第17話 野営
護衛任務、初日の夕暮れ時。
この一日で何度かボア系のモンスターに襲われる事はあったものの、騎士達が数人がかりで怪我もする事なく討伐しており、ディーノの護衛としての仕事は一切なかった。
ダリアンがボアを見たいと一度馬車を降りたのだが、大きなボアを騎士達が倒してみせた事に興奮し、ディーノの話しにもさらに食い付くように聞きいっていた。
この日の移動はここまでとし、街道脇の広場に野営地を設ける。
この周辺は旅人の野営地としてよく使われる場所であり、草も刈り取られていて見晴らしもいい。
もしモンスターが現れてもすぐに対処できる為、そこら中に焚き火の跡が残っている。
他にも旅人達が野営の準備をしており、中には護衛であろう冒険者らしき者達も見える。
しかしディーノ達の馬車は貴族様御一行であり、周りから注目を浴びているが、騎士達は気にする事なく準備を開始した。
「旅がこんなにも楽しいだなんて!」と嬉しそうなダリアンは駆け回り、それを追って騎士の一人が振り回される。
子供は元気だなと思いつつ、ディーノも野営の準備を手伝った。
そして夕食時、ディーノは自分の目を疑う事になる。
貴族の野営食はこんなにも豪華なのか、と驚く程の料理がクロスを敷かれたテーブルの上に並べられていた。
とはいえディーノがその料理を食べられるわけがなく、伯爵達三人の夕食となる。
どう見ても三人で食べ切れるような量ではないのだが、貴族というのはこのようなものなのだろうと、ディーノも深く考えずに近くの丸太に座った。
「ほら、お前の分だ。このタダ飯食らいめ……と、言いたいところだがダリアン様が喜んでおられた。信じ難い話ではあったがな、あれも仕事のうちと思う事にしよう」
騎士のロバートが焼いた肉が乗った皿とスープをディーノに渡してくれた。
ダリアンが喜んでいたと少し笑顔を見せるのだ、彼はそう悪い男でもないのだろう。
「お、ありがとう。話は……そうだな。一応はオレの冒険譚だけど、信じるも信じないも人の自由だ。ロバートさんが信じ難いと思うんならそれでもいいよ」
「……そうか。冒険者なんてものは碌な者がいないとも思っていたがな。お前はなかなかに見どころがありそうだ。冒険者なんてやめて騎士を目指してみたらどうだ?」
騎士であれば安定した収入が得られる事になり、冒険者よりも危険が少なく、信用を得られればある程度の地位も約束される。
これが貴族などのお偉いさんとコネを作っておくメリットなのかと思いつつディーノは断る。
「誘ってくれるのは嬉しいんだけどさ、オレには目標があるんだ。まだ冒険者を辞めるわけにはいかない」
ディーノの目標とは、ザックのパーティー以上に名声を轟かせる事だろう。
それにはきっと一人では難しいという事もわかっているが、今はクレリック以外とパーティーを組む事ができない。
そして騎士になった場合にディーノのギフトがどう働くかがわからず、また以前と同じようにステータスを分け与えてしまう事になるかもしれないのだ。
今後は自分の意思でギフトを贈る方法を手に入れる必要がある。
「目標があるのはいい事だな。私にも……」と、ロバートと会話をしながらディーノは受け取った料理を楽しんだ。
しかし楽しいはずの食事の時間はそう長くは続かず、突然の悲鳴から辺りはパニックに包まれる。
最後にこの地へと到着した馬車に乗った一行が、他の旅人の護衛をする冒険者を背後から切り付けたのだ。
商人のような服装をしているが、あれは間違いなく盗賊だ。
そのすぐ後の馬車の中から二十人を超える盗賊達が飛び出してくる。
食事中だった事から冒険者も油断していたのだろう、抵抗する事もなく地面に倒れ込む。
「ロバートさん、仕事してくる」
そう言い残したディーノはギフトを発動すると同時にユニオンへと魔力を流し込む。
そして鞘の後方から爆風を放って加速した。
商人服を着た盗賊が冒険者にトドメを刺そうと剣を振り上げるが、一瞬で盗賊の前へと躍り出たディーノは容赦なく腕ごとその首を斬り飛ばす。
悲鳴をあげる事すらなく崩れ落ちる盗賊。
ディーノは背中を斬られて倒れている冒険者に上級回復薬を浴びせ、その傷がある程度癒えるまではそのまま放置する。
「さて、盗賊に情けは必要ないよな。なにか言いたい事はあるか?」
ユニオンを盗賊団に向け、殺意をもって歩み寄る。
ディーノが歩みを進めて行くと、後方からは騎士のうち五人が援護にと向かって来る。
騎士は速さに特化する者達ではないのだが、風の属性リングを利用して向かって来る為なかなかに速い。
ディーノの歩みに追いついたロバートも並んで歩き進む。
「ディーノ、何人受け持てる?」
「一人でなら全員。混戦なら半数」
フッと笑みをこぼし、「では半数を頼む」とロバートが駆け出せば他の騎士達も剣を構えて駆け出した。
ディーノは騎士が正面から向かった事から、右へと回り込んで目の前の盗賊から全て斬り伏せていく。
盗賊が相手であれば殺す事を躊躇う必要はない、全員首を斬り飛ばして焼き払うのが一番なのだ。
盗賊との戦闘はほんのわずかな時間で決着した。
ディーノが両足の腱を斬ったただ一人を残して。
「お前、この盗賊共の頭だろ。なんで今日この野営地を狙ったんだ?」
盗賊が野営地を襲う事はよくある事だ。
それも食事時を狙うのは、夜中に活発化するモンスターを避ける為、そしてまだ作ったばかりの食事にあり付ける為なのだが、ディーノは騎士達がいるこの野営地を襲撃した事が腑に落ちない。
「オレもプロだ……殺せよ」
盗賊のプロと言われてもよくわからない。
とりあえず三発程顔面を殴る。
その後も何度か質問を繰り返すが、殺せの一点張り。
一通りの拷問を試してみるも無駄に終わった。
命乞いをする盗賊を見る事は多くあるのだが、この盗賊頭は相当に根性が座っていたようだ。
盗賊頭の首を斬り、騎士達と共に盗賊の死体を野営地から離れた場所に運び、火を放って処分する。
焼かずに放置しようものならモンスターが集まってこの場を野営地として利用できなくなるからだ。
死体を燃やしながらロバートは盗賊に対して容赦をしないディーノに問いかける。
「盗賊は捕らえても死罪が確定している。わざわざお前が手を汚す必要もないだろう」
冒険者が盗賊を捕らえた場合、国や領主から報奨金を受け取る事ができる。
死罪が確定している盗賊であれば、報奨金を貰った方が冒険者としては有益なのだが。
「オレは捕まった盗賊がどうなるか知ってるから。そのうち何人が死ぬかまではわかんないけど……生き延びた奴らはまた同じ事を繰り返す。その被害に遭った人達も多く見てきたから、オレの前に現れた盗賊は全員殺す事にしてる」
捕まった盗賊達が生き延びる術があるのだろう事はロバートも薄々は勘付いている。
それは国や領地の利益にも繋がる事であり、口に出す事はできないのだが。
「そうか……」とロバートはそれ以上何も言う事はなかった。
元いた場所へと戻ると、残っていた騎士のうち二人が体や装備を洗えるよう桶にお湯を準備してくれていた。
付着した血はすでに乾いており、騎士達はお湯を布に染み込ませて拭き取っていく。
ディーノは以前戦ったエアウルフの風の防壁を模した魔法を体表に纏っており、返り血を浴びる事はない。
拭き取るとすればユニオンに付着した血くらいだろう。
ただ自分の手で人を斬った事に変わりはなく、その気持ちの悪さからお湯で手を洗う。
穢れた手を洗ったところで汚れも罪も流れ落ちる事はないのだが、ディーノの気持ちとしては幾分か違うものだ。
その夜は見張りとして騎士の四人が周囲を警戒し、夜六の時で他の四人と交代。
残り二人は一人ずつ交代で伯爵の側で警備をする。
ディーノは熟睡をせずに、仮眠をとったまま周囲を警戒するとして、馬車へと寄り掛かって目を閉じた。
冒険者であれば身に付けるべき技術の一つでもあるのだ。
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