竜種はブレスを吐き出そうと首を少し後方へと引いたところで、木に隠れながら待機していたレナータからの矢が鼻先へと突き刺さり、呪闇が発動する。
目眩しとしての役割だけとはいえその効果は高く、突如奪われた視界に竜種もブレスを吐き出せずに右前足で自身の顔を払うも、矢が折れたとしても突き刺さった鏃に呪いが乗せられている為呪闇は消えない。
レナータがルナヌオーヴァへの魔力供給を停止させるまで続くのだ。
これは他属性魔法スキルとは違う呪属性特有のものであり、他の属性であれば最初の魔力供給のみで威力や発動時間は決まるのだが、呪属性は呪闇と発動者どちらにも呪いとして発動する為か発動者によってコントロールする事ができる。
また、距離が離れると呪いの効果は薄く、奪われる体力もそれ程多くないようだ。
回復薬を一口飲めばスキルの使用は必要なさそうだ。
竜種が呪闇により右の鼻先にある黒いモヤを払い除けようとしていると、ソーニャから遅れて竜種までたどり着いたマリオが右後足を駆け上がり、スラッシュを発動しながら腹部へと三連撃。
舞うような斬撃で竜種の表皮を斬り裂いた。
深いダメージとはならないが、長期戦となればこの表皮のダメージさえもじわじわと響いてくるだろう。
しかしそこへ左前足が振り向けられ、狙いの定まらない攻撃をマリオは剣を盾にして受け流し、その反動を利用して空中での体勢を整えると、振り抜いて停止した右前足と着地、上腕へと駆け上がる。
ここでスキルの消耗を抑える為にレナータは呪闇を解除し、着地したソーニャは木々の中に紛れて竜種との距離を詰める。
マリオが上腕からさらに肩へと上り詰め、振り落とされない程度に首筋に軽く斬撃を見舞うと背中側へと回り込む。
これを竜種は払い除けようと上体を横に振るうも、マリオは突起に掴まっていて振り落とされる事はない。
マリオに気を取られている間にソーニャも竜種の体を上り始め、ダガーでもダメージの大きい関節の付け根へと突き刺しながら上っていく。
竜種にとっては小さなマリオとソーニャを振り落とそうと暴れ回るも、その鱗は掴まりやすい形状をしている為振り落とされる事なく耐えている。
そして最初の接触から倒れていると思われたジェラルドが血に塗れながらも立ち上がり、暴れている竜種の尾へと体当たり。
プロテクションによる硬度や強度はジェラルド自身を重くする効果もあるらしく、巨獣相手の体当たりでも効果は大きい。
押し退ける事はできないとしても衝撃による妨害で集中力が分散する。
苛立ちからか咆哮をあげる竜種にダガーを突き立てるソーニャと首の後方へと斬撃を振るうマリオ。
背中側の鱗の強度が高くマリオの斬撃は通る事はなかったが、次の手をと考えたマリオは感覚も鈍いだろうと硬度の高い鱗を踏みながら顔の方へと近寄り、ジェラルドに気を取られている竜種がブレスを吐き出そうとした瞬間に逆手に持った剣を左目へと深く突き刺した。
絶叫と共に地面を転げながら暴れ回る竜種。
ジェラルドはすぐさま離れ、ソーニャも突き刺したダガーを右脇下に残したまま距離を取る。
ディーノから言われていたように武器を捨ててでも安全を確保したが、大切なダガーを失うわけにはいかないと絶対に取り戻すつもりで竜種を睨む。
レナータはこの間に仲間の元まで駆け寄り、回復薬を飲んで少しずつ傷を癒すジェラルドにスキルを発動する。
血塗れではあるが極端に大きなダメージではない為スキルの消耗もそれ程多くはないだろう。
竜種が転げ回る間は近寄る事もできず、ここで一度息を整えようと水分を補給しながら様子を見守る事にした。
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