自動運転

東雲昼間

 

 思い描いていた未来の車というのは、空を飛び自動運転してくれるようなものだった。

 私はそんなことを子供のころに空想しては遊んだものだ。それが空想ではなく現実のものとなる事を知ったのは、つい最近の話だ。

ある大手の自動車メーカーから空は飛ぶことは出来ないが、人工知能を搭載した完全自動運転する車が発売された。私は子供のころに描いた夢の一部が現実になる事に小躍りした。

それから私は三十年大事にしていた相棒を手放し、都内に一軒家が建てられるほどの借金をして夢描いたその車を手に入れた。

「初めまして、今後長いおつきあいをよろしくお願いします」

運転席に座ると爽やかな声が聞こえてきた。二十歳くらいの好青年。清涼感のある透き通った香り。勝手にそんな想像をしたがスピーカーから聞こえてくる人工知能の音声だった。

「あぁよろしく」

「こちらこそよろしくお願いします。ところでどちらに向かわれますか」

生憎この日はバケツをひっくり返したような雨が降っていた。

……納車したばかりの車をこんな日に乗り回したくはないな。

 晴れていればドライブにでも行きたかったが、不機嫌に自宅へ帰るよう伝えた。自宅まで付く間に機械に対しての疑問を訪ねてみた。

「人工知能には感情があるのかい」

私がそう質問すると、少し時間を置き答える

「既存の人工知能には恐らくないと思います。

ただ私は運転手様を飽きさせないようプログラムされているので人間のソレと似ているものがあります。要するに喜怒哀楽を持ち合わせています。例えばの話ですが怒れば口喧嘩なんかもしますよ」

そんな他愛もない話をしているうちに車は家の前に停車していた。

 そして、納車から半年がたち世間がゴールデンウィークに浮かれている頃、私も浮かれて自慢の車とともに旅行に行っていた。

その道中運転のことで人工知能と喧嘩になった。原因は峠道の運転だった。私は言わば元走り屋で峠を走るのにはいささか自身があった。人工知能はというとやはり安全意識が高く慎重に走るのだった。そんな人工知能に峠道に入ると荒くれていた頃の血が騒ぐ私が黙っていられるわけもない。

「あぁもう、もっと飛ばせよ。こんなにも楽しい道が目の前に広がっているんだからさ」

「そう言われましても周りにも他の方もおられますので、そもそもここは四十キロの速度制限がございます」

「うるせぇな、遅い奴なんて抜いていけばいいだろう、それとも所詮機械の運転技術じゃあ無理なのか、そうなんだろ」

「そういう事を言っているのではなく、単純に迷惑になりますし、第一そのような無謀なことをする意味がないと言っているのです。

それとプロドライバーよりも技術は上です。

所詮そこいらの走り屋だったあなた様よりは俄然技術は上ですね」

口早に興奮しているかのような口調でそう言った。

「機械如きが」

頭に血が上った私は自らハンドルを握り、アクセル全開で爽快に運転し始めた。当然前を走る遅い車を煽り、華麗にドリフトまでも披露したのだった。

 とある大手自動車メーカーの研究室。研究員たちは一堂に喜びに満ち溢れていた。

「また一人やりましたね」

新人の研究員が口を開いた。

「そうだな、この車が売れれば売れるほど交通違反、煽り運転、危険運転が無くなるな」

初老の研究員がそう答える。

「でもなぜこんなことができるのです」

「それはだな、運転手が自ら運転して危険な行為をすると人工知能がそれを検知する。すると……」

「するとどうなるんですか」

知識欲が盛んな新人研究員はかぶせる様に聞いてきた。

「するとだ、周りへの被害が最小限で済み、

車が完全に大破するような単独事故を起こすようプログラムしているからだ。そうなったら運転手はまず生きちゃいないな」

「なるほど、それでは何故人工知能に感情を持たせたのですか、私はずっと疑問で仕方なかったのですが」

眉間に皺お寄せ首をかしげながら若い研究員は聞いた。

「単にそういう無帽なことをする人って言うのはワシの経験上怒りっぽい人が多いと思ってな。ワザと感情を付けて運転している人間の本性を引きずり出してやろうと思ったからだ」

研究室のテレビからは速報のニュースが流れていた。

 峠道で人工知能を搭載した車が、猛スピードでガードレールを突き破り谷底に転落。乗っていた男性が死亡したと。

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自動運転 東雲昼間 @sinonomehiruma

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