一 顔が気持ち悪いよ



 もうすっかり元気になっていたのに、念のため午前中は部屋で大人しくしているよう師匠に命じられてしまった。エテンが寝室でゴロゴロしている間に、師匠は部屋へ騎士を呼んでユーエルというお化けおじさんの弟子について詳しく相談を始めている。そして彼はエテンもどうやったのかよくわからない巧みな話術で、「個人のことについてそう詳しくは」と渋る騎士達から誘拐事件の被害者について詳しい情報を聞き出してしまった。


「……おそらく、最初にさらわれたのが十三歳のユーエル。二人目がマレン、七歳の女の子。三人目が六歳のトニアで、四人目が八歳のアトル」


 盗み聞きしているのがバレないよう、囁き声で復唱した。手帳はまだ手に入れていないので、頭の中に書き留めながら扉の向こうの声に耳を澄ます。帰ってきたのがユーエルを除いた三人。それから更に三人の子供がいなくなっていて、その子達の行方はまだ掴めていない。


「どの子供も、誘拐時の記憶は未だ取り戻せていません。神殿で治療を受けさせましたが、魔法陣恐怖症も治らない」

 騎士の声。マレンはまだ魔法陣を怖がっているのかと思って、気の毒になる。


「子供達に共通点は?」

 師匠の声が質問した。


「ユーエルは魔術師の弟子、十一歳のロトエも魔術師に師事しています。十に満たない子供達は魔術師の家系の子と、家庭教師から魔術を教わっている子と──つまり、全員が魔術を学んでいます。魔術師が魔術を使って魔術師の卵を襲う理由に、アルラダ様、何か心当たりはありませんでしょうか」

「ふむ……才能の芽を摘みたいとか、そういうことならパッと思いつくけれどね。それか、彼らの師の方を間接的に攻撃したいとか。魔力持ちは貴重だからね、後継者を失ったら困るだろう。教師や親の派閥が共通していたりしないかい?」

「詳細は調査中ですが……今のところ、特には」

「他に魔術を学ぶ子供達の保護は終わっているかい?」


 あ、そうか。「事実」から「推理」すれば犯人を捕まえられるだけじゃなく、次の被害者を守ることもできるんだ──


 エテンは感動して、そのことを頭の中に特別大きな字で書き留めた。俄然やる気が湧いてきて、エテンは居間に繋がる扉をバタンと開けると振り返る大人達に向かって声を上げた。


「師匠、子供達のいなくなった場所と、帰ってきた場所も教えてもらってください。地図に印をつけるんです!」


「……なるほど、それは必要だね」

 言いつけを守らず寝台から飛び出してきた弟子に苦笑しながら、師匠が頷く。


「上手くやってるみたいだな、ロゥラエン」

 騎士アルゾが寝巻きのままぴょんぴょんしているエテンを見て、嬉しそうに笑った。


「……アルゾさん。おかげさまで、大変よくしていただいています」


 さっと姿勢を正して礼をしたが、余計おかしそうに笑われてしまった。一生の不覚だ。師匠に「おいで」と言われたので近寄ると脇に手を入れて膝に乗せようとしてきたので、慌てて距離を取る。


「乗りませんよ! 子供じゃないんですから」

「おや、残念」


「可愛がっていらっしゃるみたいで、安心しましたよ。魔術師の師弟というのはこう……我々凡人には理解の難しいような、淡白な関係が多いと聞いていたので」

 師匠の取り出した地図を受け取って広げながらアルゾが言う。


「弟子を道具や実験動物みたいに扱う人のことかい? それは月の塔の魔術師じゃないだろう。塔でそんなことをしたら即日破門だよ。この国では見逃されてしまうようだけれどね、例えばバエンみたいに」

「はあ、なるほど」

 アルゾが反応に困ったのか曖昧な返事をして、師匠はエテンの方を見下ろした。


「その点、あの図書館の魔女はまともな方さ。変態だけれどね。『祝福ある抵抗者』はごく小さな派閥だが、その主張にはちゃんと血が通っている」

「へ、変態?」


 アルゾが声をひっくり返らせた。師匠が「下着が見えそうなすごいスカートで、更にその中を見せつけようとしてきた」と言うと、彼は顔を真っ赤にして「そ、そんな……あのお美しいレーイエ様が、そんな、そんな格好……なんてことだ」とうわごとのように言う。それを眺めていた師匠が少し首を傾げて言った。


「アルゾ君、顔が気持ち悪いよ」

「えっ……いえ、その、何でもありません」ごまかすような咳払い。


「師匠、図書館の魔女さんはそんなんじゃありませんでしたよ。間違って変な服を着てきてしまって恥ずかしがってたじゃないですか」

 エテンが口を挟むと、師匠が不思議そうに微笑み返した。

「おや、そうだったかな?」


「……それはそれで」

「顔が気持ち悪いよ、アルゾ君」

 師匠がまた言った。


 少しだらしなく緩んだ感じのアルゾの顔をじっと見て、エテンが言う。

「アルゾさん、もしかして魔女さんのスカートの中を見たいとか思ってます? ダメですよ、女の人はみんな高貴なお姫様なんですから、その秘密をみだりにあばく?のは想像でも許されません。みだりって何ですか」

「自分の好き勝手にすること」

「勝手に秘密の中を見ようとしたらだめってこと?」

「そう」

「わ、私は図書騎士だ! そのようなこと、決してっ!」


 アルゾはさっきよりもっと顔を赤くしながらすごい勢いで地図に鉛筆で印をつけ、「では、ご協力感謝いたします!」とやけになったような声で言って足早に立ち去った。師匠が「意地悪しすぎたかな」と呟く。エテンは今の何がどう意地悪だったのか考えながら、疑問を口に出した。


「師匠、もし女の人が秘密にしているのが犯罪だったら、それはどうすればいいんですか? 探偵は、犯人が女の人だったら犯罪をあばけないの?」


 見上げると、師匠は少し困った顔になっていた。

「いや……その秘密が邪悪なもので、探偵の使命として正義のために行うなら暴いてもいいんじゃないかな」


「でも秘密は秘密なんだから、あばいてみないと中身はわかりませんよ」

「うーん……確かにそうだけど、ちょっと違うというか……エテンだって、女の子に下着姿を見られたら恥ずかしいだろう? そういうのがだめなんだ」

「べつに、恥ずかしくないです。だって下着って、お尻を隠すために履いてるんじゃないの? 隠すためのものを更に隠す必要ないと思います」

 首を傾げると、師匠は腕を組んで小さく唸った。何か間違ったらしい。


「そうか、八歳だもんなあ……でも服の中とか、鞄の中とか、部屋の中とか、そういう誰にでもは見せない部分を隠しておきたいって気持ちはわかるね? エテンも、その革袋の中は誰にでもは見せられないだろう?」

 胸元を指差されて、エテンはストンと「秘密」の見分け方がわかるようになった。


「ああ……はい、わかりました。遺石を見せたくないだけじゃなくて、それを入れている革袋も見られたくありません。心の……隠したい、傷のついたところに近づかれるのが怖いんだ。下着を隠したいのも、そういうことですか?」

「そうそう」

「心の中にも、秘密がたくさんある……でも悪いことを隠すための秘密は、その人を傷つけてでも、あばかなくちゃいけないことがある」


 そうでしょう? と視線を投げると、師匠は大きく頷いた。

「その通りだ。やっぱりエテンは賢いね。ご褒美に、私がかっこいい手帳を買ってあげよう。お昼の興行の前に買いに行くんだろう?」


「いいんですか?」

 驚いて訊くと、悪戯っぽく師匠が笑う。

「一番高いのでもいいよ。私はお金持ちだからね」


 ご褒美だって。師匠が……僕に、ご褒美。


 エテンは口をむずむずさせながら俯き、思わず気を取られたふりをしてテーブルの上の地図を見た。「ええと……はじめの被害者は」と意味もなく呟くと、鉛筆の印を追う。こういうのは、全ての印の真ん中のところに犯人がいるんだ。順番に線で繋ぎ合わせて、図形を作る。


「……あれ? これって、ここ?」


 ユーエルがいなくなった商店街、マレンを見つけた大通り、トニアが発見された図書館の庭、ロトエが消えた裏通り──そのだいたい中央のあたりに、この宿がある。さっと隣を見上げる。


「誘拐した子供を連れて乗合馬車に乗るわけにもいかないだろうからね。犯人はこのあたりを基点に徒歩で移動しているのかもしれない」

「それで、自分の馬車も持ってない」

 エテンが言うと、師匠が頷いた。


「まずは、この近辺から聞き込みをしてみようか」

「師匠、今日の講演は図書館の庭にしましょう」

「ん? どうしてだい?」


 とてもいいことを思いついたエテンは、訝しげになった師へ得意満面に微笑みかけた。吟遊詩人魔術師探偵は、ただいろんな顔を持っているだけじゃない。自分の持っている全てを利用するのが優秀な探偵なんだって、マシエラが言ってたから。


「興行で人を集めて、聞き込みをするんです。あそこはいつも散歩をしている人がいますから、何か見ているかも」






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